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所長あいさつ

2023年4月
物性研究所長 廣井 善二

物性研究所は、全国の研究者が共同で利用できる研究所として1957年に東京大学に設置され、以来65年以上に亘って物質・物性科学における日本の中核的研究機関として活動を続けてきました。当初の六本木キャンパスから2000年には広大な敷地を有する柏キャンパスへと移転し、2004年の国立大学法人化を経て、2010年に文部科学省の共同利用・共同研究拠点制度のもと、物性科学研究拠点の認定を受けました。この間一貫して「物質・物性の先端的基礎研究の推進による学理の追求と科学技術への貢献」を目標に、研究、教育、共同利用・共同研究を3本柱として物性コミュニティの支援のもと活動しています。

物質・物性科学とは、さまざまな物質が示す多彩な性質を、そのミクロな構成要素である原子・分子や電子のレベルから理解する学問です。ダイヤモンドの硬さは炭素原子が互いに強く化学結合する力に由来し、ある物質が電気を流したり磁気を帯びたりするのは電子の性質を反映しています。電子は時には粒子として、時には波として変幻自在に振る舞い、量子力学の法則に従って行動します。電子のように小さな粒子は、われわれに馴染みのある、なぜリンゴが落ちるかを説明するニュートン力学の世界ではなく、摩訶不思議な量子力学の世界の住人なのです。驚くべきことに、固体の中にある無数の電子は集合体になると、一つの電子の性質からは想像もつかない特異な現象を示すことがあります。その最たるものが超伝導であり、ある温度以下では電気抵抗が完全にゼロになってしまいます。この性質は大変有用で、MRI用の強磁場発生装置やリニアモーターカーなどに利用され、社会の役に立っています。物質の示す性質は多彩で、物質科学には未だに解明されていない現象が数多くあり、さらに未知の現象や機能が発見されるのを待っています。例えば生体中の多くの物質が示す機能も、分子や電子の挙動を理解することにより説明できると考えられています。現代社会はエネルギーや環境問題など多くの難題に直面していますが、それらを解決に導く、真にブレークスルーをもたらす技術革新は、地道な基礎研究の土台なくして得られるものではありません。物性研は物質が示すさまざまな性質を理解するための基礎学理を探求し、未知の現象の発見を通して、社会に役に立つ応用研究へと結び付けることを目指しています。

物質の性質を研究するためには、大きな結晶からナノサイズの物質まで、さまざまな試料を作る合成技術、得られた試料を強磁場・高圧などの特殊な環境下において、さまざまな手法を駆使して調べるための精密測定実験、放射光や中性子などの量子ビームを活用する大規模実験施設、実験結果を理解するための洗練された頭脳とスーパーコンピュータによる大規模シミュレーションなどを有機的に組み合わせることが必要となります。物性研はこれらを高いレベルで実現する、世界に類を見ない、物質に特化した総合研究所であり、物質・物性科学研究のCenter of Excellenceとして機能しています。さらに、その恵まれた研究環境は共同利用を通して物性コミュニティに提供され、全国から多くの研究者が実験装置を利用するために集まります。そこで持ち込まれるアイデアやサイエンスの芽は、逆に物性研に新たな息吹をもたらし、さらなる先端的研究へと展開されています。このような人の流れは研究者の交流を促し、特に若い研究者の育成へと繋がっています。

現在の物性研は、前回の1996年の改組以降の第三世代にあたります。その四半世紀の間にわれわれを取り巻く環境は大きく変化し、学問のトレンドも著しく推移しました。この変化に対応して新たな未来を切り拓くため、現在は第四世代の礎を築く段階にあります。物性研究所は、これからの物質・物性科学の行く末を見極め、教職員・学生が一丸となってさらなる発展に向けて努力していきます。今後も皆様のご理解、ご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。