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引っ張ると頑丈になる自己補強ゲル ~繰り返し負荷に耐えられる人工靭帯などへの応用に期待~

東京大学
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 引っ張ると頑丈になる自己補強ゲルを開発しました。材料を引っ張って大きな負荷を加えると、高分子鎖が結晶化することで硬くなり、ゲルの破断が抑制されます。
  • 大きな負荷がかかって高分子鎖が結晶化しても、力を取り除くと即座に元の状態に戻ります。その結果、最高水準の強靭性と即時回復性を併せ持つゲル材料の開発に成功しました。
  • 繰り返し大きな負荷がかかっても一定の力学応答を示すという特性から、人工靭帯・関節などの人工運動器への応用が期待されます。

発表概要:

東京大学物性研究所の眞弓皓一准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授らは、引っ張ると頑丈になる自己補強ゲルを開発しました。本ゲルを引っ張って大きな負荷を加えると、高分子鎖が結晶化することで硬くなり、ゲルの破断が抑制されます。その結果、自己補強ゲルは世界最高水準の強靭性を示します。また、大きな負荷がかかって一度高分子鎖が結晶化しても、力を取り除くと即座に元の状態に戻ることから、自己補強ゲルは強靭性に加えて優れた即時回復性を示すことも明らかとなりました。従来の高強度ゲルでは、変形に伴う内部構造の破壊によって強靭性を向上させていたため、繰り返し変形下における回復性に難点がありました。自己補強ゲルは強靭性と即時回復性を併せ持つ世界初のゲル材料となります。また高分子ゲル(注1)は水を主成分としていることから人体に埋め込む生体材料への応用に適しています。自己補強ゲルは、繰り返し大きな負荷がかかっても一定の力学応答を示すという特性から、人工靭帯・関節などの人工運動器への応用が期待されます。

本成果は米国科学誌Scienceに6月4日オンライン掲載されました。

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発表内容

研究の背景

高分子ゲルは、長いひも状の高分子鎖が連結された網目構造に水などの溶媒が閉じ込められた柔らかい材料の総称です。特に溶媒を水とするハイドロゲルは、高い生体適合性を有していることから、人体に埋め込む生体材料への応用が期待されながらも、脆弱な力学強度が問題となっていました。その問題を解決するために、2000年頃から様々な高強度ゲルが開発され、高分子ゲルの力学強度は著しく向上しました。特に優れた強靭性を示す高分子ゲルは、犠牲結合(注2)と呼ばれる壊れやすい結合を高分子ゲル内部に導入したものです。犠牲結合ゲルを変形させると、犠牲結合が選択的に破断することで、入力された力学エネルギーが散逸され、その結果としてゲルを破壊するためにより大きなエネルギーが必要になります。犠牲結合ゲルの破壊エネルギー(注3)は最大で30 MJ/m3にも及びます。犠牲結合ゲルでは、変形時に犠牲結合の破断を伴うため、破断した犠牲結合が元に戻らない、また再結合する場合も時間がかかるといった問題がありました(注2)。高い強靭性を示す犠牲結合ゲルでは、繰り返し大きな変形を加えた際における力学強度の回復率(注4)は50%以下にとどまり、大きな負荷が繰り返し加わるような人工靭帯・関節などの人工運動器への応用には障害となっていました。

研究内容

本研究では、結合の破壊を伴わない新しい強靭化メカニズムである自己補強効果を用いることで、強靭性と回復性を兼ね備えた高分子ゲルの開発に世界で初めて成功しました。自己補強ゲルを伸長すると、内部の高分子鎖が伸び切って、互いに寄り集まることで結晶化し(伸長誘起結晶化、注5)、材料の力学強度が向上します(図1)。一度形成された高分子鎖の結晶は、力を取り除くことで即座に消失し、元の状態に戻ることから、自己補強ゲルは繰り返し変形下において高い回復性を示します。本研究では、ゲル内部の高分子鎖を均一に変形させるために、高分子鎖を環状分子によって連結した環動ゲル(注6)を用いました(図1)。環動ゲル中の環状架橋点はナノスケールの滑車のように振る舞うことで、高分子ネットワークの応力を均一化し、高分子鎖は一様に変形します。これにより環動ゲルは高い強靭性を示しますが、傷が入ると亀裂が容易に進展して壊れやすいという欠点がありました。本研究では、環動ゲルにおける環状分子の数、軸高分子鎖の長さ、高分子濃度を適切に調整すると、環動ゲルを伸長した際に高度に配向した高分子鎖が結晶化する現象を見いだしました。初期亀裂を入れた環動ゲルを引っ張ると、亀裂の先端において伸長された高分子鎖が結晶化することで亀裂の進展を抑止し、変形を元に戻すと即座に高分子鎖の結晶はなくなって元の状態に戻ります(図2)。伸長誘起結晶化が起こらない一般的なゲルの場合は、伸長によって亀裂が進展して破断してしまうことと対照的です(図3)。伸長誘起結晶化を起こす環動ゲルは、世界最高水準の強靭性(破壊エネルギー:約20 MJ/m3*)を有するのと同時に、繰り返し変形下において犠牲結合ゲルを上回る約100%の即時回復性を示すことが分かりました。

*20 J/m3→20 MJ/m3に修正しました。(2021/6/4)

図1.本研究では環状分子によって高分子鎖が連結された環動ゲルを用いて自己補強ゲルを実現しました。ゲルに負荷をかけて伸長すると、高分子鎖が環動架橋点をすり抜けて均一に引き延ばされ、伸び切った高分子鎖が寄り集まって結晶を形成します。高分子鎖が結晶化すると、その部分が硬くなり、ゲルの破断を防ぐことができます。この伸長誘起結晶は、力を取り除くと消失し、自己補強ゲルは元の状態まで回復します。

伸長誘起結晶化による強靭化は、天然ゴムの強靭化機構として1925年にKatzによって発見されています。天然ゴムが今でも航空機のタイヤに用いられているのは、伸長誘起結晶化による優れた強靭化効果によるものです。本研究は、天然ゴムで知られていた伸長誘起結晶化による強靭化が、溶媒を多量に含んだゲル材料においても有効であることを初めて示したものであると言えます。

fig2

図2.本研究で開発した自己補強ゲルに切れ目を入れて繰り返し上下に大きく伸長しても、亀裂が進みません。これは伸長によって亀裂の周辺に大きな負荷がかかると、引き延ばされた高分子鎖が結晶化し(伸長誘起結晶化)、亀裂の進展が抑止されるためです。この伸長誘起結晶は力を取り除くと即座に消失します。

fig3

図3.偏光カメラで撮影した自己補強ゲルと普通のゲル
自己補強ゲルの場合、初期亀裂を入れた試験片を大きく伸長すると、高分子鎖が配向することにより補強され、亀裂は進みません(上段)。伸長誘起結晶化が起こらない普通のゲルでは、すぐに亀裂が進展して、破断してしまいます(下段)。写真の色は高分子鎖の配向度と対応しています。
社会的な意義・今後の予定

世界最高水準の強靭性とほぼ100%の高い即時回復性を両立した自己補強ゲルの開発は、繰り返し大きな負荷がかかっても一定の力学応答を示すことが求められる人工靭帯・関節など、人工運動器への応用につながると期待されます。本研究では、環動ゲルを利用しましたが、高分子鎖を均一に変形させることができれば、他のネットワーク構造においても伸長誘起結晶化による自己補強効果は有効であると考えられます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST (No. JPMJCR1992)、未来社会創造事業(No. JPMJMI18A2)、科学研究費補助金・若手研究(15K17905)、基盤研究C(20K05627)、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」、産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリの支援を受けたものです。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Science(6月4日オンライン版)」
  • 論文タイトル:Tough Hydrogels with Rapid Self-reinforcement
  • 著者:Chang Liu, Naoya Morimoto, Lan Jiang, Sohei Kawahara, Takako Noritomi, Hideaki Yokoyama, Koichi Mayumi*, Kohzo Ito*
  • DOI:10.1126/science.aaz6694

用語解説:

(注1)高分子ゲル:
長いひも状の分子を高分子と言います。この高分子鎖同士を連結する(架橋する)ことで得られるネットワークに水などの溶媒が取り込まれた材料を高分子ゲルと呼びます。身近な例では、ゼリー、寒天、スライムなどが挙げられます。
(注2)犠牲結合:
北海道大学の龔 剣萍教授らによるダブルネットワークゲルの研究から生まれた用語です。ダブルネットワークゲルは硬くて脆い高分子ネットワークと、しなやかで柔軟な高分子ネットワークが相互貫入することで形成された高強度ゲルです。ダブルネットワークゲルを変形させると、硬くて脆いネットワークが選択的に(犠牲的に)破断されて、入力された力学エネルギーを散逸する一方、柔らかいネットワークは維持されるため、ゲル全体ではマクロな破壊を免れることができます。このように犠牲的に壊れる結合を犠牲結合と呼びます。ダブルネットワークゲルは、極めて優れた強靭性を示す一方で、犠牲結合として共有結合が破断するため、一度破断した結合が回復することはなく、変形に伴って力学強度は低下してしまいます。そこで、犠牲結合として水素結合、イオン結合、配位結合など再生可能な結合を用いた高強度ゲルも開発されています。これらの高強度ゲルは、弱い犠牲結合が破断する際のエネルギー散逸によってダブルネットワークゲルと同等の強靭性を示し、変形後に静置すると一度破断した犠牲結合が再結合して元の状態まで回復します。しかし、完全に回復するまでに時間を要し、大きな負荷がかかる繰り返し変形における高強度犠牲結合ゲルの回復率は50%未満にとどまっていました
(注3)破壊エネルギー:
ここでは、ゲル材料を伸長して破断するまでに必要な単位体積当たりの力学エネルギーとして破壊エネルギーを定義しています。材料の強靭性を表す指標です。
(注4)回復率:
繰り返し伸長を行った際に力学強度がどの程度回復したかを表しています。具体的には、1回目と2回目の負荷時における応力歪み曲線の面積比を回復率として定義しています。
(注5)伸長誘起結晶化:
伸長誘起結晶化は、1925年にKatzが天然ゴムにおいて発見した現象です。天然ゴムは、主成分であるポリイソプレンが互いに架橋されたネットワーク構造を有しています。天然ゴムを伸長すると、伸長方向に引き延ばされた高分子鎖が互いに寄り集まって結晶構造を形成します。この現象を伸長誘起結晶化と呼びます。伸長誘起結晶化によって天然ゴムは極めて優れた強靭性を示すことが知られており、いまだに力学強度において天然ゴムをしのぐ合成ゴムは開発されていません。伸長誘起結晶化は、ゴムの強靭化機構として古くから知られていましたが、溶媒を多量に含むゲル材料において伸長誘起結晶化が起こるとは考えられてきませんでした。本研究は、高分子鎖を均一に変形させる工夫を施すことで、高分子ゲルにおいても伸長誘起結晶化による著しい強靭化が実現しうることを世界で初めて示したものと言えます。
(注6)環動ゲル:
高分子鎖を環状分子で連結した高分子ゲルを環動ゲルと呼びます。環動ゲルを変形させると、環状分子からなる架橋点がナノスケールの滑車のように振る舞うことで、高分子鎖にかかる張力が均一に分散されます。その結果、環動ゲルは変形による応力集中を回避することができ、通常の高分子ゲルに比べて優れた強靭性を示すことが知られています。ただし環動ゲルは、傷が入ると亀裂が容易に進展して壊れやすいという欠点がありました。本研究では、環動ゲルの構造を適切に調整することで、伸長誘起結晶化を引き起こし、従来の環動ゲルの10倍以上に及ぶ強靭性と100%に近い回復性を兼ね備えた自己補強ゲルの開発に成功しました。
(公開日: 2021年06月04日)