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海洋細菌の新たな光エネルギー獲得戦略 ―ロドプシンの集光アンテナと光サイクル加速色素の発見―

東京大学
理化学研究所
海洋研究開発機構
東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所 (WPI-AIMEC)

発表のポイント

  • カロテノイドを用いる微生物型ロドプシンの新たな光利用効率化システムを発見しました。
  • 塩化物イオン輸送型ロドプシンにも光利用効率化システムが存在することを明らかにしました。
  • これらの光利用効率化システムによって、ロドプシンを保有する海洋細菌の生息域がより深い海域にまで広がっている可能性を示しました。
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海洋細菌(Nonlabens marinus S1-08T)のイメージ図

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の吉澤晋准教授、同大学物性研究所の井上圭一准教授、理化学研究所の白水美香子チームディレクターらによる研究グループは、海洋研究開発機構、変動海洋エコシステム高等研究所、生産開発科学研究所、東京農業大学と共同でロドプシン(注1)の新たな光利用効率化システムを報告しました。

近年、植物などの光合成生物とは異なり、ロドプシンという光受容タンパク質を用いて光エネルギーを化学エネルギーに変換する微生物が数多く存在することが分かってきました。本研究グループは、海洋に最も多く存在するロドプシン(プロテオロドプシン)が、光の利用効率を高める2つの仕組み―「集光アンテナ」と「光サイクル(注2)加速色素」―を備えることを発見しました。また、塩化物イオンを輸送するロドプシンにも集光アンテナが存在することを突き止め、これらのロドプシン-カロテノイド複合体の立体構造を初めて明らかにしました。

以上のことから、ロドプシンの光利用効率化システムが細菌の光環境適応を助け、より深層でも光を受容できる可能性を示しました。

全文PDF

発表内容

海洋では植物プランクトンやシアノバクテリアなどの光合成生物だけが、太陽光エネルギーを利用できると長らく考えられてきました。ところが2000年、光合成とは異なる仕組みで光エネルギーを利用する「ロドプシン」を用いた光エネルギー受容機構が発見されました。ロドプシンは膜タンパク質と色素の一種であるレチナールから構成されており、レチナールが光を受容すると、水素イオンや塩化物イオン、ナトリウムイオンなどを輸送する光駆動型イオンポンプとして機能します。現在では、海洋表層に生息する細菌の半数以上がロドプシン遺伝子を保有し、特定の海域ではロドプシンは光合成に匹敵するほどの光エネルギーを受容していると試算されています。

2023年、海洋細菌(Tenacibaculum sp. SG-28)を用いた実験から、海洋環境に最も広く分布するロドプシンであるプロテオロドプシン(Proteorhodopsin, PR)がレチナールだけでなくカロテノイドとも結合することを発見しました(関連情報参照)。このカロテノイドは、自身が受容した光エネルギーをレチナールに渡すことで、PRを駆動させる集光アンテナとして機能します。この働きにより、PRの利用できる光の波長域が拡大し、光利用効率が大幅に向上することが示されました。このようなロドプシンの光利用効率化システムは、海洋細菌の生残にとって有利に働くことが予想されますが、これまで知られていたのは「集光アンテナ」という仕組みだけでした。

本研究では、次の2点の検証を行いました:「1.PR以外のロドプシンも集光アンテナを持つのか?」「2.ロドプシンには集光アンテナ以外にも光利用効率を高める仕組みが存在するのか?」。海洋地球観測船「みらい」による研究航海(MR10-01)で、表層海水から分離された海洋細菌(Nonlabens marinus S1-08T)株を対象とし、PR遺伝子(NM-R1)、および塩化物イオン輸送ロドプシン遺伝子(NM-R3)を大腸菌に異種発現(注3)させ、タンパク質を精製しました。このタンパク質に、S1-08T株から抽出したカロテノイドを添加し再精製した結果、いずれのロドプシンもカロテノイドと結合することが確認されました。さらに詳細な分光・構造解析から、NM-R3と結合したカロテノイドが集光アンテナとして機能すること、そして他の集光アンテナとは異なり縦向きに結合することが明らかになりました(図1)。

fig1
図1:ロドプシン-集光アンテナ複合体の立体構造
左からXR-サリニキサンチン複合体(好塩細菌由来)、Kin4B8-ゼアキサンチン複合体(淡水性細菌由来)、NM-R1-ゼアキサンチン複合体、NM-R1-ミクソール複合体、NM-R3-ミクソール複合体を示す。それぞれのカロテノイド分子を赤色または橙色で示している。NM-R1、NM-R3の立体構造はクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析(注4)により決定した。

また、NM-R1と結合したカロテノイドは、集光アンテナとしての役割に加え光サイクルを加速させることで、水素イオン(H+)の輸送量を増加させる、光サイクル加速色素としても機能することを発見しました(図2)。

fig2
図2:NM-R1の光サイクルモデル
レチナールが光エネルギーを受容すると、NM-R1は一連の立体構造変化を伴う中間体を経て、基底状態に戻る。この一連の反応過程を光サイクルと呼び、この1回のサイクルの間にH+を1つ輸送する。NM-R1と結合したカロテノイド(Car)は光サイクルを1回転するのに要する時間を85 msから32 msに短縮することで、単位時間あたりのH+輸送量を増大させる。

加えて、メタトランスクリプトームデータを用いた解析から、このような光利用効率化システムにより、ロドプシンを保有する海洋細菌がより光量の少ない深海にまで生息域を広げている可能性を示しました(図3)。これらの発見は、ロドプシンが進化の過程で光エネルギーを活用する多様な戦略を獲得し、環境に適応してきたことを示しています。

fig3
図3:有光層におけるカロテノイド結合性PRの全球分布
有光層(0〜200 m、注5)の各深度における、カロテノイド結合性PR遺伝子の発現量(TPM値)を示す。赤色は0〜50 m、黄色は50〜100 m、緑色は100〜150 m、水色は150〜200 mを、円の大きさはカロテノイド結合性PR遺伝子の発現量を示す。カロテノイド結合性PR遺伝子は有光層の深い水深(150〜200 m)でも発現しており、この水塊においても海洋細菌が光を利用していることを示唆している。

関連情報:

発表者・研究者等情報

  • 東京大学 
    • 大学院新領域創成科学研究科
      • 藤原 敬允 研究当時:博士課程/日本学術振興会特別研究員、現:日本学術振興会海外特別研究員(オックスフォード大学・工学部)
      • 富永 賢人 特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)
      • 森 香穂 博士課程
      • 西野 聡 博士課程
      • 高橋 優乃 博士課程
    • 大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所
      • 吉澤 晋 准教授
    • 物性研究所/大学院新領域創成科学研究科
      • 井上 圭一 准教授
  • 理化学研究所
    • 生命機能科学研究センター タンパク質機能・構造研究チーム、現:生命医科学研究センター タンパク質機能・構造研究チーム
      • 保坂 俊彰 技師
      • 加茂 友美 専門技術員
      • 花田 和晴 テクニカルスタッフI
      • 白水 美香子 チームディレクター
  • 海洋研究開発機構
    • 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム
      変動海洋エコシステム高等研究所
      • 長谷川 万純 ポストドクトラル研究員
    • 海洋機能利用部門 生命理工学センター 深海バイオリソース研究グループ
      • 西村 陽介 研究員
  • 生産開発科学研究所
    • 眞岡 孝至 理事・室長
  • 東京農業大学
    • 高市 真一 元教授

論文情報

  • 雑誌名:Nature Microbiology
  • 題 名:Carotenoids bind rhodopsins and act as photocycle-accelerating pigments in marine Bacteroidota
  • 著者名:Takayoshi Fujiwara*, Toshiaki Hosaka*, Masumi Hasegawa-Takano, Yosuke Nishimura, Kento Tominaga, Kaho Mori, Satoshi Nishino, Yuno Takahashi, Tomomi Uchikubo-Kamo, Kazuharu Hanada, Takashi Maoka, Shinichi Takaichi, Keiichi Inoue, Mikako Shirouzu, and Susumu Yoshizawa
    *(共同)筆頭著者、(共同)責任著者
  • DOI: 10.1038/s41564-025-02109-1

研究助成

本研究は、文部科学省「海洋生物ビッグデータ活用技術高度化(課題番号:JPMXD1521474594)」科研費「海洋細菌の光利用戦略-アンテナ色素によるロドプシンの高効率な光受容機構の検証-(課題番号:22J22342)」、「海洋微生物光受容の全貌解明:大規模メタゲノムで描き出す海と光のSeascape(課題番号:22H00557)」、「微生物ロドプシンを用いた光による人工細胞への高速刺激入力法の開発(課題番号:23H04404)」、CREST「AIが先導するオートメーションタンパク質工学の創出(課題番号:JPMJCR22N2)」、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)「(課題番号:JP25ama121013)」、文部科学省・学際領域展開ハブ形成プログラム「マルチスケール量子-古典生命インターフェース研究コンソーシアム(課題番号:JPMXP1323015482)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ロドプシン
7回膜貫通構造を持つ光受容タンパク質であり、発色団としてレチナールと共有結合している。脊椎動物ではロドプシンは視覚を担うが、ロドプシン遺伝子は細菌、古細菌、一部の真核微生物、さらに巨大ウイルスにも広く分布し、イオン輸送や光センシングなど多様な機能を担う。
(注2)光サイクル
ロドプシンが光を受容すると、レチナールの異性化を起点として一連の中間体を経由しながら基底状態へと戻る。この一連の反応を光サイクルと呼び、サイクル一回転毎にイオンを一つ輸送する。
(注3)異種発現
目的とする遺伝子のDNAを他の宿主生物に導入し、その発現産物であるタンパク質を生産させる手法。特に大腸菌や酵母などを用いた発現系は、タンパク質の機能解析や構造解析に広く用いられる。
(注4)単粒子構造解析
クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)により取得した多数の生体分子の画像を統計的に解析・再構成することで、高分解能の三次元構造を決定する手法。試料の結晶化が不要なため、膜タンパク質など従来困難であった対象にも応用可能である。
(注5)有光層
太陽光が海中に届く範囲の層で、光合成を行う植物プランクトンなどの主要な生息域である。有光層ではロドプシン遺伝子を保有する海洋細菌の存在量も高いが、有光層以深でのロドプシン遺伝子保有割合は減少する。

関連ページ

(公開日: 2025年09月04日)