もっともフラストレーションの強いハイブリッド磁性体の実現
東京大学物性研究所の石川孟助教と石井裕人助教、東北大学金属材料研究所の清水悠晴助教らは、英国のラフバラー大学、独国のライプニッツ固体・材料研究所と共同で、有機分子と硫酸銅が積層したハイブリッド物質の磁気的性質を調べ、幾何学的フラストレーションの効果が著しく強い二次元磁性体であることを明らかにしました。
フラストレーションを感じると嫌な気持ちになりますが、歌詞に表現することで名曲を生み出すことがあります。類似の現象は、磁石の性質を担うスピンに対しても起こることが知られています。三角形の上でスピンを反対向きに並べようとすると、すべてのスピンを反対向きにすることはできません。これは”幾何学的フラストレーション”とよばれ、フラストレーションを解消するように結晶が変形する相転移やスピンが絶対零度までそろわない量子液体状態の実現など、新しい物理現象を生み出す原動力となります。
研究グループは、スター格子とよばれる、三角形を基にした二次元ハニカム格子にスピンが並んだ有機無機ハイブリッド物質の単結晶の合成に成功し、磁気的性質を詳細に調べました。その結果、0.1ケルビンという非常に低い温度まで磁気秩序が現れないこと、105テスラまでの磁化曲線において階段状の変化が生じることを観測しました。さらに、実験結果はスター格子の三角形内の相互作用が三角形間の相互作用に比べて強いというモデルで説明できることを明らかにしました。一つのスピンと隣り合うスピンの数が3と、二次元格子で最小のスター格子ではフラストレーションの効果が表れやすいことが知られています。さらに、三角形内の相互作用が強いほど幾何学的フラストレーションの効果がはたらくため、本物質ではもっともフラストレーションが強い状況が実現しているといえます。
本研究で注目したハイブリッド磁性体では、低温で磁気秩序を持たない未知の量子状態が実現している可能性があります。また、本物質に内在するスピンの三角形は量子ビットとしての研究対象にもなっています。幾何学的フラストレーションの効果が非常に強い物質を示した本研究は、磁性や関連する量子物性研究に新展開をもたらすと期待されます。本成果は2024年5月2日に、米国科学誌『Physical Review B』に、重要度の高い論文であるLetterとしてオンライン掲載されました。
論文情報
- 雑誌 : Physical Review B
- 題名 : Geometric frustration and Dzyaloshinskii-Moriya interactions in a quantum star lattice hybrid copper sulfate
- 著者 : Hajime Ishikawa, Yuto Ishii, Takeshi Yajima, Yasuhiro H. Matsuda, Koichi Kindo, Yusei Shimizu, Ioannis Rousochatzakis, Ulrich K. Rößler, and Oleg Janson
- DOI : 10.1103/PhysRevB.109.L180401
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