強靭かつ復元性に優れた高分子ゲルをシンプルな四分岐網目構造で実現 ―引っ張ると結晶化する高分子ゲルを簡便な方法で作製可能に―
東京大学物性研究所の眞弓皓一 准教授、橋本慧 特任助教(研究当時)、同大学大学院工学系研究科の酒井崇匡 教授らによる研究グループは、最も一般的な網目構造である四分岐網目高分子ゲルにおいて、引っ張ると高分子鎖が結晶化し、変形を取り除くと結晶が即座に溶解することを見出し、強靭かつ復元性に優れた高分子ゲルを開発することに成功しました。
高分子ゲルは、ひも状高分子鎖が形成する網目構造の中に水などの溶媒が閉じ込められた材料です。溶媒が水であるハイドロゲルは、その高い含水率から生体適合性に優れており、人工血管・筋肉・関節などの生体医療材料として、溶媒がイオン液体であるイオンゲルは、ソフトアクチュエーターなどのソフトエレクトロニクスデバイスとしての応用が期待されてきました。しかし、高分子ゲルを変形させると、高分子鎖が伸び切ったところで鎖の切断が起こり、脆性的に壊れてしまうことが問題でした。
このような高分子鎖の切断を抑制し、高分子ゲルの強靭化を実現する上で、伸び切った高分子鎖同士が寄り集まって結晶化する現象(伸長誘起結晶化)が注目を集めています。高分子ゲルにおける伸長誘起結晶化は、高分子鎖を環状分子で連結した環動ゲルにおいて2021年に初めて発見されました。環動ゲルでは、鎖上で環状分子がスライドすることで、高分子鎖が均一に配向し、伸び切った鎖同士が寄り集まって結晶化します。2022年には、三分岐網目構造を有するPEGゲルにおいても伸長誘起結晶化が起こることが明らかになりました。三分岐というのは三次元網目を形成する上での最小分岐数であり、三分岐ゲルは分岐数が少ないために網目構造の変形が起こりやすく、結果として効率的な伸長誘起結晶化につながったと考えられています。高分子ゲルの伸長誘起結晶化は、環動ゲルと三分岐ゲルでのみ観察され、最も一般的な網目構造である四分岐ゲルでは、伸長誘起結晶化は起こらないとされていました。
本研究では、先行研究よりも広い範囲で高分子濃度を変えた四分岐ゲルを作製した結果、構造を最適化すれば四分岐ゲルにおいても伸長誘起結晶化が起こることを見出しました(図1)。均一な網目構造を形成するために、四分岐ポリエチレングリコール(PEG)鎖の末端間を結合させることで作られるTetra-PEGゲルを用いました。様々な高分子濃度・架橋点間鎖長のTetra-PEGゲルにおいて、伸長誘起結晶化が起こるかどうかを調べたところ、高分子濃度が40 wt%以上、架橋点間分子量が10,000 g/molである場合に、伸長誘起結晶化が起こることが分かりました。本材料は、伸長すると高分子鎖が結晶化することで1 MPa以上の高い破断応力を示しました。また、引っ張ることで形成される高分子結晶は、変形を取り除くと即座に消失することから、本材料は繰り返しの変形下における復元性にも優れています(図2)。

これまで環動ゲルと三分岐ゲルでのみ起こると思われていた伸長誘起結晶化が、最も一般的な網目構造である四分岐ゲルにおいても実現可能であることが明らかとなったことで、伸長誘起結晶化による強靭化は、より広範なゲル材料に適用可能であることが示されました。さらに、四分岐ゲルは、市販の材料を用いて簡便に作製可能であることから、強靭性と復元性を求められる生体医療材料やソフトアクチュエーターなどへの応用展開につながると期待されます。
本成果は、米国の科学雑誌「Macromolecules」オンライン版2024年2月12日(現地時間)に掲載されました。
発表論文
- 雑誌名:Macromolecules
- 題名:Strain-induced crystallization in tetra-branched poly(ethylene glycol) hydrogels with common network structure
- 著者:Kei Hashimoto, Takato Enoki, Chang Liu, Xiang Li, Takamasa Sakai, Koichi Mayumi*
- DOI:https://doi.org/10.1021/acs.macromol.3c02038
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