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特殊な回転対称性を持つ二色逆回り円偏光パルスの発生とソフトウェア制御に成功

東京大学物性研究所の小川宏太朗大学院生および神田夏輝元助教(現:理化学研究所研究員)は、室谷悠太助教および松永隆佑准教授らと協力して、約10-40 THzの周波数帯(波長にして約8-30 µm帯)において二色逆回り円偏光と呼ばれるパルスを生成し、さらにその光が持つさまざまなパラメーターをソフトウェア上で制御できる画期的な光源を開発しました。

光が持つ重要な自由度が「偏光」であり、通常は直線偏光、円偏光、あるいはその中間である楕円偏光として分類されます。ここで周波数ωと2ωの光を互いに逆回りの円偏光にして重ね合わせると、合成された光電場ベクトルの軌跡は図1(a)のように三つ葉模様を描くことが知られています。二つの光の周波数比を1:2から2:3に変えると、図1(b)のように星形の光電場軌跡を描くことも可能です。こうした電場軌跡は特異な回転対称性を持つため、この強い光電場を固体に照射して電子の状態を制御する研究が最近大きな注目を集めており、興味深い理論提案が相次いで報告されています。

図1

図1 (a)周波数ωと2ωの逆回りの円偏光による三つ葉模様の電場軌跡。(b)周波数2ωと3ωの逆回りの円偏光による星形の電場軌跡。

特に低エネルギー領域で興味深い性質が現れる量子物質を強い光電場で制御するためには、周波数が10-70 THz程度(波長にして4-30 µm程度)のマルチテラヘルツ帯と呼ばれる帯域の光が重要になると考えられます。この帯域の電場は固体中の電子の典型的な散乱レートよりも速いためコヒーレントに電子を駆動することが可能であり、一方で可視光よりも十分周波数が低いため余計な光吸収と損傷を抑えて物質を制御することが可能です。しかしこの帯域は、強い光の発生と検出技術自体が発展途上であることに加えて、多くの物質が格子振動による吸収を持つためにフィルターや偏光素子が不足しています。そのため周波数を自在に変換したり余計な成分をフィルターで除去したり、市販の素子で広帯域に偏光を操るといったことが困難です。また二色の光が別々の光路を通るとその光路差の揺らぎによって電場軌跡が回転してしまうため実験が難しくなります。

小川宏太朗大学院生らは、近赤外域の光パルスを波形整形してから非線形光学結晶に照射することで、所望する二色逆回り円偏光マルチテラヘルツパルスへと直接変換する手法を考案しました。

フェムト秒レーザーから出力された近赤外パルスを、マルチプレート法と呼ばれる最近開発された手法で広帯域化し、4f光学系と空間光変調器を使ってどの周波数成分がどのような偏光状態を持つかをパソコン上から細かく設定します。そうして波形整形された近赤外パルスを、3回回転対称性を持った非線形光学結晶に照射して差周波発生を行うことで、周波数の低い円偏光を自在に発生させることができます。これらを巧みに組み合わせることで、単一の近赤外パルスから逆回り円偏光状態を持った二色のマルチテラヘルツパルスを直接発生させることに成功しました(図2)。

図2

図2 開発した光学系の模式図。

この手法の画期的なところは、13-39 THzという2オクターブ級の広い周波数帯で、二つの光電場成分の相対振幅や相対位相、円偏光の向きといったパラメーターをパソコン上から自在に設定できるという点です。これによって、光電場軌跡を三つ葉模様にしたり三角形にしたり星形にしたり、電場軌跡の配向角度を変えたり、軌跡を描く向きを逆回りにしたりといったことが全部ソフトウェア上で制御可能です。またフィードバック制御により光路を安定化しなくても光電場軌跡の揺らぎが1時間で0.8°以内に抑えられています。現時点では電場の大きさが100 kV/cm程度ですが、更なる高強度化も可能であり、特異な光電場による物性制御手法として今後発展することが期待されます。

本研究の成果は、2024年7月26日に英国科学誌『Nature Communications』にオンライン掲載されました。

論文情報

  • 雑誌 : Nature Communications
  • 題名 : Programmable generation of counterrotating bicircular light pulses in the multi-terahertz frequency range
  • 著者 : Kotaro Ogawa, Natsuki Kanda, Yuta Murotani, and Ryusuke Matsunaga
  • DOI : 10.1038/s41467-024-50186-3

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(公開日: 2024年07月29日)