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細胞1つの元素量を測る新手法、軟X線で実現 ―海洋植物プランクトンに含まれる酸素量をピコグラムの精度で計測―

東京大学
名古屋大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター

発表のポイント

  • 海洋植物プランクトン細胞1つに含まれる元素量を定量する計測手法を新開発の軟X線分光顕微鏡を用いて開発しました。
  • これまで測定が難しかった軽元素である酸素について、単一細胞レベルでの絶対質量測定をピコ(1兆分の1)グラムの精度で実現しました。
  • 本手法は炭素や窒素など他の元素にも適用可能であり、細胞内元素分布や化学状態を可視化する新たな分析基盤として、生命科学を含む様々な物性研究への貢献が期待されます。
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軟X線分光顕微鏡で計測した植物プランクトン像とそこに含まれる酸素の量

概要

東京大学物性研究所のJordan Tyler O’Neal特任研究員(研究当時)と木村隆志准教授、竹尾陽子助教、同大学大学院農学生命科学研究科の児玉武稔准教授、名古屋大学大学院工学研究科の松山智至教授、理化学研究所放射光科学研究センターの志村まり研究員、高輝度光科学研究センターの大橋治彦特任参事らによる研究グループは、軟X線スペクトロ・タイコグラフィ(注1)を用いて、海洋植物プランクトン1細胞に含まれる元素量を定量する新しい計測手法を開発しました。

海洋植物プランクトンは、地球全体の光合成の約半分を担い、酸素の供給や炭素の固定、元素循環に主要な存在です。従って、海洋植物プランクトンに含まれる酸素量を正確に把握することは、地球規模での元素循環を理解するために重要な意義があります。更に生物の中で元素が細胞内のどこに、どれだけ存在するかを知ることは、生命活動や環境応答を理解するうえで重要となります。しかし、数マイクロメートルの単一細胞レベルでの軽元素の定量解析にはこれまで大きな困難が伴っていました。本研究では、個別の元素に特異的に反応する軟X線の波長域を用いることで多数の高分解能・高感度の軟X線細胞像を取得しました。そして細胞の吸収率の変化を解析することで、海洋植物プランクトン1細胞に含まれる酸素の絶対質量をピコグラム(1兆分の1グラム)の精度で直接測定することに成功しました。

本成果は、微小な生物試料に含まれる元素を培養等することなく直接定量する新たな分析技術として、海洋微生物の生理状態の評価や、細胞内元素循環の理解に役立つとともに、地球環境・海洋循環への応答指標にも貢献が期待されます。また、軽元素の定量測定・化学状態の可視化は有機デバイスや材料の開発・評価など幅広い応用が期待されます。

本成果は、米国の学術雑誌「Optics Express」に2026年6月3日(現地時間)に掲載されました。

全文PDF
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図1:軟X線スペクトロ・タイコグラフィを用いたプランクトンの元素定量法の概要
元素吸収端前後で取得したタイコグラフィ像から透過率変化を抽出し、プランクトン中の元素分布を高分解能・高感度に定量する。

発表内容

背景

生物の細胞は、炭素や窒素、酸素、鉄など多様な元素から成り立っています。これらの元素が細胞内のどこに、どれだけ存在するかを調べることは、細胞の機能や環境への応答を理解するために欠かせません。中でも、海洋の植物プランクトンは、地球全体の光合成の約半分を担う、地球規模の元素循環に関わる重要な生物です。しかし、個別のプランクトンに含まれる元素を直接かつ定量的に測定することは微小な試料サイズから難しく、特に軽元素の計測については様々な技術的な制約が存在していました。

研究内容

本研究グループは、この課題を解決するため、軟X線スペクトロ・タイコグラフィを用いた新たな元素定量法を開発しました。タイコグラフィは、試料にX線を照射して得られる回折パターンから画像を再構成する手法であり、従来の顕微鏡では実現困難な高い空間分解能と感度を両立できる点に特徴があります。軟X線スペクトロ・タイコグラフィでは、個別の元素に特異的に反応する軟X線の波長域をまたいで多数の画像を取得し、吸収像の変化から元素ごとの分布と質量を評価しました。

本研究では、海洋植物プランクトンである珪藻 Thalassiosira weissflogii(注2、図2)を測定対象としました。兵庫県播磨の大型放射光施設「SPring-8」(注3)ビームラインBL07LSUにおいて軟X線スペクトロ・タイコグラフィ測定を行い、プランクトン細胞中の酸素の分布および量を評価したところ、細胞質と比較して珪藻の隔壁に特に高密度に酸素が分布をしていることが分かりました。また軟X線吸収率の変化から、それぞれの領域に含まれている酸素の量を17±2 ピコグラム、53±6 ピコグラム、50±5 ピコグラムと極めて高い精度で決定することができました。これらの計測結果は、ガラスのナノ粒子での計測(図3)や、金属元素に対して高い検出感度を持つ蛍光X線顕微鏡(注4)との比較により妥当性を検証しました。

fig2_Thalassiosira
図2:珪藻 Thalassiosira weissflogiiの光学顕微鏡像
fig3
図3:ガラスナノ粒子を用いた性能評価
ナノ粒子は均質な球形をしており、形状から元素量を見積もることが出来る。これと比較することで本開発手法による計測結果と高い精度で一致していることがわかる
今後の展望

本成果は、単一細胞を対象とした元素定量分析の新たな基盤技術を示すものです。細胞ごとの個性を統計的に調べることが可能になるため、植物プランクトンの生理状態、元素循環、環境変化への応答をより深く理解できるようになると期待されます。また軟X線スペクトロ・タイコグラフィでは、元素量に加えてその化学状態まで調べることができます。研究グループでは既に同手法により細胞内に含まれる元素ごとの化学状態を地図のように可視化することにも成功しています(関連情報②)。将来的には、特定の元素が細胞内でどの化合物や構造にどれだけ含まれ、どのように機能しているかを調べる研究へと発展させることが可能です。そのため、本技術は生命科学のみならず、軽元素から成る有機材料やデバイスの分析にも応用可能な基盤技術として、幅広い分野への波及が見込まれます。

関連情報:

発表者・研究者等情報

  • 東京大学
    • 物性研究所
      • Jordan Tyler O’Neal 特任研究員(研究当時、現:日本学術振興会外国人特別研究員)
      • 木村 隆志 准教授 (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)
      • 竹尾 陽子 助教  (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)
    • 大学院農学生命科学研究科
      • 児玉 武稔 准教授
  • 名古屋大学
    • 大学院工学研究科
      • 松山 智至 教授
  • 理化学研究所
    • 放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
      • 志村 まり 研究員 (兼:国立健康危機管理研究機構 研究員)
  • 高輝度光科学研究センター
    • ビームライン光学技術推進室
      • 大橋 治彦 特任参事  (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)

論文情報

  • 雑誌名:Optics Express
  • 題 名:Quantitative Elemental Masses of a Single Marine Phytoplankton Evaluated with Soft X-ray Spectro-ptychography
  • 著者名:Jordan T. O’Neal, Satoshi Matsuyama, Kai Sakurai, Kyota Yoshinaga, Yu Nakata, Chiho Funaki, Yoko Takeo, Takenori Shimamura, Makina Yabashi, Haruhiko Ohashi, Kazutaka Takahashi, Mari Shimura, Taketoshi Kodama, and Takashi Kimura
  • DOI: 10.1364/OE.589585

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2108)、創発的研究支援事業(JPMJFR2469)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H04451、23H01833、25KJ1045、25K03389、24K22349、23K26978、23K26526、23KF0019)、精密測定技術振興財団、アサヒグループ財団、文部科学省 「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1223UT1093、JPMXP1224UT1025、JPMXP1225UT1159)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)軟X線スペクトロ・タイコグラフィ:
軟X線を試料に照射して得られる回折パターンから、計算機処理によって高分解能・高感度の試料の画像を再構成する顕微鏡法です。軟X線のエネルギーを元素に固有の吸収が起こる領域の前後で変化させて多数の画像を取得することで、試料内の元素分布や元素量を評価できます。本研究では、この手法を用いて、単一の海洋植物プランクトン細胞に含まれる酸素の分布と量を測定しました。
(注2)珪藻Thalassiosira weissflogii:
珪藻はガラスの主成分である二酸化ケイ素を含む殻を持つ単細胞性の植物プランクトンで、海洋に広く分布し、光合成を通じて炭素や栄養塩の循環に関わる重要な生物群です。Thalassiosira weissflogii は海洋性の珪藻の一種で、植物プランクトンの生理や元素組成を調べる研究対象として用いられています。
(注3)大型放射光施設「SPring-8」:
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(注4)蛍光X線顕微鏡:
試料にX線を照射したときに、元素から発生する固有の蛍光X線を検出することで、試料中の元素の種類や分布を調べる顕微鏡法。鉄などの金属元素に対して高い検出感度を持つ一方、酸素などの軽元素では蛍光信号が弱く、測定が難しい場合があります。本研究では、軟X線スペクトロ・タイコグラフィによる測定結果の妥当性を確認するための比較手法として用いました。

関連ページ

(公開日: 2026年06月03日)