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フェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡を実現 ―1ショットで空間・エネルギー情報を同時取得―

東京大学
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

  • X線自由電子レーザー(XFEL)のパルス1ショットを用いて、試料の各位置を透過した軟X線のスペクトルを同時に取得する分光イメージング技術を実証しました。
  • Wolter(ウォルター)ミラー顕微鏡と、417個の微小分光素子を組み合わせ、2次元像を非走査で一括分光する計測システムを開発しました。
  • 高速かつ不均一に変化する材料・デバイス・生体試料などを対象に、将来的な化学状態イメージングや空間的・ショットごとのXFELビーム診断への応用が期待されます。
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開発したフェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡

概要

東京大学物性研究所の竹尾陽子助教、木村隆志准教授、東京大学先端科学技術研究センターの江川悟助教、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋牧名グループディレクターらによる研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)(注1)の単一パルスを用いて、試料の各位置を透過した軟X線のスペクトルを同時に取得するフェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡(注2)を開発、実現に成功しました。

本研究では、色収差のないWolterミラー(注3、関連情報①)で拡大した像を、417個の微小分光素子を集積したマルチ開口回折格子(注4)で多数の空間チャンネルに分け、2次元検出器上で一括分光しました(図1)。これにより、本来トレードオフの関係にある空間分解とエネルギー分解を兼ね備えた像を1ショットで得られるようになります。

本技術の検証として行った兵庫県播磨科学公園都市のX線自由電子レーザー施設SACLA(注5)の軟X線ビームラインBL1での実験では、XFELビーム自体の空間的・ショットごとのスペクトル変動を可視化するとともに、単一パルスを用いた窒化ケイ素膜の分光イメージングの実証に成功しました。今後、高速かつ不均一に変化する材料・デバイス・生体試料の化学状態イメージングや、XFELパルスのビーム診断などの、分析基盤としての展開を目指しています。

本成果は2026年8月20日(現地時間)発行の米国科学誌「Optica」に掲載されました。

全文PDF
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図1:フェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡の原理図
Wolterミラーで拡大した試料像をマルチ開口回折格子で多数の空間チャンネルに分け、各位置のスペクトルを2次元検出器上に同時記録する。

発表内容

① 研究の背景

軟X線分光分析は軽元素や遷移金属を特異的に見ることができる特徴を持つことから、これらの元素の化学的状態を明らかにする有力な手法です。しかしながら、電池材料、触媒、光機能材料、生体試料などでは、反応、劣化、相変化が試料内で一様に進むとは限りません。これら試料には全体の平均値だけでなく微小領域ごとの違いが重要であり、機能の理解や性能向上のために場所ごとの分光情報が必要とされています。特に、フェムト秒からピコ秒の短時間で進む変化や、一度の照射・反応で状態が変わってしまう試料では、同じ測定を何度も繰り返して画像を作る従来法には限界がありました。このような対象を調べるために、一度の照射で多点の分光情報を取得する非走査型の軟X線分析技術が求められていました。

② 研究内容

本研究グループは、軟X線XFELの単一パルスを活用したフェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡を開発しました。計測システムは、研究グループが培ってきた高精度Wolterミラー顕微鏡を基盤に、今回新たに設計・作製したマルチ開口回折格子を組み合わせたものです(図2)。Wolterミラー顕微鏡は、広いエネルギー範囲の軟X線像を色収差なく拡大できる反射型光学系であり、軟X線XFELのフェムト秒単一パルス計測に適した全視野顕微鏡として開発されてきました(関連情報①)。今回、この顕微鏡で拡大した2次元像を、417個の微小な開口と回折格子を集積したマルチ開口回折格子に導入しました。この素子は、東京大学武田先端知スーパークリーンルームにおいて半導体微細加工技術を用いて作製したもので、拡大像を多数の空間チャンネルに分け、それぞれを同時に分光して2次元検出器に記録します(図1)。これにより、単一の軟X線レーザーパルスから、試料の各位置を透過した軟X線のスペクトルを一括取得することが可能になりました。これは、通常の顕微鏡像に「各場所の色(エネルギー)ごとの吸収情報」を重ねるような計測であり、試料内部の成分や化学状態の違いを位置ごとに調べることにつながります。

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図2:フェムト秒軟X線ハイパースペクトル顕微鏡
(a)顕微鏡の全体写真。試料から検出器までおよそ6.5 m。(b)マルチ開口回折格子の全体写真。チップ上の白い矩形の領域が個別の開口にあたる。(c)開口上に作製した回折格子の電子顕微鏡写真。(d)Wolterミラー・試料走査チャンバーの内部写真。中央で相対している2つの筒型の構造物がWolterミラー。

兵庫県のX線自由電子レーザー施設SACLAの軟X線ビームラインBL1での実証実験では、視野内の多数の位置でスペクトルを同時に取得し、XFELビーム自体のスペクトルがショットごとに変動するだけでなく、空間的にも不均一であることを可視化しました。さらに、窒化ケイ素(SiN)薄膜を試料として、吸収端(104 eV)近傍で試料の有無に応じた透過スペクトルの変化を100フェムト秒以下の時間幅を持つ単一パルスで捉えました(図3)。

fig3
図3:窒化ケイ素(SiN)薄膜の透過スペクトル計測
(a)通常の拡大像、(b)マルチ開口回折格子による分割・分光像、(c)各位置で得られたスペクトルの中心エネルギー、(d)(e)赤四角および橙色点線四角で示した(a)(b)(c)内の各領域について、光源を97 eVから110 eVまで1 eV刻みで変化させて計測したSi吸収端近傍での透過スペクトル。
③ 社会的意義・今後の展開

今回の成果は、走査を必要としない高速軟X線分光イメージング手法として、将来的な材料・デバイスの局所分析、触媒反応や劣化過程の解析、細胞の損傷を抑えた化学状態マッピング(関連情報②)、XFEL利用実験のためのビーム診断につながる基盤技術です。今後、光源帯域、検出器、分光素子の高性能化を進めながら、不均一な試料の化学状態をフェムト秒スケールで捉える時空間イメージングへの展開を目指していきます。

関連情報

発表者・研究者等情報

                                     
  • 東京大学
    • 物性研究所
      • 木村 隆志 准教授(兼:理化学研究所 客員研究員)
      • 竹尾 陽子 助教(兼:高輝度光科学研究センター 外来研究員、兼:理化学研究所 客員研究員)
    • 先端科学技術研究センター
      • 江川 悟 助教(研究当時:理化学研究所 基礎科学特別研究員)
  • 理化学研究所
    • 放射光科学研究センター
      • SACLAビームライン基盤グループ
        • 矢橋 牧名 グループディレクター

論文情報

                                        
  • 雑誌名:Optica
  • 題 名:Femtosecond hyperspectral imaging with single-shot X-ray pulse 著者名:Yoko Takeo*, Satoru Egawa, Noboru Furuya, Kyota Yoshinaga, Kai Sakurai, Yu Nakata, Shigeki Owada, Takashi Tanaka, Hidekazu Mimura, Makina Yabashi, Takashi Kimura
    *corresponding author
  • DOI: 10.1364/OPTICA.599397

研究助成

本研究は、JSPS科研費(課題番号:JP20H04451、JP21K20394、JP23H03655、JP23KF0019、JP25KJ1045、JP25K17963)、JST創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2469)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2108)、SACLA利用課題(課題番号:2020A8114、2021A8030、2021B8042、2022B8028、2022B8030、2024A8065)、公益財団法人 精密測定技術振興財団、および東京大学卓越研究員制度の支援を受けて実施されました。

本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)」事業(課題番号:JPMXP1223UT1093、JPMXP1224UT1025、JPMXP1225UT1159)の支援を受けました。

また、試料・素子の作製は、東京大学マテリアル先端リサーチインフラ・データハブ拠点の武田先端知スーパークリーンルームにおいて実施されました。

用語解説

(注1)X線自由電子レーザー(XFEL) :
X線領域の波長を持つレーザーであり、フェムト秒(1000兆分の1秒)レベルの非常に短いパルス幅を持つ。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
(注2)ハイパースペクトル顕微鏡 :
画像の各画素で光のスペクトルを取得する手法。通常の画像が明るさや色の分布を見るのに対し、各位置の吸収・反射スペクトルから、物質の成分、元素、化学状態などの空間分布を可視化できる。
(注3)Wolterミラー :
軟X線領域で利用可能な反射型の結像素子。双曲面と楕円面の二枚の回転体ミラーから成る。波長の短い軟X線を反射するミラーには、可視光用のミラーに比べて格段に高い作製精度が求められる。開発したWolterミラーは、軟X線の全反射現象を利用しており、色収差が原理的に存在しない。
(注4)マルチ開口回折格子 :
今回研究グループが新しく開発した、多数の開口から成る集積型分光光学素子。開口が像を空間的に分割し、各開口に形成された透過型不等間隔回折格子が波長によって異なる角度に光を回折する。従来の回折格子と比較して空間的情報を保持できる点に特色がある。
(注5)SACLA :
SACLA(サクラ)はSPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来するX線自由電子レーザー施設の愛称。軟X線ビームラインは2016年に供用を開始した。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。

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(公開日: 2026年08月20日)