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所長あいさつ

2026年4月
物性研究所長 小林 洋平

物性研究所は2027年に設立70年を迎えます。本研究所は、物質科学を軸として世界水準の研究を推進する共同利用研究所として設立されました。以来、共同利用・共同研究を通じて物質・物性の先端的基礎研究を切り拓くとともに、国内外の研究ネットワークを築き、人材育成にも力を注いできました。

設立時の1957年は戦後復興から高度経済成長に移り変わる前夜とも言える時期でした。この頃は、各大学で個別に整備することの難しい装置を備え、全国の研究者に利用の場を提供するという大きな使命がありました。第二世代以降は、装置の利用提供にとどまらず、「ここにしかない」設備や研究環境を自ら開発し、新たな研究領域を切り拓くことへと発展しました。

第三世代では、その研究環境をさらに高め、超強磁場や超高圧などの極限環境、先端レーザー・放射光・中性子といった量子ビーム、大型計算機のハードとソフトを含む、研究基盤を整備し、広くコミュニティに提供してきました。物質合成や材料加工、評価まで物質の設計から一貫した研究体制を有し、表面や生体関連物質、ナノ構造など、物質科学の新しい芽を育てる多様な研究と、厚みのある理論研究者集団を擁することも本研究所の大きな特色です。

設立から今日に至る70年の間に社会背景は激変しています。日本は人口減少と労働力不足が進む一方、世界の人口はこれから80年にわたって増え続け、エネルギー・食料・炭酸ガスの問題は一層深刻になります。このような状況の中、計算資源の発展を背景に深層学習による人工知能の成功が、社会の仕組みを急速に変えつつあります。今後は現実空間を観測し、仮想空間での最適化を経て、再び現実空間へ働きかける、Physical AIの時代へ進んでいくと考えられます。

労働力不足が深刻化する日本では、AIの活用は社会を支える重要な手段となり得ます。日本はPhysical AIを支えるハードウェア、とりわけ材料分野に強みを持っています。半導体材料をはじめとして、物質科学が果たす役割は極めて大きいと言えます。Physical AIによって研究のスタイルも劇的に変わり、スパコンを操作するような感覚で高品位な実験データを大量に得られる時代になるでしょう。現在アメリカ西海岸にほぼ独占されているAIですが、幸いツールとしてコモディティ化するスピードが速い。つまり、データにこそ価値がある研究環境になると考えられます。

このような状況のもと、2026年4月から物性研究所は第四世代へと歩みを進めます。世界情勢が大きく揺れ動く中で、研究所が果たすべく役割もまた変化していきます。変わり続けることによって伝統を守ることが重要です。長年培ってきた大型施設の基盤を大切にしつつ、研究部門における新たな挑戦を促し、その調和の中で次の時代の物性研究所を形づくっていきたいと思います。また、国内外の研究機関との連携はもとより、産官学の幅広い協力体制を築いていくことも重要です。物性研究所で培われた基礎研究が、のちに産業や社会を支える技術へとつながった例は少なくありません。例えば、エキシマレーザーは現在の半導体リソグラフィーで中心的な役割をしており、日本は世界の半分のシェアを持ちます。AIの発展により、基礎研究と社会実装との距離は一段と近づいており、研究者と社会との対話の重要性は一層高まっています。分断が進む現代において、アカデミアにできることは、むしろ大きくなってきているかもしれません。研究所の果たすべき役割について今一度考えていきたいと思います。

そして、このような変動する時代において、研究と同等に重要な基軸となるのが、次世代を担う人材育成です。次の時代を切り拓くのは、設備や技術そのものではなく、それらを使いこなし、新たな価値を生み出す人にほかなりません。本研究所は、最先端の研究環境を存分に使い、分野を越えて学び、挑戦できる教育の場として、広い学問的視野を持つ人材を輩出してきました。

研究の進め方が大きく変わりつつある今だからこそ、若い世代には、既存の枠組みにとらわれず、自ら問いを立て、社会と向き合いながら研究を進めていく力が求められています。物性研究所は研究と教育を車の両輪として、次世代人材の育成とともに、物質科学の未来を築いていきたいと考えています。今後とも皆様のご支援とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。