Home >  ニュース > カゴメ金属で隠れた相転移を発見 ―電子の「電荷」と「スピン」が別々に整列―

カゴメ金属で隠れた相転移を発見 ―電子の「電荷」と「スピン」が別々に整列―

東京大学
京都大学
名古屋大学

発表のポイント

  • カゴメ格子を持つ金属CsCr3Sb5は、これまで55ケルビン(約マイナス218℃)付近に単一の相転移があると考えられていましたが、より高温な64ケルビン(約マイナス209℃)付近に隠れた相転移が存在することを発見しました。
  • この新たな相転移は弾性抵抗測定によって初めて明らかになりました。さらに、光電子顕微鏡を用いた実空間観測と組み合わせることで、電子の「電荷」と「スピン」に由来する異なる秩序が別々に形成されることが示されました。
  • これまで一つと思われていた相転移が実は二段階であることを示した本成果は、この物質で報告されている圧力下で出現する超伝導の理解に重要な知見を与えるものです。
kagome-charge-spin
カゴメ格子(右)で現れた、電荷とスピンの二段階の電子秩序のイメージ図

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の大西朝登大学院生(研究当時)、影山遥一大学院生(研究当時、現:京都大学助教)、石原滉大助教、藤原弘和特任助教(研究当時、現:同大学物性研究所 特任助教)、谷内敏之特任准教授(研究当時、現:同大学物性研究所 特任准教授)、橋本顕一郎准教授(研究当時、現:京都大学教授)、芝内孝禎教授、同大学物性研究所のCédric Bareille特任研究員、名古屋大学大学院理学研究科の山川洋一講師、紺谷浩教授らは、米ライス大学との共同研究で、カゴメ格子(注1)を持つCsCr3Sb5(セシウム(Cs)、クロム(Cr)、アンチモン(Sb)からなる金属化合物、図1)において、新しい隠れた電子秩序を発見しました。

近年注目されているカゴメ格子物質の一つであるCsCr3Sb5は、55ケルビン(K)付近に単一の相転移(注2)が報告されていたものの、その起源は未解明でした。本研究では、55 Kより高温の64 K付近で、新たな相転移が存在し、電子の「電荷」と「スピン(注3)」が別々に異なる温度で秩序化することを明らかにしました。これは、クロムをバナジウム(V)に置き換えたCsV3Sb5とは異なる性質で、カゴメ格子で起こる電子秩序の多様性を示すものです。

また、CsCr3Sb5では圧力下で電子秩序が抑制されたときに超伝導(注4)が生じることが知られており、本結果はその機構の解明にも重要な知見を与えるものです。

本研究成果は2026年7月17日付けで、英国科学誌 Nature Communications にオンライン掲載されました。

fig1
図1:カゴメ格子構造を持つCsCr3Sb5の結晶構造
全文PDF

発表内容

日本語の「籠目(かごめ)」模様に由来するカゴメ格子は、六角形と三角形が組み合わさった特徴的な結晶構造です。この構造を持つ「カゴメ物質」では、電荷やスピンの働きによって多彩な量子現象が現れることが期待されてきました。その中でもバナジウム(V)原子のカゴメ格子を持つAV3Sb5(Aは、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)のいずれか)は、超伝導や電荷密度波(注5)、さらにループ状の渦電流が自発的に生じるループ電流秩序(注6)など多様な現象が現れることが明らかとなり、盛んに研究されました。

本研究で対象としたCsCr3Sb5は2024年に発見された物質で、AV3Sb5のV原子をCr原子に置き換えたものに類似した結晶構造を持ちます。Crは元素周期表でVの隣に位置し、電子の価数が一つ変わることでVの系とは異なる物理を生んでいると考えられ、AV3Sb5に比べて電子間相互作用が強く、スピン密度波(注7)的な磁気転移を示すことが知られています。さらに、磁気秩序と共存する電荷密度波相や、圧力下での超伝導転移などが示唆されており、注目を集めています。しかし、常圧では55 K付近の単一の相転移のみが報告されており、その起源は未解明でした。

カゴメ格子は、三つの副格子(注8)が同じ重みで組み合わさることで構成され、6回回転対称性(注9)を持ちます。しかし、副格子の等価性が破れると、この回転対称性も破れます。そのため「回転対称性の破れ」は、カゴメ物質に現れる多様な秩序を統一的に理解する鍵になると考えられます。そこで本研究では、回転対称性の破れを検出する二つの実験を独立に行い、CsCr3Sb5で生じる量子現象の性質を調べました。

一つ目はレーザーを励起光とする光電子顕微鏡(PEEM(注10))による測定です。直線偏光レーザーを試料表面に照射し、放出される光電子の強度が偏光方向によってどのように変化するかを実空間で調べることで、電子構造の異方性を可視化しました。その結果、55 K以下で三種類のドメイン構造が出現することを世界で初めて直接観測しました(図2)。各ドメインは60度ずつ異なる方向を向いており、これはカゴメ格子が持つ6回回転対称性が2回回転対称性に低下したことを示します。この対称性の破れは、スピン密度波秩序の出現に対応すると解釈されます。

fig2
図2:光電子顕微鏡の配置図(左)と得られた三種類のドメイン構造(右)

二つ目は弾性抵抗率測定(注11)です。この測定では、試料に方向によって異なるひずみを加えながら電気抵抗の変化を測定することで、電子系の回転対称性の破れを検出します。その結果、これまで単一の転移温度と考えられていた55 Kよりも高い約64 Kで、弾性抵抗率が変化することが分かりました。さらに、電気抵抗率の異方性の出現やひずみ—抵抗率曲線のヒステリシス(履歴)など、新たな相転移を示す明確な証拠を見出しました(図3)。これらの特徴は、電荷密度波秩序の出現によって回転対称性が破れた場合に自然に説明できます。以上の結果から、CsCr3Sb5では、64 K付近で電荷密度波転移が、55 K付近でスピン密度波転移が起こるという、二段階の相転移が独立に存在することが強く示唆されます。

fig3
図3:弾性抵抗測定により得られたヒステリシス幅(青丸、左軸)および弾性抵抗係数(実線、右軸)の温度依存性。55 K(緑矢印)と64 K(赤矢印)で異常が見られる。黄色で示した温度範囲で新たな隠れた秩序が存在することが示された。

本研究成果は、カゴメ金属CsCr3Sb5において「電荷」と「スピン」という異なる自由度の量子秩序が、異なる温度で独立に形成されることを示唆するものです。これは、近年発見されたこの物質で生じる量子現象の性質を理解する上で重要な知見です。また、圧力下で出現する超伝導の起源の理解に向けた重要な基盤となり、CsCr3Sb5に関する今後の研究を加速することが期待されます。

発表者・研究者等情報

  • 東京大学
    • 大学院新領域創成科学研究科
      • 芝内 孝禎 教授
      • 大西 朝登 研究当時:博士課程
      • 影山 遥一 研究当時:博士課程
        現:京都大学 大学院理学研究科 助教
      • 石原 滉大 助教
      • 橋本 顕一郎 研究当時:准教授
        現:京都大学 大学院理学研究科 教授
      • 藤原 弘和 研究当時:特任助教
        現:同大学物性研究所 特任助教/兼:東京大学連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター
      • 谷内 敏之 研究当時:特任准教授
        現:同大学物性研究所 特任准教授/兼:東京大学連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター
    • 物性研究所
      • Cédric Bareille 特任研究員
  • 名古屋大学 大学院理学研究科
    • 山川 洋一 講師
    • 紺谷 浩 教授

論文情報

  • 雑誌名:Nature Communications
  • 題 名:Charge-spin dichotomy in the kagome metal CsCr3Sb5
  • 著者名:A. Onishi*, Y. Kageyama, C. Bareille, S. Ikegami, Z. Xu, K. Ishihara, H. Fujiwara, Z. Wang, B. Gao, W. Yao, P. Dai, Y. Yamakawa, H. Kontani, T. Taniuchi, K. Hashimoto, and T. Shibauchi*(*責任著者)
  • DOI: 10.1038/s41467-026-74096-8

研究助成

本研究は、科学研究費 学術変革領域研究(A)「相関設計で挑む量子創発」(課題番号:JP25H01248 領域代表者:有田亮太郎教授)、基盤研究(S)「量子物質におけるマヨラナ準粒子励起の解明」(課題番号:JP26K21719 研究代表者:芝内孝禎教授)等の支援により実施されました。

用語解説

(注1)カゴメ格子
日本の伝統的な竹細工である「籠目(かごめ)模様」にちなんで名付けられた、三角形と六角形が組み合わさった幾何学的な格子構造。カゴメ格子を持つ物質では、通常の金属とは異なる電気的・磁気的性質が現れる可能性があり、新しい機能性材料として期待されている。
(注2)相転移
温度や圧力などの変化に伴い、物質の構造、電子状態、磁性などの性質が変化する現象。
(注3)スピン
電子などの粒子が持つ、磁石としての性質のもとになる量子的な性質。物質中でスピンの向きがそろったり、規則的に並んだりすることで、磁性が現れる。
(注4)超伝導
金属を冷却すると電気抵抗がゼロになり、電流が流れ続ける現象。物質内部の外部磁場を排除するマイスナー効果も持つ。今回の研究でいう「電子秩序」とは、超伝導とは異なる秩序のことで、これが抑制されると超伝導が現れる。銅酸化物高温超伝導体なども化学置換等によって電子秩序が抑制されると超伝導が現れる。
(注5)電荷密度波
物質中に存在する電気量(電荷)の密度が、空間的に周期的なパターンで分布する状態。
(注6)ループ電流秩序
電子が特定の軌道に沿ってループ状に流れることで、微小な自発磁化が生じる状態。
(注7)スピン密度波
物質中の電子が持つスピンの向きや大きさが、空間的に周期的なパターンで変化する状態。
(注8)副格子
結晶構造の基本となる単位格子を構成する部分的な構造で、副格子が組み合わさって一つの単位格子となる。
(注9)回転対称性
図形や構造を、ある点や軸を中心に一定の角度だけ回転させた時、元と同じ形に見える性質。例えば、6回回転対称性は60度ごと、2回回転対称性は180度ごとに同じ形に見えることを指す。
(注10)光電子顕微鏡(PEEM)
試料に光を照射して放出される電子を観察する顕微鏡。PEEMはPhotoemission Electron Microscopyの略称。
(注11)弾性抵抗率測定
ピエゾ素子などを用いて試料に微小な弾性ひずみを与え、その際の電気抵抗率の変化を測定する手法。「弾性抵抗率係数」は電子系の回転対称性の破れ(ネマティック揺らぎ)に対する感受率として機能し、対称性の破れを伴う相転移の検出に特に威力を発揮する。鉄系超伝導体のネマティック量子臨界点の研究などで確立された技術。

関連ページ

(公開日: 2026年07月17日)