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中赤外光パルスによる超高速磁気異方性制御に成功 ~次世代スピントロニクスに向けた高速スピン制御の機構を提案~

東京大学物性研究所の栗原貴之助教、コンスタンツ大学のAlfred Leitenstorfer教授、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授の国際研究チームは、高強度の中赤外フェムト秒パルスレーザーを用いて、超高速時間スケールにおいて電子系と格子系が反強磁性体の磁気異方性変化に及ぼす機構の違いを明らかにしました。

図1 中赤外フェムト秒レーザーを用いた格子系(青),4f電子系(赤)それぞれへの共鳴励起による磁気異方性制御の概念図。(下)観測されたスピンダイナミクスの時間波形。フォノン系の励起による超高速加熱(青)ではスピン再配列が始まるまで熱化の時間を反映した3 ps程度の遅延が生じるが,4f電子系の共鳴励起(赤)では即座に再配列が生じる。
図1 中赤外フェムト秒レーザーを用いた格子系(青),4f電子系(赤)それぞれへの共鳴励起による磁気異方性制御の概念図。(下)観測されたスピンダイナミクスの時間波形。フォノン系の励起による超高速加熱(青)ではスピン再配列が始まるまで熱化の時間を反映した3 ps程度の遅延が生じるが,4f電子系の共鳴励起(赤)では即座に再配列が生じる。

現代の情報化社会を支える重要なテクノロジーの一つに、スピンの状態によって情報を保存・処理する磁気媒体があります。最先端のハードディスクデバイスやデータセンターなどの大容量ストレージでは、スピン状態の高速な制御が情報処理の速度に直結するため、ナノ秒(10-9 s)を大きく超えた高速なスピン方向制御技術の需要が高まっています。その中で有望な技術の一つがフェムト秒(10-15 s)の超短パルスレーザーを用いるものです。近赤外領域の超短パルスレーザー光を磁性体に照射すると、吸収された高い光子エネルギーが物質内部の電子系、格子やスピン系との複雑な相互作用を通じてこれらに受け渡され、結果としてスピン状態を定める重要な相互作用である交換相互作用や磁気異方性などの急激な変化を生じさせることが知られています。こうした光吸収に際して生じるエネルギー緩和が磁気異方性変化に対してどのような変化をもたらしているのかを調べることは、将来的なピコ秒(10-12 s)やフェムト秒といった超高速の光磁気記録技術の実現に向けて重要な課題となっています。

今回の研究では、キャント型反強磁性体の一種である希土類オルソフェライトSm0.7Er0.3FeO3という物質に対して中赤外のフェムト秒パルスレーザーを用いた光学測定を行いました。この物質はスピン再配列転移という相転移を持ち、室温付近で反強磁性ベクトルの方向が回転するという性質を示します。再配列転移ではスピン方向が磁気異方性に対して敏感に変化するため、光励起後に生じるスピンダイナミクスの波形から、磁気異方性の時間変化を追跡することが可能です。またこの物質は中赤外領域にSmイオンの4f電子系による光吸収(周波数33 THz = 波長9.1 um)および光学フォノンによる光吸収バンド(周波数25 THz = 波長12 um)を持ちます。ここではこれら二つの吸収帯に共鳴させた中赤外フェムト秒レーザー光を用いて、4f電子系とフォノン系それぞれを励起し、スピン応答を近赤外レーザーのファラデー効果によってプローブすることで磁気異方性の変化ダイナミクスを詳細に調べました。

まず中赤外光の周波数を25 THzに合わせてフォノン系を共鳴励起したところ、光吸収から数ピコ秒遅れて再配列転移が生じました。数ピコ秒の遅延はフォノンの緩和に係る時間を反映しており、単純な加熱の場合は格子系が熱平衡に達するまでの時間によってスピンダイナミクスが律速されていることがわかりました。次に中赤外光を33 THzに合わせて4f電子系を共鳴励起したところ、フォノンの場合に見られた立ち上がりの時間遅延が存在せず、光吸収直後から即座に再配列転移が始まることがわかりました。これは4f電子系がFeスピン系との間に超交換相互作用を持つため、4f系の電子状態変化が即座に磁気異方性変化を引き起こすことが可能なためであると考えられます。この超高速な磁気異方性変化にかかる時間スケールは僅か数10フェムト秒程度であり、格子系の熱緩和やスピン系のダイナミクスよりもはるかに高速に引き起こされます。このことから、希土類4f電子系の光励起は、フェムト秒~ピコ秒で動作する磁気デバイスにおけるスピンダイナミクスのトリガーとして用いることができる可能性が示されました。希土類を含んだ遷移金属磁性体は現在最も多く使われている磁性体の一種であるため、今後は今回用いたSm0.7Er0.3FeO3に限らず、様々な磁性体における磁気異方性変化の過程を調査することが同様の手法を用いて可能であると期待できます。
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掲載論文

  • 掲載誌:Physical Review Letters
  • 論文タイトル:Ultrafast control of magnetic anisotropy by resonant excitation of 4f electrons and phonons in Sm0.7Er0.3FeO3(訳:Sm0.7Er0.3FeO3における4f電子とフォノンの共鳴励起による超高速磁気異方性制御)
  • 著者:Gabriel Fitzky, Makoto Nakajima, Yohei Koike, Alfred Leitenstorfer, and Takayuki Kurihara
  • DOI:10.1103/PhysRevLett.127.107401
(公開日: 2021年09月02日)