新分子「B14H26」の発見
東京大学物性研究所の大学院生Xiaoni Zhang氏(松田巌研D3)が二環式構造を持つボラン分子「B14H26」を発見しました。新物質の合成、分析、理論解析は当研究所の松田巌研究室・森研究室・吉信研究室と、東京科学大学及び筑波大学との共同研究で実施されました。
新分子はホウ化水素(HB)シート「ボロファン(注1)」の分解反応中に発見され、質量分析により分子量178であることが分かりました。その後、分光計測と理論計算によって、本分子が2つのオクタゴン(8角形)または2つのフルベン型ヘプタゴン(7角形)から構成された二環式化合物であることが分かりました(下図)。水素とホウ素から構成された分子は「ボラン」と呼ばれ、今回のような二環式構造のボラン分子は初めての報告となります。
ボラン分子は「三中心(center、c)二電子(electron、e)結合(3c-2e)」と呼ばれるホウ素特有の化学結合を形成し、無機化学でよく知られたジボラン(B2H6)の分子構造を説明することができます。今回発見されたB14H26分子はこの3c-2e結合が環状に並んだ構造をとります。ジボランとB14H26分子の間には、有機化学における不飽和炭化水素の直鎖構造(エチレン)と環状構造(ベンゼン)と類似した関係性があります。実際、その観点から環式構造のボラン分子は理論化学で予言されており、今回の結果は、それを裏付けることとなりました。
また、安定なボラン分子の化学組成式BxHyについては歴史的にウェイド則(注2)もあり、今回の結果はそれも支持する結果となりました。そして本研究による量子力学の第一原理計算から、環状型ボラン分子の安定性を物理学的にも確認することができました。
新分子「B14H26」は室温の化学反応で合成することができ、さらに室温付近で昇華するようです。そのため、含ホウ素化学原料やエネルギー貯蔵材料などとして、今後さまざまな分野で利用されることが期待されます。
今回の分子発見は物質科学の発展を推進し、材料科学においても新たな素材を社会に創出することになりました。本成果は英国の科学雑誌Communications Chemistryに2025年1月16日にオンライン公開されました。
論文情報
- 雑誌名:Communications Chemistry
- 論文タイトル:"Discovery of bicyclic borane molecule B14H26" Commun. Chem. 8, 14 (2025).
- 著者: Xiaoni Zhang, Tomoko Fujino, Yasunobu Ando, Yuki Tsujikawa, Tianle Wang, Takeru Nakashima, Haruto Sakurai, Kazuki Yamaguchi, Masafumi Horio, Hatsumi Mori, Jun Yoshinobu, Takahiro Kondo & Iwao Matsuda
- DOI:https://doi.org/10.1038/s42004-025-01409-1
用語説明
- (用語1)ボロファン:
- ホウ化水素シート。ホウ素と水素の組成比が1:1のナノシート状物質。
- (用語2)ウェイド則:
- ケネス・ウェイド (Kenneth Wade) によって提唱された、水素とホウ素から成る分子およびその類縁体の価電子数と安定な立体構造の間の関係を示す法則。
- 2019.12.10プレスリリース導電性を制御可能な新しいナノシート材料の開発に成功 ~水素とホウ素の特異な構造と有機分子吸着がカギ 分子応答性センサーや触媒応用へ期待~
- 2019.10.25プレスリリース軽量で安全な水素キャリア材料を開発 -室温・大気圧において光照射のみで水素を放出-
- 物性研究所 松田巌研究室
- 物性研究所 森研究室
- 物性研究所 吉信研究室