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音波を閉じ込めてスピン波との強結合を室温で実証 -スピン波-音波を活用した新しいデバイスへ道-

理化学研究所
東京大学

概要

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームのユンヨン・ファン大学院生リサーチ・アソシエイト(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻博士課程)、ホルヘ・プエブラ研究員、近藤浩太上級研究員、東京大学物性研究所の大谷義近教授(理研創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームチームリーダー)らの共同研究チームは、音響共振器[1]を用いて基板表面を伝わる音波(表面音波)を閉じ込めることで、表面音波と強磁性体[2]中のスピン波が強く結合した状態を、室温で実証しました。

本研究成果は、スピン波と表面音波の相互作用に関する基礎的な知見として重要であるだけでなく、今後、両方の波の特性を併せ持つ結合状態を活用することで、新しい情報・通信技術の開発に役立つことが期待されます。

近年、スピントロニクスデバイスや音響デバイスにおける新しい駆動および制御原理として、スピン波と表面音波が強く結合した状態(強結合)に関する基礎研究が盛んに行われています。しかし、強結合の実現にはそれぞれの散逸が大きいことが課題となっていました。

今回、共同研究チームでは、基板上に作製した音響共振器構造によって表面音波を閉じ込め、表面音波の散逸を抑制することで、これまで困難であった表面音波とスピン波との強結合の観測に成功しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(1月31日付:日本時間2月1日)に、Editors’ Suggestion(編集者が選定する、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文)として掲載されました。

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fig1 音響共振器内で強く結合したスピン波と表面音波

音響共振器内で強く結合したスピン波と表面音波

背景

二つの異なるシステム間の相互作用は、私たちの日常生活においても重要な役割を果たしています。例えば、私たちの視覚認識は視神経と光子の間の相互作用によって、身の回りの世界を見ることができます。また、基礎研究分野においては、電子とその他のシステム間の相互作用を通じて、多くの物理現象を観察し、さまざまな物理メカニズムを理解することができます。

近年、この相互作用の強さが、システムの外部への散逸よりも強い結合状態(強結合)が注目を集めています。異なるシステム間での相互作用において強結合を達成することができれば、それぞれのシステムの性質を併せ持つ新しい結合状態となり、従来の単一のシステムとは質的に異なる原理で駆動するデバイスの実現が可能となります。そのため、これまでにも、光と固体物質など、さまざまなシステム間の相互作用に関する基礎研究が活発に行われてきました。

共同研究チームは、既存のスピンエレクトロニクスデバイスや音響デバイスの機能拡張につながるスピン波と音波との結合に着目しました。スピン波は、強磁性体中の電子の持つ磁石の性質であるスピンが、回転しながら空間を伝搬する波動です。このスピン波を用いることで磁気情報の伝搬が可能となり、メモリデバイスなどに応用できます。音波は、物質中の原子の振動が伝わる波を意味します。特に表面を伝わる音波(表面音波)は、長距離伝搬が可能であることからタッチパネルやガスセンサーなど幅広い用途に応用されています。しかしスピン波と表面音波の散逸が大きいことから、強結合はこれまで実現できていませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームは、音響共振器を圧電基板[3]上に作製し表面音波を閉じ込めることで、表面音波の散逸を低減し、スピン波と表面音波の結合について調べました。この実験では、対となる二つのくし形電極[3](IDT1、IDT2)を備え、二つのくし形電極の外側に反射器を配置することで音響共振器を構成しました(図1b)。音響共振器の内部には、二オブ酸リチウムの圧電基板上に磁性材料として低い磁気減衰を持つコバルト鉄ボロンの薄膜(強磁性膜)を成膜しました(図1c)。また、表面音波の周波数は、強磁性体中のスピン波を励起が可能な周波数6.58 GHz(波長600ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル))を用いました。

くし形電極(IDT1)で励起された表面音波は、圧電基板の表面と強磁性膜を伝わり、対となるくし形電極(IDT2)で電気的に検出することができます。スピン波と表面音波は等しい波長と周波数で結合することから、表面音波が音響共振器内部の強磁性膜を伝わることで、表面音波と同じ波長(λp)と角周波数(ωp)を持つスピン波が励起されます(図1a)。表面音波は音響共振器内に閉じ込められることで散逸が低減されるとともに、表面音波のエネルギーが強磁性膜内のスピン波のエネルギーと相互作用し変化するため、音響共振器を透過した表面音波の信号の振る舞いを観測すれば、スピン波と表面音波の結合の大きさを評価することができます。


fig2 実験の模式図と試料の構造

図1 実験の模式図と試料の構造

(a)音響共振器内部のスピン波と表面音波の結合の概念図。
(b)実験に用いた試料構造の模式図。二つのくし型電極(IDT:Interdigital Transducer)、音響共振器(反射器)、強磁性膜から成る。くし形電極および反射器を構成する金属線の幅(w = 175 nm)と間隔(d = 125 nm)から表面音波の波長(周波数)を計算できる[λp = 2(w + d) = 600 nm]。二つのくし形電極を接続したネットワークアナライザー(VNA:Vector Network Analyer)で表面音波の透過率を測定する。
(c)音響共振器内部の強磁性膜の膜組成。
(d)試料の顕微鏡像(左)と走査電子顕微鏡像(右)。

そのために表面音波の透過率[4]分散関係[5]を調べました(図2)。スピン波は外部磁場の強度によって周波数が変化します。一方、表面音波は、磁場強度には依存せず、二つのくし形電極の電極間の距離によって周波数が決められます。そのため、磁場を変化させると、スピン波と表面音波の周波数が交差する点が生じます。スピン波と表面音波が強く結合している場合、二つの分散関係にその結合強度に比例した反発が生じ、交差できない擬交差[6]を示します(図2a)。この擬交差を評価することで、スピン波と表面音波の結合の強度を評価することができます。

今回の実験では図2のように、表面音波の進行方向と平行する方向に磁場を印加したときの表面音波の透過率を測定することで、表面音波の分散曲線を観測しました。表面音波の透過率は黄色の部分で高く、黒い部分が低いことを意味しています。結合が弱い場合には、スピン波と表面音波の分散関係は図2の紫色の点線と枯草色の点線のように交差します。一方、実験で観測した分散関係は緑色の曲線になり、交差点付近において明確な擬交差を確認できました(図2a、b)。図2cでは音響共振器がない場合の観測結果を示しています。この場合には、分散関係の擬交差を観測できないことから、音響共振器による音波の散逸抑制が強結合を実現するために重要な役割を担っていることが分かります。


fig3 表面音波の透過率および分散曲線

図2 表面音波の透過率および分散曲線

表面音波の進行方向と等しい(平行)方向の外部磁場を0ミリテスラ(mT)から100 mTの範囲で変化させた場合の表面音波の透過率。緑色の曲線は観測した分散曲線であり、紫色と枯草色の点線はそれぞれ結合が弱い場合のスピンと表面音波の分散関係を示す。
(a)厚さ20 nmの強磁性膜を含む音響共振器の表面音波の透過率。
(b)厚さ30 nmの強磁性膜を含む音響共振器の表面音波の透過率。
(c)厚さ30 nmの強磁性膜を含み、音響共振器のない試料の表面音波の透過率。

次に、印加する外部磁場の角度依存性を系統的に調べたところ、磁場と表面音波の進行方向が平行の場合に、結合強度が最も強くなることが明らかになりました。これは、二オブ酸リチウムの圧電基板上の表面音波は、縦波よりも、横波の方がスピン波と強く結合することを示しています。

さらに、強磁性膜の厚さが20 nmの場合(図2a)に比べ、厚さが30 nmの場合(図2b)では、擬交差の反発が強くなることから、強磁性体の膜厚を変えるだけで、結合強度が変化することが分かります。膜厚と結合強度との相関を室温において測定したところ、強磁性膜が厚くなるほど、スピンの数が増え、結合強度が強くなることが確認できました(図3)。特に、強磁性膜の厚さが20 nm以上になると、結合強度(黒色の丸形)がスピン波の散逸(紫色の四角形)と表面音波の散逸(青色の三角形)より高くなり、強結合領域に入っていることが分かります。すなわち、膜の厚さが20 nm以上のとき、スピン波と表面音波の強結合に到達していることを示しています。


fig4 スピン波と表面音波の結合強度・散逸と強磁性膜の厚さの関係

図3 スピン波と表面音波の結合強度・散逸と強磁性膜の厚さの関係

強磁性膜の厚さが20 nm以上になると、結合強度がスピン波の散逸(紫色の四角形)と表面音波の散逸(青色の三角形)より高くなり、強結合領域に入る。

今後の期待

表面音波の研究の歴史は長く、これまでにガスの探知や電子機器のセンサー、タッチパネルなどに広く応用されています。さらに、強磁性体におけるスピン波もまた、磁気メモリデバイスや磁気ロジック回路などに用いられ、現代社会で必要不可欠な物理現象です。その二つを強く結ぶ強結合の室温での実現は、それぞれの波の特性を併せ持つため、磁場で制御できる表面音波センサーや、表面音波を用いた磁気メモリデバイスなど、新しい原理に基づく音響およびスピントロ二クスデバイスの開発に役立つことが期待されます。

論文情報

  • タイトル : Strongly Coupled Spin Waves and Surface Acoustic Waves at Room Temperature
  • 著者名 : Yunyoung Hwang, Jorge Puebla, Kouta Kondou, Carlos Gonzalez-Ballestero, Hironari Isshiki, Carlos Sánchez Munõz, Liyang Liao, Fa Chen, Wei Luo, Sadamichi Maekawa, and Yoshichika Otani
  • 雑誌 : Physical Review Letters
  • DOI : 10.1103/PhysRevLett.132.056704

補足説明

[1] 音響共振器:
表面音波を反射する反射器をくし形電極を包むように周期的に並べたもの。内部の表面上に表面音波を閉じ込める。
[2] 強磁性体:
室温で一定の強い磁気を保持し、外部の磁場が加えられるとその磁気を増幅する特性がある物質。鉄、ニッケル、コバルトなどが代表的な強磁性体である。
[3] くし形電極、圧電基板:
電圧が加わると膨張・収縮または歪(ゆが)みなどの変形が生じる特殊な物質である圧電体で作られた基板を圧電基板という。この基板上に、電気信号と力学的振動(すなわち音波)を相互に変換する素子、くし形電極を作ることができる。
[4] 透過率:
物質を通過する波の割合を示す指標。透過率が高いほど、波は効率よく物質を通過する。
[5] 分散関係:
物質中を伝わる波の波長と周波数がどのように関連しているかを示す関係。通常、物質中では波の伝播速度が波長や周波数に依存するため、これらのパラメーターは物質によって変動する。分散関係が分かれば、特定の波の性質を物質中で理解できる。
[6] 擬交差:
二つの異なる物理量が相互に結合した際に生じる分散関係の特殊な現象のこと。異なる物理量が強く結合すると、その分散関係が交差しないように配置される。準位反発とも呼ばれる。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「コヒーレント磁気弾性強結合状態に基づく高効率スピン流生成手法の開拓(研究代表者:大谷義近)」、同基盤研究(B)「力学回転とスピンの相互変換(研究代表者:前川禎通)」、ならびにLANEF(Laboratoire d’Alliances Nanosciences-Energies du Futur)のChair of Excellence 採択課題”QSPIN – Quantum spinconversion functionalities in magnon – phonon coupled systems”(研究代表者:大谷義近)と理研-中国協力プロジェクト(研究代表者:大谷義近)による助成を受けて行われました。

発表者

  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム
    • 大学院生リサーチ・アソシエイト
      • ユンヨン・ファン (Yunyoung Hwang)
      • (東京大学大学院 新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程)
    • 研究員
      • ホルヘ・プエブラ (Jorge Puebla)
    • 上級研究員
      • 近藤浩太 (コンドウ・コウタ)
  • 東京大学 物性研究所
    • 教授
      • 大谷義近 (オオタニ・ヨシチカ)
      • (理研 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)

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(公開日: 2024年02月01日)