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PdCu単原子合金触媒を利用したスピルオーバー水素による室温でのCO2水素化過程を雰囲気光電子分光で観測

東京大学物性研究所の長田渉博士研究員(研究当時、現在:産業技術総合研究所)、田中駿介助教(研究当時、現在:産業技術総合研究所)、𠮷信淳教授、松田巌教授らの研究グループは、東北大学の山本達教授、京都大学の小板谷貴典准教授らとの共同研究により、パラジウム-銅単原子合金Pd/Cu(111) 触媒(single atom alloy catalyst = SAAC)における単原子Pdサイトでの水素解離とCuテラスサイトへの水素スピルオーバーを利用することで、室温から100℃程度での穏やかな条件で二酸化炭素の水素化を進行させることに成功しました。

二酸化炭素を原料としたメタノール合成反応(CO2 + 3H2 → CH3OH+ H2O)は二酸化炭素有効利用のための有望な反応のひとつです。現在、メタノール合成は銅-亜鉛系合金を用いて高温高圧条件のもとで行われています。熱力学的には発熱反応なので、より低い温度での合成が望ましく、平衡転化率の向上や副反応の抑制につながります。より穏やかな温度条件でのメタノール合成を実現するために、これまで多くの研究が行われてきました。

メタノール合成では、銅-亜鉛系合金が優れた触媒として働くことが知られていますが、水素解離活性が低いことが課題でした。一方、Pd/Cu SAACでは、単原子Pdサイトが水素解離の活性点として働き、吸着水素が基板のCuサイトへ拡散(スピルオーバー)します。既に、長田氏らはこの微視的過程を赤外反射吸収分光、高分解能内殻光電子分光、第一原理計算により明らかにしていました[Phys. Chem. Chem. Phys., 2022, 24, 21705-21713]。また、不飽和炭化水素の優れた水素化触媒として働くことが近年の研究により明らかにされています。本研究では、このようなPd/Cu SAACの特性を踏まえて、Pd/Cu(111)モデル触媒表面におけるCO2とH2の反応をSPring-8 BL07LSU(東京大学ビームライン)に設置されていた雰囲気X線光電子分光(AP-XPS)により観測しました。測定されたXPSスペクトルから、Cu表面におけるCO2の化学過程はPdによる影響をほとんど受けないこと、水素を追加することでホルメート(HCOO)種やメトキシ(CH3O)種といったメタノール合成における重要中間体が室温から100℃程度で生成すること(図1a,b)、Pdサイトが水素解離サイトとして働いていること(図1c)が分かりました。この結果は、水素スピルオーバーによりCO2の水素化がマイルドな温度で進行したことを示しています。

fig1
図1 298 Kで測定されたCO2+H2雰囲気中におけるAP-XPSスペクトル。(a)C 1s, (b)O 1s, (c) Pd 3d5/2。水素導入によりホルメート種、メトキシ種に帰属されるC 1s・O 1sピークが出現や、水素吸着によるPd 3d5/2の化学シフトが観測された。
出典:Physical Chemistry Chemical Physics
fig2
図2 C 1sスペクトルから求めた各中間体の強度プロファイル。水素導入によりカーボネイト種が減少しホルメート種・メトキシ種が増大する、混合ガス雰囲気中で加熱するとカーボネイト・ホルメート・メトキシがいずれも増大するなど、各中間体の強度が連動していることが分かる。
出典:Physical Chemistry Chemical Physics

さらに、XPSスペクトルの半定量的な解析から、CO2の不均化により生じるカーボネイト(CO3)種が水素化反応の中間体と考えられることが分かりました(図2)。本研究成果は、メタノール合成触媒における水素解離活性の重要性や、反応中間体としてのカーボネイト種の役割を指摘しており、次世代のメタノール合成触媒開発の重要な指針を示すものです。

本成果は英国王立化学会が発行する「Physical Chemistry Chemical Physics」誌に2025年10月13日にWeb掲載されました。本研究に関連して、長田渉氏は日本表面真空学会2023年学術講演会で講演奨励賞(新進研究者部門)を受賞しています。

なお、本研究で利用したAP-XPSシステムはナノテラスのBL08Uに移設後、高度化され、2026年度よりコアリションビームライン共用が開始されます。

発表論文

  • 雑誌名:Physical Chemistry Chemical Physics(Web掲載:13 Oct 2025)
  • 論文タイトル:Spillover hydrogen-driven CO2 hydrogenation on a Pd/Cu(111) single atom alloy model catalyst at room temperature studied by ambient pressure X-ray photoelectron spectroscopy
  • 著者:Wataru Osada, Fumihiko Ozaki, Shunsuke Tanaka, Kozo Mukai, Masafumi Horio, Iwao Matsuda, Takanori Koitaya, Susumu Yamamoto, Jun Yoshinobu*
  • DOI:https://doi.org/10.1039/D5CP03538D

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(公開日: 2025年10月29日)