ワイル反強磁性体による交換バイアスの室温制御に成功 ―新奇な磁気秩序を活かした機能設計が導く、スピントロニクス技術の新展開―
東京大学大学院理学系研究科の朝倉海寛大学院生、肥後友也特任准教授(研究当時)、中辻知教授らによる研究グループは、ワイル反強磁性体Mn3Snと強磁性体との接合界面において、磁気的な結合に由来した交換バイアス効果が現れること、この結合・交換バイアス効果が室温において外部磁場によって制御可能であることを明らかにしました。
交換バイアス効果は、低消費電力・高耐久性などの利点をもつ不揮発性メモリとして実用化が進む磁気抵抗メモリ(MRAM)において、磁気情報を記録する強磁性層の特性を別の磁性層(一般には反強磁性層)との磁気的な結合によって安定化・制御する手法として広く用いられています。しかし、この効果は従来、室温において、温度を変えずに形成・制御することが困難と考えられていました。
本研究では、反強磁性層として、カイラル反強磁性秩序という特徴的な磁気秩序をもつワイル反強磁性体Mn3Snを用いて、強磁性層との磁気的な結合に関する評価を行いました。その結果、Mn3Snのカイラル反強磁性秩序と強磁性層の強磁性秩序(磁化)との間に、磁気的な結合が形成されることを確認しました。さらにこの結合により生じる交換バイアス効果が、①一般的な磁場中冷却手法に加え、②室温で磁場を印加するだけの簡便な方法(等温過程)、③接合する強磁性体材料を変更することによっても制御可能であることを明らかにしました。
これらの成果は、特徴的な磁気秩序をもつ反強磁性体を用いることで、強磁性体の磁化状態を柔軟に制御する新しい設計原理を提示するものであり、磁気メモリ素子の作製工程の簡略化につながる可能性があります。また、強磁性体と反強磁性体の新規な磁気結合を活かしたスピントロニクスデバイスのさらなる高機能化に貢献することが期待されます。とりわけ、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業において推進されているスピントロニクスと光電技術の融合デバイス開発に対し、本研究はその中核を担うワイル反強磁性体Mn3Snに新たな電子機能を付加する成果であり、磁気結合がもたらす磁気情報の新たな制御手法の実現は、次世代情報デバイスの設計と実装に向けた大きな一歩となることが期待されます。
論文情報
- 雑誌名:Nano Letters
- 題 名:Magnetic Field Switching of Exchange Bias in a Metallic FM/AFM Heterostructure at Room Temperature
- 著者名:M. Asakura, T. Higo*, T. Matsuo, Y. Tsushima, S. Kurosawa, R. Uesugi, D. Nishio-Hamane, and S. Nakatsuji* (* : 責任著者)
- DOI: 10.1021/acs.nanolett.5c00988
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