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磁場で引き起こされるグラファイトの新規現象を観測 ―既存理論で1つとされていた比熱のピークに二重構造を発見―

東京大学

発表のポイント

  • 超高純度なグラファイトに強い磁場を印加することで、二重ピーク構造の比熱が現れることを発見しました。
  • 二重ピーク構造の出現は既存理論では説明できず、この観測は世界初の成果です。
  • 発見された二重ピーク構造を解析することで、金属の性質を決定づける電子状態の深い理解に繋がることが判りました。新たな機能性材料の研究開発に貢献することが期待されます。
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グラファイトの比熱における二重ピーク構造
(青色)低温領域である0.5Kでの実測値(灰色)既存理論による理論カーブ(オレンジ色)提案する理論カーブ

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発表概要

東京大学物性研究所の楊卓(ツォウ・ヤン)特任研究員と小濱芳允准教授、フランス原子力庁(CEA)のクリストフ・マーセナー教授らを中心とした研究グループは、PSL研究大学、コーネル大学、スロバキア科学アカデミー、東北大学、ネール研究所、フランス国立強磁場研究所との共同研究により、強磁場下のグラファイトが強磁場極限(注1)に近づくにつれ、磁場変化に応じて比熱が二重ピーク構造を連続的に有することを発見しました。

強磁場および低温環境で、磁場とともに物質の電気抵抗や磁化率が振動する現象を量子振動といいます。この量子振動を説明するLifshitz-Kosevich理論(LK理論、注2)は、広い範囲で現象を精度良く表していますが、強磁場極限近くでは理論と異なる結果を与えることが明らかになっています。これまで、抵抗や磁化といったパラメータでも理論からの逸脱が確認されており、比熱についてもLK理論と異なる結果が得られると期待されていましたが、測定条件が困難なため実験的に確かめられていませんでした。

本研究グループは、高純度な天然グラファイトに人為的に強い磁場を印加、超高精度な交流比熱測定を行うことで困難な条件を満たし、LK理論からは導くことができない連続的な比熱の二重ピーク構造を世界で初めて観測しました(図1)。

本成果は英国科学誌のNature Communicationsにおいて、2023年11月8日にオンライン掲載されました。

fig1

図1:磁場変化におけるグラファイト中の電子に現れた比熱の二重ピーク構造
複数の鋭いフェルミ状態密度により誘起された、連続的な比熱の二重ピーク構造。緑矢印、青矢印、赤矢印、黒矢印それぞれが二重ピーク構造を示している。

発表内容

研究の背景

1954年に、LifshitzとKosevichらによって磁場下での物質の振る舞いを深く理解する枠組み(LK理論)が提案されました。低い磁場領域の磁化や電気抵抗は、この理論と非常に良く一致することが知られており、多くの物質がLK理論の枠組みで評価されていました。比熱についても、低い磁場領域ではLK理論で説明されていましたが、強磁場極限での振る舞いは実験的に確かめられていませんでした。

研究の内容

本研究では、極めて高純度な天然グラファイトに強い磁場を印加し、連続的でかつ鋭いピークを持つ特殊なフェルミ状態密度(注3)を誘起しました。この状態で極低温条件を保ち、高精度な交流比熱手法で比熱の磁場変化を測定した結果、図1および図2aにあるように磁場変化に応じて特徴的な比熱の二重ピーク構造が観測されました。この観測された二重ピーク構造は既存理論からは導き出せない未知の現象でした。得られたデータを解析することで、この特殊な二重ピーク構造は、「フェルミ状態密度におけるピーク構造の幅が0.1meV以下程度」と極めて困難な条件のみ観測できることが判り、この実験条件を達成した本研究でのみ観測しうる新規現象だと判明しました。また本研究では0.09ケルビン(-273.06℃)までの比熱測定により、二重ピークの分裂幅が低温では一重ピークに変化することも発見(図2a)し、これを熱エネルギーが低下する低温での現象であることを報告しています。興味深いことに、今回の測定と同様の条件でも、比熱と同様にエントロピー(注4)に敏感な磁気熱量効果や電気抵抗は、理論的に比熱と異なり二重ピーク構造になりません。本研究では、電気抵抗および磁気熱量効果も測定し、この二重ピーク構造は、比熱の磁場変化にのみ生じる珍しい現象であることも実証しています。

今後の展望

今回の結果は、強磁場極限での比熱の磁場変化に二重ピーク構造が連続的に現れることを示しました。1つと思っていた事が2つあることは日常生活でも経験しますが(図3)、本研究では実験精度を上げることで、比熱の二重ピークを世界で初めて観測しています。 加えて本研究では、このピーク構造を解析することで、理論的に期待される直線との対応から電子の性質を調べることができることも明らかにしています(図2b)。本研究で提案した比熱の二重ピーク構造を基にした新たな解析手法は、これまでの電子構造の調査に使われていた磁化や電気抵抗をLK理論の枠組みで解析する手法と比較して、情報の密度という点で優位性を持ちます。今後、本研究手法を基にして様々な機能性材料が加速的に理解され、電子デバイス等で応用される物質開発に貢献すると期待されます。

fig3

図2:磁場変化における比熱の二重ピーク構造とその解析
(a) 2つの二重ピーク構造の温度変化。0.5Kのデータ(図中オレンジ色)にあるように適当な条件では、緑丸で示された2つのピークと青丸で示された2つのピークの合計4つのピーク構造が観測される。一方、0.09Kの低温(図中赤色)では二重ピーク構造が重なり、2つの一重ピークとなる。(b)観測された6つの二重ピーク構造の温度変化と、黒線で表された理論的なピーク位置。黒線は理論的に得られる直線
fig3

図3:1つだと思っていたものが2つあることは、日常生活でも見かけられる。

発表者

  • 東京大学 物性研究所 附属国際強磁場科学研究施設
    • 楊卓 ツォウ ヤン Zhuo Yang (特任研究員)
    • 下起 敬史 (特任研究員)
    • 小濱 芳允 (准教授)
  • 東京電機大学 工学部 自然科学系列
    • 野村 肇宏 (講師)
      研究当時:東京大学 物性研究所 助教
  • PSL研究大学
    • Benoît Fauqué (研究員)
  • コーネル大学
    • Debanjan Chowdhury (准教授)
  • スロバキア科学アカデミー
    • Jozef Kačmarčík (研究員)
  • フランス原子力庁(CEA)
    • クリストフ マーセナー Christophe Marcenart (教授)
  • 東北大学 金属材料研究所 アクチノイド物質科学研究部門
    • 青木 大 (教授)
  • ネール研究所
    • ティエリ クライン Thierry Klein (教授)
  • フランス国立強磁場研究所
    • Duncan K. Maude (研究員)

 論文情報

  • 雑誌名:Nature Communications
  • 題 名:Unveiling the double-peak structure of quantum oscillations in the specific heat
  • 著者名:Zhuo Yang*, Benoit Fauque, Toshihiro Nomura, Takashi Shitaokoshi, Sunghoon Kim, Debanjan Chowdhury, Zuzana Pribulova, Jozef Kacmarcik, Alexandre Pourret, Georg Knebel, Dai Aoki, Thierry Klein, Duncan K. Maude, Christophe Marcenat, Yoshimitsu Kohama
  • DOI:10.1038/s41467-023-42730-4

 研究助成

本研究は、日本学術振興会の科研費「22H00104」、「20K14403」、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Program、EUR grant Nano X「ANR-17-EURE-0009」、EUH2020 project「824109」、EU ERDF「VA SR ITMS2014+ 313011W856」、Slovak Scientific Grant「VEGA-0058/20」の支援により実施されました。

 用語解説

(注1)強磁場極限:
強い磁場下では、金属は絶縁体となりえる。このような磁場を強磁場極限と呼ぶ。この値は金属により異なる。
(注2)LK理論:
LifshitzとKosevichにより、磁場下で観測される電気抵抗や磁化率の振動現象を記述した理論。この理論式を用いることで、物質中の電子の重さや、磁場下での電子のエネルギー変化量、電子の衝突する度合いなどが理解できる。このため、LK理論の枠組みを用い、金属の性質が調べられている。
(注3)フェルミ状態密度:
電子や陽子など、半整数のスピン角運動量を持つ粒子をフェルミ粒子という。フェルミ状態密度とは単位エネルギーあたりに存在する、フェルミ粒子がとりえる状態の数である。
(注4)エントロピー:
物質の「乱雑さ」を表す量。比熱はエントロピーの温度変化と関係しており、磁気熱量効果はエントロピーの磁場変化と関係がある。

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(公開日: 2023年11月08日)