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「水をはじく」表面で四面体状に組織化する水を観測 ―フッ素化表面から疎水性の分子起源をひもとく―

東京大学

発表のポイント

  • 撥水加工などで知られる疎水性の高いフッ素化表面では、吸着初期の水が孤立せず、水どうしで集まって四面体状の水素結合ネットワークを優先的につくることを見いだしました。
  • 表面の疎水性が異なる2種類の自己組織化単分子膜をモデル表面として、界面の吸着水を湿度制御下の「その場」軟X線発光分光で観測し、分子シミュレーション、量子化学計算と組み合わせて解析しました。
  • 理論計算から、フッ素が表面の吸着点と水の相互作用を弱め、水どうしの結びつきを優位にする機構を提案しました。撥水表面などの機能性材料設計への応用が期待されます。
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吸着初期における膜界面での水の組織化、疎水性表面による違いのイメージ図

概要

東京大学物性研究所の冨依勇佑ISSPリサーチフェローと原田慈久教授らの研究グループは、表面の疎水性が異なる2種類の自己組織化単分子膜(SAM(注1))について、界面に吸着した水の水素結合構造を、放射光軟X線発光分光(XES(注2))による「その場」観測と分子動力学(MD)シミュレーション(注3)で調べました。その結果、より水をはじく膜では、吸着初期のわずかな水分子が孤立せず、水分子どうしが四面体状に水素結合してネットワークを形成する(注4)ことを明らかにしました。

フッ素化合物は、撥水材料や防汚コーティングなど、私たちの身の回りで広く利用されています。こうした材料の表面(フッ素化表面)は水分子との相互作用が弱く、これが優れた疎水性の由来と考えられています。一方で、フッ素化表面に接した水が、実際にどのような状態で存在しているのかを分子レベルで直接観測することは困難であり、結果として疎水性という特性の発現に至る機構は十分に理解されていませんでした。

本成果は、フッ素化表面でごく微量な水が吸着した際に形成するネットワークの様子を軟X線発光分光により分子レベルで観測した初めての例であり、膜表面の化学構造が界面の水分子のつながり方を変え、それが疎水性というマクロな特性の発現に寄与することを示唆する結果です。

本成果は、2026年9月28日付(米国東部夏時間)で、米国化学会の学術誌Langmuirに掲載されました。

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研究の背景

材料表面と水が接する界面での水の振る舞いは、疎水性などの表面特性を左右します。フッ素化鎖をもつ自己組織化単分子膜の高い疎水性は、従来、主に表面エネルギーの低さで説明されてきました。一方、疎水性表面の近くでは水どうしの水素結合が強まる「疎水性水和(注5)」も知られています。しかし、界面の水の電子状態を直接観測することは難しく、水素結合構造と疎水性の関係は十分に理解されていませんでした。そこで研究グループは、水の局所的な水素結合状態に敏感な軟X線発光分光に着目しました。

研究内容

共通の極性部位(アミド基)をもち、鎖だけが異なる2種類の分子を用いて、金基板上に単分子膜を作製しました(炭化水素鎖のものをHA5-SAM、フッ素化鎖のものをFA5-SAMと呼びます)。FA5-SAMは接触角が大きく、より高い疎水性を示します。研究グループが開発した、湿度を制御しながら界面を測定できる装置をSPring-8 BL07LSUおよびNanoTerasu BL07Uに設置し、吸着水のO 1s軟X線発光スペクトルを測定しました。

その結果、放射光によりSAM分子1個あたり水分子1〜2個というごく微量の吸着水を捉えることに成功し、水の吸着量がごく少ない領域では、2つの表面のスペクトルは明確に異なることがわかりました(図1)。HA5-SAMでは孤立水に由来する1b1gasピーク(527.0 eV)が支配的でした。一方、FA5-SAMでは四面体配位ネットワークを示す1b1′ピーク(525.8 eV)が増大し、歪んだ水素結合に対応する1b1″ピーク(526.7 eV)を上回りました。吸着量が増えると、どちらも通常の液体水に近い特徴を持つスペクトルへ移行しました。

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図1:実験装置と吸着水のO 1s軟X線発光スペクトル
湿度制御下でSAM界面をその場観測する軟X線発光分光装置(左)と、吸着水のスペクトル(右)。吸着量が少ない条件では、HA5-SAM(青)で孤立水、FA5-SAM(橙)で四面体配位構造の信号が相対的に強い。

MDシミュレーションでも、HA5-SAMでは水が表面のアミド基に直接結合して孤立しやすいのに対し、FA5-SAMでは表面との水素結合が少なく、水どうしの水素結合の割合が高いことが示され、XESの結果が支持されました(図2)。

また量子化学計算(自然結合軌道解析(注6))から、フッ素が電子を引き込むことでアミド基の電気的な偏りが抑えられ、水を引きつける力が弱まることがわかりました。この誘起効果(注7)が、界面の水の「組織化」を後押しすると考えられます。

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図2:2つの疎水性表面における水の「組織化」の違い
上段は水が吸着したSAM表面の分子モデル、下段は吸着初期の水のイメージ。HA5-SAMでは水がアミド基に一つずつ結合して孤立するのに対し、FA5-SAMでは水どうしが集まり、四面体配位の水素結合を形成する。

以上から、吸着初期には、炭化水素鎖では水が極性部位に捕らえられて孤立しやすいのに対し、フッ素化鎖では表面からやや離れた水どうしが四面体状の水素結合ネットワークを形成することが明らかになりました。化学構造だけが異なる疎水性表面で、ごく微量の水の水素結合状態の違いをXESで捉えた点が本研究の特色です。

本成果の意義・今後の展望

本研究は、表面分子の化学構造が界面の水のつながり方を変え、それが疎水性というマクロな特性の一因となることを示しました。界面の水を材料機能の設計要素として捉え、分子構造と表面機能の関係を水の電子状態から読み解く本手法は、親水・撥液コーティング、生体適合材料、触媒、水処理膜など、界面の水が機能を左右する材料の設計に役立つと期待されます。本研究では鎖の化学的性質の効果を明確にするため、短鎖・低結晶性のモデル単分子膜を用いました。より長く秩序だったフッ素鎖の解析は今後の課題です。

発表者・研究者等情報

  • 東京大学 物性研究所
    • 冨依 勇佑 ISSPリサーチフェロー(AGC株式会社 化学品カンパニー開発本部 マネージャー)
    • 木内 久雄 助教(研究当時、現:物質・材料研究機構 主任研究員)
    • 張 文雄 助教
    • 原田 慈久 教授(兼:東京大学シンクロトロン放射光連携研究機構 機構長、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 客員教授)
  • AGC株式会社 技術本部 先端基盤研究所
    • 舟橋 康佑

論文情報

  • 雑誌名:Langmuir(米国化学会)
  • 題 名:Hydrophobic Hydration at Fluorinated and Hydrocarbon Self-Assembled Monolayers Investigated by In Situ Soft X-Ray Emission Spectroscopy and Molecular Dynamics Simulation
  • 著者名:Yusuke Tomiyori*, Hisao Kiuchi, Kosuke Funahashi, Wenxiong Zhang, Yoshihisa Harada(*責任著者)
  • DOI: 10.1021/acs.langmuir.6c02250

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 新学術領域研究「水圏機能材料」(JP19H05717)および学術変革領域研究(A)「超セラミックス」(JP22H05145)の助成を受け、SPring-8 BL07LSU(課題番号2020A7488、2020A7489)およびNanoTerasu BL07Uで実施されました。

用語解説

(注1)自己組織化単分子膜(SAM: Self-Assembled Monolayer)
固体表面で分子が自発的に一層に並んでつくる薄膜です。末端基や鎖を変えることで表面特性を精密に設計できます。
(注2)軟X線発光分光(XES: X-ray Emission Spectroscopy)
軟X線照射後に試料から放出される軟X線を分光し、特定元素まわりの電子状態を調べる手法です。O 1sスペクトルは水の水素結合状態に敏感です。本研究では真空隔離膜を用い、湿度制御した界面をその場測定しました。
(注3)分子動力学(MD)シミュレーション
原子・分子に働く力から運動を計算し、界面の水の分布や水素結合を分子スケールで解析する手法です。
(注4)四面体配位の水素結合ネットワーク
1個の水分子が周囲の最大4個の水分子と水素結合する規則的な構造です。液体水にも部分的に存在します。
(注5)疎水性水和
疎水性の分子や表面の周囲で、水どうしの水素結合ネットワークが強まる現象です。
(注6)自然結合軌道解析
分子の電子状態を、結合や孤立電子対などに対応する軌道に変換して解析する量子化学手法です。本研究ではこの手法にて各原子の電荷を見積もりました。
(注7)誘起効果
電気陰性度の高い原子(本研究ではフッ素)が結合を通じて電子を引き寄せ、分子内の電荷分布を変える効果です。

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(公開日: 2026年09月28日)