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これまでの高温超伝導体は乱れていたことが判明 ―乱れを除去して激変した電荷の振る舞い―

東京大学
東京理科大学
理化学研究所

発表のポイント

  • 銅酸化物高温超伝導体において、電荷が微少かつ均一に分布する乱れの無い極めて綺麗な結晶面を見出し、その電荷の振る舞いを解明した。
  • 電荷分布に乱れのない綺麗な結晶面では、従来の常識に反して、モット絶縁体に注入される電荷が限りなく微少であっても長寿命の粒子が生成され、自由に動き回れることが分かった。
  • 37年もの歴史を経て構築された銅酸化物高温超伝導体の電子相図は、乱れの影響を受けた結晶面特有のものである可能性が高い。それに変わるより本質的な電子相図を見出したことで、高温超伝導研究に新展開が期待される。
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乱れのない綺麗な結晶面では、極微量でも電荷が流れることを発見

発表概要

東京大学物性研究所の黒川輝風大学院生(同大学大学院理学系研究科在籍(当時))、近藤猛准教授、および東京理科大学先進工学部電子システム工学科の磯野隼佑大学院生(当時)、常盤和靖教授の研究グループは、東京大学物性研究所の小濱芳允准教授、東京理科大学先進工学部物理工学科の遠山貴巳教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの酒井志朗上級研究員らの協力のもと、銅酸化物高温超伝導体におけるモット絶縁体(注1)相の極近傍における電子状態を解明しました。

1986年に発見された高温超伝導は、20世紀後半の物理学で最も重要な発見の一つです。その結晶は、CuO2面(注2) と電荷供給層とが積層した構造です。電荷供給層から電荷が注入されなければ、モット絶縁体となります。高温超伝導の発見以来37年もの長きに渡る研究を経て確立した電子相図(注3)は、反強磁性秩序を電荷注入で完全に消去しなければ電気が流れないことを示していました。本研究では、乱れを生む電荷供給層との直接接触を避けることで電荷分布が均一となった、乱れのない綺麗なCuO2結晶面を有する多層型銅酸化物高温超伝導体(図1(c)、注4)に着目しました。レーザー光電子分光(注5)を用いた電子構造の精密測定、および強い磁場を用いた量子振動(注6)測定を行った結果、注入される電荷が、反強磁性秩序が消える遙か手前の限りなく微量でも、金属的に自由に動き回れることを見出しました。この結果は、これまで確立されたと考えられていた銅酸化物高温超伝導体の電子相図が、CuO2面に乱れがある場合に特化したものであったことを意味します。より本質的な真の電子相図を提案する本研究結果により、高温超伝導研究の新展開が期待されます。

本成果は、Nature communications誌(日本時間7月14日午後6時)に掲載されました。

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図1. 銅酸化物高温超伝導体の結晶構造:従来(左図)と本研究(右図)で対象とする物質の結晶構造の違い
従来の研究で対象とされてきた1層型(a)、2層型(b)および、本研究で対象とした6層型(c)を示す。銅酸化物高温超伝導体では、CuO2面が上下2枚の電荷供給層によって挟まれた構造となる。この電荷供給層に酸素アニールや元素置換を施すことで、電荷(ホールや電子)がCuO2面に供給され、電子濃度が変化することで、超伝導が発現する。これまで研究されてきた1層型(a)と2層型(b)では、電荷供給層がCuO2面に直接接するため乱雑なポテンシャルがCuO2面に印加され、電荷分布が不均一となる。一方、6層型(c)では、電荷供給層と直接接することなく、外側のCuO2面に遮蔽効果で守られた「綺麗なCuO2面」が内側に配置される。しかも、内側のCuO2面は電荷供給層から離れているため、注入される電荷は微量となる。

発表内容

① 研究の背景

高温超伝導が発現するメカニズムの解明に向けて、実験および理論の両面から、ありとあらゆる研究がこれまでに行われてきました。しかしながら、高温超伝導のメカニズムについては未だ統一した見解が得られておらず、今なお科学者を魅了し悩ませ続けています。銅酸化物高温超伝導体の母体状態は反強磁性モット絶縁体です。そこへ電荷を注入していくと、ある注入量を境に超伝導が発現します。超伝導の発現に至るまでのモット絶縁相近傍の状態を解明することが、高温超伝導発現のメカニズムを理解する上で重要となります。

注入された電荷の少ないモット絶縁体相近傍では、その舞台となるCuO2面が電荷分布の乱れに対して非常に敏感である可能性から、本質的な電子状態を注意深く見定める必要があります。これまでの主な研究対象は、単位胞あたり1枚か2枚のCuO2面を有する化合物でした(図1(a),(b))。これは、構造がシンプルで試料作成が容易であること、また、そのシンプルさから本質的な物性を引き出すのに適しているとの判断に基づいています。一方、走査型トンネル顕微鏡でそれらの電子状態を空間的に走査し観察すると、電荷が著しく不均一に分布していることが指摘されています。その原因は、結晶内において、電荷供給層がCuO2面に直接接しているために、電荷供給層からの乱雑なポテンシャルがCuO2面に印加されるためだと考えられます。

高温超伝導メカニズムの解明には、実験事実と理論予想が包括的に一致する必要があります。しかし、実験の説明を試みる理論は、電荷分布が不均一で乱れのあるCuO2面を想定していないため、両者はこれまで対等な比較ができていませんでした。この致命的な問題を解決するためには、何らかの手法で電荷供給層からCuO2面へ電荷を均一に注入し、乱れのない綺麗なCuO2面を実現する必要があります。その理想的CuO2面を対象として、モット絶縁体相近傍における電荷の振る舞いを実験的に解明できれば、高温超伝導研究にブレークスルーが起きるものと期待できます。

② 研究内容と成果

本研究では、CuO2面を6枚持つ多層型銅酸化物高温超伝導体に着目しました(図1(c))。この物質は、電荷供給層に隣接しない内側に配置されたCuO2面を有します。この内側のCuO2面は、構造的に平らになると同時に、より外側に位置するCuO2面の遮蔽効果により、電荷供給層からもたらされる空間的に不均一な電荷注入や欠陥の影響から保護されているため、「綺麗な結晶面」が実現します。また、より内側に位置するCuO2面ほど電荷供給層から空間的に離れるため、電荷の注入量も減っていきます。これまで確立されてきた電子相図(図2(a1))によると、微量の電荷をモット絶縁相に注入しただけでは、電荷が反強磁性秩序に囲まれることでエネルギー障壁(エネルギーギャップ)を感じ、身動きが取れません(図2(b1),(c1))。その場に居座るにしても、周りから受ける散乱効果によって同じ状態を保てず、電荷の寿命は短く(スペクトルがブロードに)なります(図2(d1))。一方、今回観察した多層型試料の内側に位置するCuO2面では、注入された電荷が限りなく微量で、乱れに対して非常に敏感な状況であっても、エネルギー障壁はなく、電荷が自由に動き回れることが分かりました(図2(b2),(c2))。また、周りから散乱により邪魔をされることも稀で、同じ流れとして保てる寿命が極めて長い(スペクトルがシャープ)ことが分かりました(図2(d2))。これらの結果は、反強磁性秩序が背後にある場合には電荷が動けない、とする従来の電子相図とは相入れないものです。本研究により、乱れのない綺麗なCuO2面における電荷の振る舞いを解明し、銅酸化物高温超伝導体におけるより本質的な電子相図を描くことができました。

fig2
図2. 「乱れたCuO2面」(左図)と「綺麗なCuO2面」(右図)に微少量だけ注入した電荷の動きの違い
電子相図は物質の電子状態を示す象徴となる。銅酸化物高温超伝導体は、キャリアを注入されていない状態では反強磁性モット絶縁体であり、CuO2面にある一定量以上のキャリアを注入することで超伝導体となる。これまで研究されてきた1層型と2層型物質が有する「乱れたCuO2面」では、反強磁性相と超伝導相が完全に分離している(a1)。一方、6層型物質が内側に有する「綺麗なCuO2面」では、これら2つの相が重なる領域がある(a2)。「乱れたCuO2面」の反強磁性相では、電荷を微量注入しても動けずに絶縁体状態となる(b1,c1)。これを光電子分光で得られるスペクトルで模式的に示すと(d1)、エネルギーギャップが開き、スペクトル幅がブロードとなる。これらはそれぞれ、電荷を動かすためのエネルギー障壁があり、また、周りから大きな散乱を受け寿命が短いことを示す。一方、「綺麗なCuO2面」では、限りなく微量の注入でも電荷は金属的に動き回り、電気を流す(b2,c2)。スペクトルで見ると(d2)、ギャップがなく、スペクトル幅はシャープとなり、それぞれ、電荷を動かすためのエネルギー障壁が無く、散乱が小さく寿命が長いことを示す。

fig3

図3.レーザー光電子分光で観察したフェルミ面(a,注7)と中心部の電子構造(b)、およびスペクトル(c)
本研究の対象である6層型の銅酸化物高温超伝導体では、電荷供給層からの距離に応じて3種類のフェルミ面が形成される。そのうちの2種類が円形状のフェルミ面となる。電荷注入量がより小さいことを意味する小さい方の円形フェルミ面が、電荷供給層から最も距離の離れたCuO2面に由来する。その電子構造(エネルギーの運動量依存性)を立体的に示した図が(b)である。(a)に赤点で記す運動量に対して測定したスペクトルが(c)である。エネルギーギャップは無く、スペクトルは極めてシャープである。これらの結果は、電荷注入量が1%以下と微量であり、反強磁性秩序が発達している状況においても、注入された電荷は金属的に自由に動き回っていることを示している。
③ 社会的意義・今後の見通し

電子相図は、その物質の電気磁気的性質を表す象徴となるものです。高温超伝導体が発見されてから37年もの間、ありとあらゆる研究がなされ確立したかに見える電子相図が、乱れた系に特化したものであるとなれば、本研究のインパクトは計り知れません。乱れのない理想的なCuO2面を想定し構築されてきた高温超伝導の理論研究へも大きな波及効果があります。高温超伝導メカニズムの解明は、乱れのないCuO2面を対象とした上で、実験事実と理論が包括的な一致を見せたときに成されるものと考えられます。その最終目的に向けた具体的方向性を示した本研究により、高温超伝導研究に今後新展開が期待できます。

発表者

  • 東京大学
    • 大学院理学系研究科
      • 物理学専攻
        • 黒川 輝風(研究当時:博士課程)
    • 物性研究所
      • 附属国際超強磁場科学研究施設
        • 小濱 芳允(准教授)<トランススケール量子科学国際連携研究機構 准教授>
      • 附属極限コヒーレント光科学研究センター
        • 近藤  猛(准教授)<トランススケール量子科学国際連携研究機構 准教授>
  • 東京理科大学
    • 大学院 基礎工学研究科
      • 電子応用工学専攻
        • 磯野 隼佑(研究当時:修士課程)
    • 先進工学部
      • 物理工学科
        • 遠山 貴巳(教授)
      • 電子システム工学科
        • 常盤 和靖(教授)
  • 理化学研究所
    • 創発物性科学研究センター
      • 計算物質科学研究チーム
        • 酒井 志朗(上級研究員)

論文情報

  • 雑誌:Nature communications
  • 題名:Unveiling phase diagram of the lightly doped high-Tc cuprate superconductors with disorder removed
  • 著者:Kifu Kurokawa, Shunsuke Isono, Yoshimitsu Kohama, So Kunisada, Shiro Sakai, Ryotaro Sekine, Makoto Okubo, Matthew D. Watson, Timur K. Kim, Cephise Cacho, Shik Shin, Takami Tohyama, Kazuyasu Tokiwa*, and Takeshi Kondo*(* 責任著者)
  • DOI:10.1038/s41467-023-39457-7

研究助成

本研究は、旭硝子財団、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP21H04439 and JP19H00651)、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP 課題番号 JPMXS0118068681)、の助成を受けて実施されました。

用語解説

(注1)モット絶縁体:
通常の絶縁体では、電子が波として固体内に広がりつつも、正味の電荷の流れはキャンセルし合い、電流が流れません。通常の絶縁体とは異なり、電子同士のクーロン反発が大きすぎて、電子が原子間を伝搬できず(つまり電子を波として定義できず)に各原子サイトに束縛され、その結果電流を流さない絶縁体をモット絶縁体と呼びます。
(注2)CuO2面:
銅酸化物高温超伝導体には様々な種類の結晶が見つかっていますが、それらが共通して持ち、超伝導を担う2次元的な結晶面が、銅と酸素で構成されたCuO2面です。単位結晶構造内にあるCuO2面の枚数が3層以上のものを特に多層型銅酸化物高温超伝導体と呼び、本研究で対象としました。
(注3)電子相図:
銅酸化物高温超伝導体は、キャリアを注入しなければ反強磁性モット絶縁体ですが、キャリアを注入していくと、反強磁性秩序の転移温度は下がり、やがて超伝導が発現します。キャリアの量と共に超伝導転移温度は上昇しますが、あるキャリア量を境に転移温度は減少し、さらに増やすと超伝導体から超伝導を示さない金属へと変化します。このように、キャリア量と共に変化する物質の状態を描いた図を電子相図と言います。
(注4)多層型銅酸化物高温超伝導体:
1986年にベドノルツとミューラーがLa-Ba-Cu-O系物質において高い温度での超伝導転移を発見したのを発端に、短期間の内に次々と高い超伝導転移温度を示す銅酸化物の類似物質が発見されました。それらを銅酸化物高温超伝導体と呼びますが、その中でも、単位結晶構造内に3層以上の伝導面(CuO2面)を持つ物質群を多層型銅酸化物高温超伝導体と言います。この物質群は、電荷供給層に直接接する外側のCuO2面の他に、電荷供給層に直接接することのないCuO2面を内側に持ちます。
(注5)レーザー光電子分光:
物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギー、および脱出角度を調べることによって、物質中の電子のエネルギーと運動量を観測できる(つまり電子構造を決定できる)実験手法です。励起光として特に、高強度かつ単色性の高いレーザーを組み合わせたレーザー光電子分光では、高い精度で物質の情報を抽出することができます。本研究では、物性研究所で開発された、超高分解能測定を可能とするレーザー光電子分光装置を用いて実験を行いました。
(注6)量子振動:
強い磁場を物質に印加すると、不連続(離散的)なエネルギーの準位が形成されます。それを反映し、様々な物理量(電気的および磁気的性質)が磁場の強さと共に振動する振る舞いを量子振動と呼びます。量子振動を観測する事で、フェルミ面に関する詳細な情報が得られます。
(注7)フェルミ面:
物質内の電子が持ち得るエネルギーと運動量を3次元的にプロットしたものを電子構造と言い、個々の物質に固有な形状となります。物質内の電子は、その電子構造のよりエネルギーの低い準位から占有されて行きますが、全ての電子が占有されて到達する最大エネルギー(フェルミ準位)で描かれる等エネルギー面をフェルミ面と言います。フェルミ面で囲まれる面積は、注入された電荷の量に対応します。物質固有の形状となるフェルミ面は、各物質の電気特性を司るため、とても重要な構造です。
(公開日: 2023年07月14日)