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熱平衡下における超高速磁化揺らぎの観測に成功 ―超高速な乱雑現象の解明に向けた新手法を開発―

東京大学
大阪大学

発表のポイント

  • 従来測定が困難であった「超高速な乱雑現象」を測定する実験手法を開発しました。
  • これまで高強度光パルスを用いなければ困難であると思われていた1兆分の1秒時間スケールの磁化反転が、熱揺らぎによって自発的に生じうることを明らかにしました。
  • 今回開発された測定手法は磁性体のスピン運動に限らずさまざまな物質系に適用することができ、乱雑性を利用した情報処理の高速化などに貢献することが期待されます。
熱揺らぎにより磁化がランダムにスイッチングする様子の概念図

熱揺らぎにより磁化がランダムにスイッチングする様子の概念図

発表概要

東京大学物性研究所の栗原貴之助教は、ドイツKonstanz(コンスタンツ)大学、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授らと共同で「フェムト秒ノイズ相関分光法」という新規分光手法を開発しました。従来のポンププローブ法(注1)では原理的に困難だった、熱平衡下の定常状態における乱雑運動を測定できる手法で、同手法により、これまで観察した例がなかった、ピコ秒(1兆分の1秒)時間スケールにおける磁化の揺らぎダイナミクスの観測に世界で初めて成功しました。この測定手法を広範な物質に適用することで、乱雑性を利用した情報処理デバイス開発などへの発展が期待されます。

本成果は、英国国際科学誌「Nature Communications」オンライン版に2023年11月29日(現地時間)に掲載されました。

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発表内容

研究の背景

固体中では、熱によって電子や磁化が常に揺らぎ、乱雑な運動を行っています。室温付近ではこうした揺らぎの速さはピコ秒からフェムト秒スケールに達し、相転移などの様々な現象において重要な役割を果たすことが知られています。超高速時間スケールにおけるダイナミクス測定には従来、ポンププローブと呼ばれる手法(光パルスを照射した際の変化量を差分検出する)が用いられてきました。しかしポンプローブでは原理的に測定対象を励起する必要があるため、熱平衡下の定常状態(注2)における熱揺らぎのような乱雑運動を測るのは原理的に困難です。そのため、これまで固体における電子、格子や磁化などの揺らぎダイナミクスを超高速時間スケールで実験的に観察した例はありませんでした。

研究の内容

研究グループは、こうした平衡状態の乱雑運動を測定するため「フェムト秒ノイズ相関分光法」という新規手法を考案しました。これは二つのフェムト秒レーザーパルスが試料と相互作用するときに生じる偏光回転のノイズを抽出し、精密に統計処理することで、磁化の揺らぎダイナミクスを自己相関として検出するというものです(図1)。研究グループは、考案した手法を用いて磁性体オルソフェライトSm0.7Er0.3FeO3が室温付近において示すスピン再配列転移(注3)という磁気相転移中の磁化ダイナミクスを測定しました。オルソフェライトはサブテラヘルツ(注4)という高周波数領域に磁気共鳴を持ち、超高速レーザー光によるスピン制御の研究が進んでいる物質です。

フェムト秒ノイズ相関分光法の概念図

図1:フェムト秒ノイズ相関分光法の概念図

2つのフェムト秒パルス光が磁化揺らぎと相互作用して生じる偏光ノイズの自己相関を取ることで、熱平衡下の乱雑な運動が可視化できる。

開発した手法を用いて磁化揺らぎの自己相関を測定したところ、相転移温度313K付近で磁化揺らぎが劇的に増大し、自己相関が振動的な波形から指数関数的な減少に移り変わる様子が分かりました(図2)。古典スピン系の大規模計算との比較から、これはピコ秒程度の時間スケールで磁化の傾きが二値的なスイッチングを繰り返す「ランダムテレグラフノイズ(RTN)」(注5)と呼ばれる運動に対応していることがわかりました。

社会的な意義・今後の予定

RTNはこれまで半導体量子ドット中の電荷や強磁性体ベースのスピントロニクスデバイスなど様々な物理系で観測されてきましたが、ピコ秒に至る超高速領域で測定されたのは世界初の成果です。今回開発した測定手法により乱雑な運動を超高速時間スケールで検出できるようになったことで、相転移や熱伝導など、固体中の統計的な性質を直接的に理解することができるようになります。将来的には乱雑性を利用した情報処理デバイス開発などへの発展が考えられます。

Sm0.7Er0.3FeO3のスピン再配列相転移付近で測定された磁化揺らぎダイナミクスの自己相関波形

図2:Sm0.7Er0.3FeO3のスピン再配列相転移付近で測定された磁化揺らぎダイナミクスの自己相関波形

313 K付近で揺らぎの大きさと寿命の劇的な増大が見られる。
(M. Weiss et al., Nature Communications 当該論文より改変)

発表者・研究者等情報

  • 東京大学
    • 物性研究所
      • 栗原 貴之  助教
  • コンスタンツ大学
      • Marvin Weiss 博士課程3年生
      • Alfred Leitenstorfer教授
      • Ulrich Nowak教授
      • Sbastian Goennenwein教授
  • 大阪大学
    • レーザー科学研究所
      • 中嶋 誠 准教授

論文情報

  • 〈雑誌〉 Nature Communications
  • 〈題名〉 Discovery of ultrafast spontaneous spin switching in an antiferromagnet by femtosecond noise correlation spectroscopy
  • 〈著者〉 Marvin A. Weiss, Andreas Herbst, Julius Schlegel, Tobias Dannegger, Martin Evers, Andreas Donges, Makoto Nakajima, Alfred Leitenstorfer, Sebastian T. B. Goennenwein, Ulrich Nowak, and Takayuki Kurihara*
  • 〈DOI〉 10.1038/s41467-023-43318-8

研究助成

本研究は、科研費(JP21K14550、 JP21K14550、 JP20K22478、 JP20H02206)、コンスタンツ大学Zukunftskolleg、日本学術振興会海外特別研究員、ドイツ研究振興財団(DFG)425217212-SFB 1432の支援を受けました。

用語解説

(注1)ポンププローブ法:
パルスレーザーを物質に照射(ポンプ)し物質を励起させ、その際に生じた変化をもう一つのパルスレーザー(プローブ光)で検出する方法。短い周波数の光パルスを用いることで、超高速時間スケールでの観測ができる。
(注2)熱平衡化の定常状態:
測定対象と外界の間の温度が等しくなり、エネルギーの流入・流出が巨視的にはゼロであるような状態。
(注3)スピン再配列転移:
特定温度領域で、結晶方位に対してスピン配列方向が回転する、磁気的な相転移。
(注4)テラヘルツ:
1秒間に1012回振動する周波数。THz。
(注5)ランダムテレグラフノイズ(RTN):
2つの安定状態の間を確率的にスイッチングするときに見られるノイズ。

関連ページ

(公開日: 2023年11月29日)