低温で高活性な酸素キャリア特性向上の要因をNanoTerasuでの実験により解明
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの横哲准教授と西堀麻衣子教授、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の阿尻雅文教授、東京大学物性研究所の原田慈久教授らの共同研究グループは、低温で高活性な酸素キャリア材料の反応機序をNanoTerasu(注1)を用いた軟X線吸収分光(注2)により解明しました。
本研究で用いた酸素キャリア材料は、流通式超臨界水熱合成法(注3)により開発、約3 nmの超微細CeO2粒子にMnをドープしたものです(図1)。この手法により得られた材料は300℃以下程度の低温領域でも、酸素の活性が高く酸化還元反応が容易に起こるということが明らかとなりました。しかし、その特性については粒径やMnのドープ量などでは説明することができませんでした。
これに対してNanoTerasuのBL07Uで軟X線吸収分光を行うことによって、高い活性(酸素貯蔵放出能)が見られたナノ粒子については、ドープされたMnの化学状態が2価となっている特殊な状態であることを明らかにしました(図2)。Mnが2価で存在することにより、周囲の酸素が脱離しやすくなり、高い酸素貯蔵放出能につながったと考えられます。このような化学状態でドープされたCeO2系材料はこれまでに報告例がなく、酸素キャリア材料の設計に新たな可能性をもたらす画期的な発見といえます。
本成果は、低温で高い活性を示す酸素キャリアの特性の起源を解明したもので、今後の酸素キャリアの高性能化につながる成果です。低温で利用可能な酸素キャリアが得られれば、従来800 ℃以上で行われていたケミカルループ反応(注4)を大幅に低温化し、これにより、CO2排出量の大幅削減と水素生成を実現する革新的な化学プロセスの開発が加速することが期待されます。
軟X線分光は材料の化学状態の微細な変化を捉えることが可能なため、これまでプロセス―構造―物性相関が不明であったような系においてもその構造的特徴を電子論的な観点で詳細に明らかにすることで、プロセス開発および材料開発を促進することが期待されます。本研究で得られた酸素キャリア材料については、今後さらに研究を進めることで、これまで不可能であった低温ケミカルループ反応を実現し、CO2排出量を削減しつつ水素生成を行うプロセスの開発などへの展開が期待されます。
本成果は2025年1月20日(米国東部時間)に米国化学会発行の学術誌Chemistry of Materialsに掲載されました。
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)発表のニュース記事
論文情報
- 雑誌名 : Chemistry of Materials
- 題名 : High oxygen storage capacity of ultrasmall Mn-doped CeO2 nanoparticles via enhanced local distortion and Mn(II) lattice substitution
- 著者名 : Chunli Han*, Akira Yoko*, Ardiansyah Taufik, Satoshi Ohara, Maiko Nishibori, Kakeru Ninomiya, Hisao Kiuchi, Yoshihisa Harada, and Tadafumi Adschiri(*責任著者)
- DOI:10.1021/acs.chemmater.4c03107
研究助成
本研究の一部は科学研究費補助金(JP16H06367、JP20K20548 and JP21H05010)、NEDO(JPNP18016)、JST(JPMJMI17E4、JPMJCR16P3)、 文部科学省プロセスサイエンスプロジェクト(JPMXP0219192801)の支援を受けて行いました。放射光実験はNanoTerasu BL07Uで行いました。また、本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています(DOI: 10.1021/acs.chemmater.4c03107)。
用語解説
- (注1)NanoTerasu:
- 正式名称「3GeV高輝度放射光施設」。東北大学青葉山新キャンパスに整備され、2024年4月1日より新規稼働した放射光施設。加速器が作り出す極めて明るい放射光を物質に当て、ナノメートルスケールの超微細な世界を可視化することができる。東北大学と東京大学は、放射光科学の研究における連携協定の下、共同でNanoTerasuを利用した研究開発を進めている。
- (注2)軟X線吸収分光 :
- 軟X線の吸収により内殻電子が伝導体の非占有状態へ励起される様子を吸光度として検出する実験手法。内殻準位は元素ごとに一意に決まっているため、観測された吸収スペクトルは元素選択性と軌道選択性を併せ持つ。
- (注3)流通式超臨界水熱合成法:
- 阿尻雅文教授が1992年に提案した東北大学発のナノ粒子合成技術。超臨界水を反応場とすることで金属酸化物ナノ粒子の大量合成を可能にした。
- (注4)ケミカルループ反応:
- 金属酸化物の格子酸素を用いて酸化反応を行う手法。反応場を分離することができるため化学平衡に縛られず高い反応転化率を実現することができるが、800℃以上の高温でなければ反応しない欠点がある。低温反応の実現によりプロセス全体から排出されるCO2量の削減が期待されるが、低温で高い反応性を持つ金属酸化物(酸素キャリア)が必要であり、条件を満たす材料は見つかっていなかった。