ゼロ磁場で巨大な横型熱電効果を示すトポロジカルカゴメ強磁性体薄膜を作製 ー薄膜型熱電デバイスの高機能化に新たな道―
東京大学大学院理学系研究科の黒沢駿一郎(大学院生)、肥後友也特任准教授、中辻知教授らによる研究グループは、廉価な鉄(Fe)とスズ(Sn)を原料とするトポロジカルカゴメ格子強磁性体Fe3Snの薄膜をスパッタリング法(注1)により作製し、室温・ゼロ磁場において巨大な異常ネルンスト効果(注2)を観測しました。
温度勾配と垂直な方向に起電力が生じる横型熱電効果の一つである異常ネルンスト効果は、薄膜作製・加工技術を用いた安価・大面積・フレキシブル性の高い熱電デバイスの開発が可能であり、熱の流れを可視化する熱流センサやエナジーハーヴェスティングデバイスへの応用が期待されています。近年の研究から、トポロジカルバンド構造(注3)を持つ磁性体では、バンド構造に由来して異常ネルンスト効果の起源となる巨大な仮想磁場が創発されるため、従来の磁性材料に比べて非常に大きな異常ネルンスト効果が室温で得られることが分かっています。
トポロジカルカゴメ強磁性体Fe3Snは、安価・安全な金属であるFeとSnから構成されているものの、ノーダルプレーン(注3)という新奇なトポロジカルバンド構造に由来した巨大な異常ネルンスト効果を示すことが報告されており、熱電デバイスへの応用が期待できます。その一方で、デバイス作製の上で必須となる薄膜試料での熱物性の研究が行われておらず、高品質な薄膜試料における横型熱電応答の研究が望まれていました。
本研究では、高品質なFe3Snのエピタキシャル薄膜を作製し、熱電特性を評価しました。その結果、Fe3Sn薄膜が、鉄やパーマロイなどの一般的な強磁性体に比べて10倍程度大きな異常ネルンスト効果を室温、かつ、ゼロ磁場下で示すことを確認しました。本成果は、安価・安全な材料を用いた横型熱電デバイスの開発に繋がると期待されます。
本成果は、2024年5月28日に米国科学誌Physical Review Materialsに掲載され、さらに特に重要な成果としてEditors’ Suggestion、Featured in Physicsに選出されました。
発表論文
- 雑誌名:Physical Review Materials
- タイトル:Large spontaneous magneto-thermoelectric effect in epitaxial thin films of the topological kagome ferromagnet Fe3Sn.
- 著者 :S. Kurosawa, T. Higo*, S. Saito, R. Uesugi and S. Nakatsuji*(* : 責任著者)
- DOI:10.1103/PhysRevMaterials.8.054206
用語解説
- (注1)スパッタリング法
- 真空チャンバー内で、電圧印加によりプラズマ化したアルゴンなどの不活性ガスを薄膜化したいターゲット材料に衝突させ、気相中に放出されたターゲット材料粒子を基板表面上に薄膜として堆積させる技術のこと。
- (注2)ゼーベック効果と異常ネルンスト効果
- 物質に熱流(温度差)を加えると、キャリアが熱流方向に移動することで、熱流と平行に起電力が生じる現象をゼーベック効果といいます。一方で、磁性体中では、熱流と磁化が垂直に配置されていると、キャリアの運動が磁化により曲げられ、熱流と磁化に垂直な方向に起電力が生じます。この現象を異常ネルンスト効果といいます。
- (注3)トポロジカルバンド構造、ノーダルプレーン
- バンド構造とは電子の運動量とエネルギーの関係で、固体中の電子の運動を特徴付けます。トポロジカルバンド構造とは、2つのバンドが、物質の結晶構造や磁気構造が持つ対称性などの存在により交差しているバンド構造です。そのような場合、対称性を破ることでしかバンド交差をほどくことができないため、「トポロジカルに守られている」とも言われます。バンド交差の仕方にはいくつか種類があり、点でバンドが接するものにディラック点やワイル点、線で交差するものにノーダルライン、ノーダルラインが複数交わり、かつ平坦な形状をしているものにノーダルウェブといった構造が知られています。ノーダルプレーンとは、2つのバンドが面で接したトポロジカルバンド構造で、これまで発見されていたトポロジカルバンド構造よりも、次元が一つ高いバンド交差をしています。
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