強磁場中でも生き残る空間的に変調した超伝導を有機物中で発見
東京大学
- 有機超伝導体において、弱磁場で均一だった超伝導状態が、強磁場で超伝導部分と金属部分が周期的に変調した超伝導状態(FFLO状態)になることを超音波測定から発見しました。
- 「磁場に弱い」という超伝導状態の弱点の一つを克服できる特異な超伝導状態を、初めて直接的に観測しました。
- 本成果は固体中の超伝導だけでなく、様々な物理分野で発現するFFLO状態の類似現象の理解にも貢献できることが期待されます。
発表概要:
東京大学物性研究所の今城周作特任助教らは、有機超伝導体(注1)において弱磁場で均一だった超伝導状態が、約20テスラ以上の強磁場中では、超伝導部分と金属部分が周期的に変調した構造をもつ状態(Fulde–Ferrell–Larkin–Ovchinnikov(FFLO)状態、注2)になることを発見しました。
FFLO状態は1964年に「強磁場でも生き残ることができる特異な超伝導状態」として理論的に提唱されていましたが、現実にはFFLO状態を示す候補物質が少なく、更に実験的に検出が難しいという問題からFFLO状態の空間変調性を直接的に測定・議論した例はありませんでした。
今回、有機超伝導体の一つであるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2(注3)に対しパルス強磁場(注4)超音波測定(注5)を行ったところ、21~25テスラの強磁場領域のみで超音波が伝搬する方向に依存した異方性を示すことを発見しました。これはある方向のみに超伝導が変調している強い証拠となります。FFLO状態という概念は固体中の超伝導だけでなく、素粒子物理などの階層が違う物理分野でも現れるため、今回の成果は幅広い物理現象の理解に重要な基礎となることが期待されます。
本成果は英国科学誌のNature Communicationsにおいて、2022年10月3日にオンライン掲載されました。
発表内容:
①研究背景
超伝導状態は電気抵抗ゼロ・完全反磁性などの特異な性質を示すため、省電力化や量子技術で活用される素子への次世代応用研究で重要な役割を果たすと考えられています。しかし、現在見つかっている超伝導状態は低温環境でしか発現せず、また、強い電流や強い磁場の環境下でも破壊されてしまいます。超伝導という現象自体の発見からは100年以上経過しましたが、未だに超伝導の発現機構や性質には謎の多く、これら弱点の解決や基礎的な理解に向けて現在も様々な視点から研究が行われています。1957年に提唱されたBCS理論(注6)によって超伝導の根源的な機構が説明され、固体中の電子が電子間の引力によって電子対を形成することによって現れることが明らかとなりました。この理論では電子対の重心運動量がゼロとなる電子同士で対形成をすることを前提としていました。その後、1964年にFuldeとFerrell、LarkinとOvchinnikovが別々に同年にFulde–Ferrell–Larkin–Ovchinnikov (FFLO)状態という通常の超伝導状態がもつ「磁場に弱い」という弱点の一つを克服できる特異な超伝導状態を理論的に提案しました。
FFLO状態ではBCS理論で説明される通常の超伝導と異なり、超伝導状態の電子対運動量が有限となります。この有限の運動量により、図1のように超伝導部分(赤)と金属部分(青)が実空間上で周期的に変調した構造をもつという特徴を示し、磁場による破壊効果を免れます。しかし、理論的提唱から60年近く経ちますが、FFLO状態の空間変調性を直接観測した例はありませんでした。FFLO状態の発現には強磁場環境が必要であり、乱れが少ない綺麗な超伝導体でしか現れないと予想されています。しかし、多くの超伝導体はその強磁場領域に到達するまでに超伝導状態が磁場によって破壊されてしまうか、原子欠陥や不純物によりFFLO状態自体が抑制されてしまいます。また、FFLO状態を精密に観測できる手法自体が少ないという障壁もあり、これら問題によって実験的検証が困難となっていました。
②研究内容
今回は有機超伝導体の一つ、κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2を研究対象としました。有機超伝導体は有機分子がもつ特異な分子形状のおかげで、①特定方向に磁場を印加した際には、超伝導状態は磁場に強い、②異分子混入や欠陥形成が起きにくい、という特徴を示し、FFLO状態が現れる可能性が高いと期待されています。実験では、パルス強磁場を用いてFFLO状態が現れると予想される強磁場領域まで超音波測定による音速を測定しました。図2に今回得られたb軸方向とc軸方向に音波を印加した際の音速の相対変化の磁場依存性を示します。ここではFFLO状態が現れるとされる条件に合わせるため、温度は1.6ケルビンで、磁場は結晶のc軸方向に0.1°以内の精度で印加しています。21テスラ以下ではどちらの方向でも同じような磁場依存性を示しています。BCS理論に基づいた通常の超伝導状態では空間変調性がないため、結晶中で均一に超伝導状態が現れます。そのため、結晶に対して音波を印加する方向を変化させてもほとんど音速の磁場依存性は変化せず、音波方向に対して等方的な応答となるのは自然です。
一方、21~25テスラでは音波方向によって磁場依存性が異なり、異方的な応答となっています。BCS理論では21テスラがこの物質の超伝導状態が破壊されてしまう限界磁場であり、この21テスラ以上の磁場領域こそがFFLO状態が現れると理論的に予想されている領域です。25テスラ以上では電気抵抗測定から通常の金属状態になることがわかっており、異方性は消失します。つまり、FFLO状態のみで音波方向に対して異方性を示すことがわかりました。図2中の模式図のような空間変調した超伝導では、音波方向によって周期構造に沿って伝搬するか、跨いで伝搬するかという差があります。これこそが異方性を示す原因であり、この振舞いから空間変調している方向を決定することに成功しました。この有機超伝導体の電子状態に基づいて理論的に予想されるFFLO状態の空間変調方向が、確かに今回の結果で得られた方向と一致することが確かめられ、FFLO状態が現れている決定的な証拠となりました。
③社会的意義・今後の予定など
今回の異方性の検出によって、これまで実験的議論が困難であったFFLO状態の最大の特徴の一つである空間変調という性質の詳細に踏み込むことができます。先行研究では間接的な議論が多く、空間変調に関する決定的な情報は得られていませんでした。今回のように異方性を通したFFLO状態の正確な空間変調性の証拠の発見は初めてであり、画期的な成果です。今後は他の候補物質の測定も行うことで、固体中のFFLO状態の実験的理解が飛躍的に加速すると考えられます。また、FFLO状態の電子対形成が示す空間変調性は固体物性物理だけの概念でなく、素粒子物理などの階層が異なる物理分野でも現れます。そのため、今回の成果は多岐にわたる物理現象の理解に重要な基礎となることが期待されます。
なお、本研究は日本学術振興会の科学研究費(課題番号: 20K14406, 22H04466, 20K14403, 22H00104)の助成を受けたものです。
発表雑誌:
- 雑誌名:Nature Communications(オンライン版:10月3日)
- 論文タイトル:Emergent anisotropy in the Fulde–Ferrell–Larkin–Ovchinnikov state
- 著者:Shusaku Imajo*, Toshihiro Nomura, Yoshimitsu Kohama, and Koichi Kindo
- DOI番号:10.1038/s41467-022-33354-1
- アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-33354-1
用語解説:
- (注1)有機超伝導体
- 低温で超伝導状態を示す有機化合物です。有機分子とカウンターとなる分子の間で電子の移動が起きる電荷移動錯体である場合が多く、結晶中の有機分子がもつπ電子が電気伝導を担います。電子状態は有機分子の分子形状や分子配列に影響され、超伝導状態以外にも多彩な電子物性を示します。
- (注2)Fulde–Ferrell–Larkin–Ovchinnikov (FFLO)状態
- FuldeとFerrell、LarkinとOvchinnikovが1964年の同年に独立して理論的に提唱した特殊な超伝導状態です。通常の超伝導状態は異なる電子対の形成によって成り立ち、通常の超伝導状態が抑制されるような強磁場環境でも生き残ることができます。
- (注3)κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2
- ビスエチレンジチオテトラチアフルバレン(BEDT-TTF)という有機分子とカウンター分子Cu(NCS)2で構成される代表的な有機超伝導体の一つで、約10ケルビンで超伝導転移を示します。強磁場でFFLO状態を示す最有力候補物質の一つとして知られていますが、弱磁場でも電子相関が強い非従来型超伝導として興味をもたれています。
- (注4)パルス強磁場
- 一般的な研究に使う電磁石では一定の電流を常に流すことで定常的な磁場を発生させますが、一瞬だけコイルに大電流を流すことで発生した短い時間だけの強磁場をパルス強磁場と呼びます。現在、定常磁場の限界は約45テスラ程度ですが、パルス磁場では瞬間的ながら50テスラ以上の強磁場でも発生させることができます。
- (注5)超音波測定
- 高周波の音波を対象物質に流し、その音波が物質中を通った時の応答を計測する測定です。音速や超音波吸収係数が決定でき、物質の弾性的な性質を議論できます。
- (注6)BCS理論
- 1957年にBardeen、Cooper、Schriefferの3人によって提案された超伝導を説明する理論です。電子間の引力によって電子対が形成され、電子対が凝縮することで超伝導状態となります。BCS理論によって単体金属などで生じる超伝導状態はよく説明できますが、一部、BCS理論で説明できない超伝導は非従来型超伝導と呼ばれます。