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共線反強磁性異常金属におけるゼロ磁場異常ホール効果の発見 ―機能性反強磁性体の開発へ新たな指針―

東京大学大学院理学系研究科のMayukh Kumar Ray(マユク クマール レイ)特任研究員(研究当時)、Mingxuan Fu(ミンシュアン フー)特任助教、酒井 明人講師、有田 亮太郎教授、中辻 知教授らによる研究グループは、 米国ジョンズ・ホプキンス大学Collin Broholm(コリン ブロホルム)教授、物性研究所の小濱芳允准教授らと共同で、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)において巨大な異常ホール効果(注1)が磁化の無い共線反強磁性(注2)非フェルミ液体状態(注3)の中で生じることを発見しました。本発見は、電子相関とトポロジーが関連した新しい物理現象です。

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「機能性反強磁性体」はトポロジカルな電子構造による巨大応答を示すため、次世代の高速・省エネスピントロニクスデバイスとして注目を集めています。しかし現状では、応用可能な巨大応答を示す機能性反強磁性体は限られています。本研究は電子構造の制御が容易な遷移金属ダイカルコゲナイドという物質群で高い機能性が現れることを示したもので、新たな物質開発の指針を与える成果となります。

本成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に4月18日付(現地時間)でオンライン公開されました。

理学系発表のプレスリリース

遷移金属ダイカルコゲナイドは、層間に磁性遷移金属イオンを挿入することにより、キャリア密度を調整し、バンドトポロジーを操作できる特徴を持ちます。これにより磁性と電子相関が協奏し、多彩な量子物性を示すため関心を集めている物質群です。

本研究では、V1/3NbS2 (磁性元素V(バナジウム)を層間に挿入した遷移金属ダイカルコゲナイドNbS2)を合成し、電気輸送測定、中性子回折、理論計算などの多様な実験技術を用いて研究を行いました。その結果、異常ホール効果がほぼ磁化を持たない共線反強磁性と非フェルミ液体状態の中で生じることを発見しました。これは従来のバンドトポロジー理論を逸脱した現象であり、電子相関とトポロジーが関連した新しい物理現象です(図1)。

fig1_V1/3NbS2-AHE

図1:V1/3NbS2の非フェルミ液体状態で発生する増強された異常ホール効果
左:磁化の大きさとゼロ磁場ホール伝導度の関係。V1/3NbS2のホール伝導度は、従来の強磁性体の線形スケーリング(灰色)から大きく逸脱しており、トポロジカル磁性体の領域(オレンジ色)にある。右: V1/3NbS2の磁場-温度相図。大きな異常ホール効果は、非フェルミ液体状態を伴って出現する。

発表論文

  • 雑誌名:Nature Communications
  • 題 名:Zero-field Hall effect emerging from a non-Fermi liquid in a collinear antiferromagnet V1/3NbS2
  • 著者名: Mayukh Kumar Ray*, Mingxuan Fu*, Youzhe Chen*, Taishi Chen*, Takuya Nomoto, Shiro Sakai, Motoharu Kitatani, Motoaki Hirayama, Shusaku Imajo, Takahiro Tomita, Akito Sakai, Daisuke Nishio-Hamane, Gregory T. McCandless, Michi-To Suzuki, Zhijun Xu, Yang Zhao, Tom Fennel, Yoshimitsu Kohama, Julia Y. Chan, Ryotaro Arita, Collin Broholm, Satoru Nakatsuji†
    *co-first authors(共同第一著者) †corresponding author (責任著者)
  • DOI:10.1038/s41467-025-58476-0

用語解説

(注1)異常ホール効果
物質に電流を流したとき、電流と垂直方向に電圧が発生する現象をホール効果といいます。ホール効果の発生には、電子の進行方向を曲げるための力が必要です。物質が磁性体のときは磁化によるローレンツ力がその役割を果たし、異常ホール効果と呼ばれます。このような古典的な描像では磁化が大きい強磁性体ほど異常ホール効果が大きいと考えられますが、量子力学を使った理解ではバンドトポロジーに関係するベリー曲率が重要であることが分かっています。
(注2)共線反強磁性
共線反強磁性は、磁性体における磁気構造の一種です。この状態では、隣り合う原子やイオンのスピンが互いに反対方向に並び、全体の磁化はキャンセルされています。この構造は、スピンが単純に反対方向に並んでいるだけなので、理解しやすい基本的な磁気構造の一つです。
(注3)非フェルミ液体状態(異常金属)
金属中には無数の電子が存在しており、それらが相互作用しながら存在していると考えられます。電子間相互作用が全く無い時は気体のように自由に飛び回っていると考えられますが、多くの金属では相互作用は無視できず、電子は液体のように振る舞っています(フェルミ液体)。フェルミ液体では、相互作用の効果は「電子が重くなりゆっくり動く」効果として取り込まれます。このような電子を準粒子と呼びます。一方、相互作用があまりに強くなると、さらさらだった電子の液体はドロドロになり、一つの準粒子がうまく定義できなくなります。このような状態は非フェルミ液体(あるいは異常金属)と呼ばれます。高温超伝導体を始めとする強相関量子物質で普遍的にみられる特徴です。
(公開日: 2025年04月18日)