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らせん状のキラル分子は熱で磁石になる -温めると磁化が大きくなる磁石を発見-

理化学研究所
東京大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子ナノ磁性チームの近藤浩太上級研究員、大谷義近チームリーダー(東京大学物性研究所教授)、情報変換ソフトマター研究ユニットの宮島大吾ユニットリーダー、ソフトマター物性研究チームの荒岡史人チームリーダー、東京大学物性研究所の志賀雅亘特任研究員、坂本祥哉助教、三輪真嗣准教授、東京大学大学院工学系研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センターの小林正起准教授らの共同研究グループは、「キラル分子[1]」と呼ばれるらせん状の分子が温めると磁石の性質を持つことを実験的に初めて明らかにしました。

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キラル分子を用いた磁気抵抗デバイス

本研究成果は、キラル分子科学およびスピントロニクス[2]における基礎的な知見として重要であるだけでなく、今後、幅広い研究分野において、この新機能を用いた新たな分子スピンデバイスが設計されるものと期待できます。

これまでキラル分子に電流を流すと、電磁石のコイルのように磁石としての性質が生まれることが知られていました。

今回、共同研究グループは、キラル分子と強磁性[3]金属薄膜からなるスピントロニクスデバイスを作製し、電気抵抗の磁場強度依存性を詳細に調べました。その結果、室温で分子のキラリティ[1]に依存した電気抵抗の変化を観測しました。この「磁気抵抗効果[4]」は温めると大きくなることから、キラル分子は鉄などの一般的な磁石とは異なり、熱によって磁化[3]が大きくなる磁石であることが分かりました。これは、キラル分子に電流を流さなくても金属と触れさせるだけで、本質的に磁石としての性質を発現するという、これまでの常識を覆す発見です。

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本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(4月13日付:日本時間4月13日)に掲載されました。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「軌道電界制御による革新的磁気デバイスの創成(研究代表者:三輪真嗣)」、同基盤研究(B)「イオン伝導に着目したスピントロニクス機能の精密制御とその応用展開(研究代表者:近藤浩太)」、およびスピントロニクス学術連携研究教育センターなどによる支援を受けて行われました。

背景

有機物質においてスピン機能を発現させる際、分子のキラリティは最も重要なパラメータ―です。約20年前にキラル分子に電流を流すと、電磁石のコイルのように磁石としての性質が生まれることが報告されました。この性質は、キラル分子における「キラリティ誘起スピン選択性[5]」によって引き起こされます。興味深いことに、キラル分子のこの性質を用いると、キラル分子中を流れた電流は鉄などの磁石に匹敵するほどの高いスピン偏極度[6]を持つことが報告されています。そのため、幅広い研究分野においてスピン制御の基本原理になることが期待され、現在も世界中で盛んに研究されています。

一方、最近になって、キラル分子に電流が流れていない状況でも、キラル分子が磁石のように働くことを示唆する実験結果がいくつか報告されました。これらの実験結果は、従来の電流が流れることによるスピン偏極効果だけでは十分に説明できないことから、キラル分子のスピン機能の発現に新たなメカニズムが存在する可能性があると注目を集めています。

研究手法と成果

共同研究グループは、この起源を解明するために、スピントロニクスの研究分野でよく知られている強磁性金属/非磁性金属/強磁性金属の多層膜構造で発現する「巨大磁気抵抗効果[4]」に着目しました。


図1 金属ベース磁気抵抗デバイスとキラル分子誘起磁気抵抗デバイス

(a) 磁化(M)が反平行配置の場合(左)、平行配置(右)よりも試料の電気抵抗が高くなる。
(b) キラル分子(コイル)の中にスピン偏極が生成した場合、磁場により電気抵抗が変化する磁気抵抗効果が発現する。

巨大磁気抵抗効果では、磁化が平行配置か反平行配置かで試料の電気抵抗が変化します(図1a)。先行研究で示唆されているように、キラル分子が磁石のように働くのであれば、強磁性体の代わりに、キラル分子を用いた多層膜(キラル分子/強磁性金属二層膜)においても、磁気抵抗効果の発現が期待されます(図1b)。また、このデバイスの電気抵抗測定に用いた電流は電気抵抗の低い強磁性金属層だけに流れるため、キラル分子には電流が流れていない状態での磁気抵抗効果を評価できます。

実験では、強磁性金属(ニッケル:Ni)/(P, M )-キラル分子の二層膜構造を作製し、室温で電気抵抗の磁場強度依存性を詳細に調べました。PMは分子キラリティを表しています(図1b)。

まず、(P)-キラル分子をNi上に成膜した試料では、磁場が正の場合に電気抵抗が減少し、負の場合に電気抵抗が増大することが分かりました(図2a)。一方、(M)-キラル分子をNi上に成膜した試料では、逆の傾向を示すことが分かりました(図2a)。このような分子キラリティに依存した磁気抵抗効果は、キラル分子が磁石として働いていることを意味しています。

次に、このキラル分子による磁気抵抗効果の起源を調べるために、デバイス温度依存性を調べました。その結果、磁気抵抗効果は50 K(約-223℃)からデバイスを温めるほど大きくなることが分かりました(図2b)。これは、一般的な鉄などの磁石とは異なり、キラル分子が熱によって磁化が大きくなる磁石であることを明確に示しています。

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図2 キラル分子誘起磁気抵抗効果とその温度依存性
(a) 分子のキラリティに依存して、電気抵抗変化の符号が反転する。
(b) デバイスを温めると、50 K(約-223℃)から磁気抵抗効果(電気抵抗の変化の割合)が徐々に大きくなる。これは、熱によってキラル分子の磁化が大きくなることを示している。

今後の期待

                             

これまで、キラル分子におけるスピン機能はキラル分子に電流を流すことで研究されてきました。しかし、本研究成果は、キラル分子に電流を流さなくても、金属と触れさせるだけで、キラル分子が本質的に磁石としての性質を発現するという、これまでの常識を覆すものです。このキラル分子におけるスピン機能の発現に関する新たな知見は、キラル分子科学およびスピントロニクスにおける基礎的な知見として重要であるだけでなく、今後、幅広い研究分野において、この新機能を用いた新たな分子スピンデバイスが設計されるものと期待できます。

論文情報

  • タイトル:Chirality induced magnetoresistance due to thermally driven spin polarization
  • 著者名:Kouta Kondou, Masanobu Shiga, Shoya Sakamoto, Hiroyuki Inuzuka, Atsuko Nihonyanagi, Fumito Araoka, Masaki Kobayashi, Shinji Miwa, Daigo Miyajima, and YoshiChika Otani
  • 雑誌:Journal of the American Chemical Society
  • DOI:10.1021/jacs.2c00496

補足説明

[1] キラル分子、キラリティ
右手を鏡に映すと左手に、左手は右手に見える。しかし、この右手と左手はどのように回転しても重ねることはできない。このような性質をキラリティという。らせん構造を持つ分子は、右回りと左回りでキラリティの性質を持つことからキラル分子と呼ばれる
[2] スピントロニクス
電子の電荷の性質を利用したエレクトロニクスの概念を拡張し、電子の持つ電荷とスピンの両方の性質を利用する電子工学分野。次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。
[3] 強磁性、磁化
鉄やニッケルなどは、原子磁石のスピン(N/Sの方向)が一方向にそろうことで、正味のスピン(磁化)が発現する。このような性質を強磁性と呼ぶ。
[4] 磁気抵抗効果、巨大磁気抵抗効果
試料に磁場を加えたときに、試料の電気抵抗が変化する現象。強磁性体単層で発現する異方性磁気抵抗効果や、強磁性体/非磁性体/強磁性体多層膜で発現する巨大磁気抵抗効果、強磁性体/絶縁体/強磁性体多層膜で発現するトンネル磁気抵抗効果など、多くの磁気抵抗効果が知られている。この効果を用いて、磁気センサーや磁気メモリなどが幅広く応用されている。
[5] キラリティ誘起スピン選択性
1999年にRon Naaman博士らによって発見された現象。キラル分子中に電流を流すと、分子のキラリティと電子が相互作用し、電流の流れやすさがスピンの方向に依存するため、電子スピンの向きに偏りが生じる(偏極する)現象。偏極する方向は、キラル分子のキラリティによって反転することが知られている。
[6] スピン偏極度
スピンがある特定の方向に偏ることをスピン偏極という。高いスピン偏極度を持つ磁石を用いることで、巨大な磁気抵抗効果などが実現できることから、スピントロニクスデバイスにおいて非常に重要な材料パラメータの一つである。
(公開日: 2022年04月13日)