大型計算機室、計算物質科学研究センターのメンバーがHPCIソフトウェア賞を受賞
HPCI(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング・インフラ)ソフトウェア賞の普及部門賞 最優秀賞を計算物質科学ソフトウェア普及チームが受賞しました。また開発部門賞では最優秀賞をmVMC開発者チームが、優秀賞をHΦ開発者チームが受賞しました。開発部門賞は大規模計算などの計算科学分野の発展に貢献したソフトウェアの開発者・団体に対し、
普及部門賞は大規模計算などの計算科学分野の発展に貢献したソフトウェアの普及に貢献した者・団体に授与されます。また、特に顕著な貢献が認められたものについては、最優秀賞が授与されます。授賞式は5月18日オンラインにて行われました。
受賞対象となったソフトウェア、および開発グループは以下です。
- HPCIソフトウェア賞(開発部門賞)最優秀賞: mVMC
-
井戸 康太(東京大学物性研究所 助教)
森田 悟史(東京大学物性研究所 助教、現:慶應義塾大学理工学研究科 特任准教授)
吉見 一慶(東京大学物性研究所 特任研究員)
本山 裕一(東京大学物性研究所 技術専門職員)
加藤 岳生(東京大学物性研究所 准教授)RuQing Xu(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程学生)
河村 光晶(東京大学情報基盤センター 特任講師)
今田 正俊(早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院教授)
三澤 貴宏(北京量子信息科学研究院 副研究員、現:東京大学物性研究所 特任准教授) - HPCIソフトウェア賞(開発部門賞)優秀賞: HΦ
-
河村 光晶(東京大学情報基盤センター 特任講師)
吉見 一慶(東京大学物性研究所 特任研究員)
三澤 貴宏(北京量子信息科学研究院 副研究員、現:東京大学物性研究所 特任准教授)井戸 康太(東京大学物性研究所 助教)
本山 裕一(東京大学物性研究所 技術専門職員)
山地 洋平(国立研究開発法人 物質・材料研究機構 主任研究員) - HPCIソフトウェア賞(普及部門賞)最優秀賞: 計算物質科学ソフトウェア普及チーム
-
MateriAppsプロジェクト
井戸 康太(東京大学物性研究所 助教)
福田 将大(東京大学物性研究所 助教)
笠松 秀輔(山形大学 准教授)
三澤 貴宏(北京量子信息科学研究院 副研究員、現:東京大学物性研究所 特任准教授)PASUMSプロジェクト
本山 裕一(東京大学物性研究所 技術専門職員)
河村 光晶(東京大学情報基盤センター 特任講師)
吉見 一慶(東京大学物性研究所 特任研究員)
開発部門賞 最優秀賞: mVMC
変分モンテカルロ法は量子多体系を取り扱う標準的な計算手法として、物性物理や量子化学などの分野で使用されてきました。しかしながら、従来の変分モンテカルロ法は数個の変分パラメーターをもつ単純な試行波動関数を用いるのが一般的であり、試行波動関数の制限のために生じる計算精度の低下が大きな問題点でした。それに対して、mVMC(many-variable variational Monte Carlo method、多変数変分モンテカルロ法)では系のサイズに比例して増える多数の変分パラメーターを導入した汎用性のある形状の試行波動関数を用いることで精度を大幅に向上させることに成功しています。mVMCでは変分パラメータの個数は典型的には数万程度となりますが、Sandro Sorella博士によって提案された確率的再配置法(ニューラルネットワークの最適化手法で用いられている、甘利俊一博士によって提案された自然勾配法と等価な手法)を用いることで、多数の変分パラメータの最適化を安定的に行えることも示しました。また、原子核研究の分野で開発されてきた量子数射影法、機械学習の分野で用いられてきた制限ボルツマシン型の相関因子などを併用することで波動関数の精度がさらに大幅に向上することも示しています。従来の変分モンテカルロ法の限界を打ち破り、大自由度の試行波動関数を用いることで、従来は取り扱いが困難であった強相関電子系に対して、他の計算手法では取り込むことが難しい空間相関・量子ゆらぎの効果を高精度に取り入れた多変数変分モンテカルロ法の計算が行える汎用的なソフトウェア「mVMC」を開発・公開した点が評価されました。
「mVMC」の開発・公開の一部は2016年度の東京大学物性研究所ソフトウェア開発高度化プロジェクト(PASUMS)の支援をうけて行われました。公開後も、継続してソフトウェアのメンテナンスを行っており、現在ver1.2.0がGitHub上で公開されています。 mVMC
関連論文
- T. Misawa, S. Morita, K. Yoshimi, M. Kawamura, Y. Motoyama, K. Ido, T. Ohgoe, M. Imada, and T. Kato, “mVMC -Open-source software for many-variable variational Monte Carlo method”, Comput. Phys. Commun. 235, 447 (2019).
関連ページ
開発部門賞 優秀賞: HΦ
量子格子模型の数値厳密対角化法は、量子多体問題、とくに強相関電子系の数値的研究を行う際の最も基本的な手法であり、量子格子模型が定義されれば、厳密に解析することができます。その一方で、全ての状態を用いた解析を行うため、解析には膨大なメモリが必要となり、大規模(並列)計算機で動作するソフトウェアの需要があります。量子スピン模型に対する数値対角化パッケージとしてはTITPACKが著名であり、その公開以来、20年以上にわたって模範的コードとして幅広い研究者に利用されてきました。しかしながら、大型計算機向けの並列化対応はされておらず、近年の大型計算機性能の発展に伴い、並列化機能に対する需要は高まっていました。また、一般的なハミルトニアンを定義するには、ユーザーが自分でコード改変をする必要性もありました。これらの課題を解決したソフトウェアが提供されれば、大型計算機・スパコンを活用した量子格子模型解析を多くのユーザーが実施することができるようになり、新規現象解析や物質設計に向けた迅速な解析が可能となります。本点に着目し、汎用的な並列計算機対応数値対角化パッケージを目指しHΦは開発されました。
HΦでは、OpenMP+MPIを活用したハイブリッド並列機能の実装に加え、遍歴電子系を含む幅広い量子格子模型に柔軟に適用するため、スピン系・電子系・近藤格子系のシステム選択や一般的な一体・二体相互作用が定義できるように設計されています。また、いくつかの標準的な格子形状・ハミルトニアンについては事前定義することで、典型的な模型についてはすぐに取り組めるように設計されています。さらに、基底状態・励起状態を求めるだけではなく、熱的純粋量子状態を利用した有限温度解析機能、励起スペクトル解析機能や実時間発展解析機能も備えています。近年では、第一原理計算ソフトウェアQuantum ESPRESSOおよび有効模型導出ツールRESPACKと連携する機能も整備され、物質の結晶構造を出発点とするシームレスな解析を行い、実験との比較もできます。これらの多種多様な機能が簡単な入力ファイルによる制御で利用可能なように開発されており、迅速な新規現象解析や物質設計に向けた解析を可能にしているという点が評価されました。
なお、HΦは2015年度-2017年度東京大学物性研究所ソフトウェア開発高度化プロジェクト(PASUMS)により開発・公開されました。公開後もPASUMSメンバーを含むHΦ開発メンバーが主体となり、継続的なソフトウェア開発及び普及活動を進めています。現在、ver.3.5.1がGitHub上で公開されています。 HΦ
関連論文
- M. Kawamura, K. Yoshimi, T. Misawa, Y. Yamaji, S. Todo, N. Kawashima, “Quantum Lattice Solver HΦ” Computer Physics Communications 217, 180 (2017).
関連ページ
普及部門賞 最優秀賞: MateriAppsプロジェクト、PASUMSプロジェクト
MateriAppsは、東京大学物性研究所、自然科学研究機構分子科学研究所、東北大学金属材料研究所により設立された物質科学シミュレーションのためのポータルサイトであり、現在は東大物性研を中心としたメンバーで管理・運用を行なっています。MateriAppsは開発当初より様々な物質科学ソフトウェアの概要やライセンスなどの情報を掲載しており、現在では300種類を超えるアプリケーションが紹介されています。ユーザーのやりたいこと・探したいことを目的に検索するためのカテゴリ作成、ソフトウェアとしての機能・内容を知る際に必要となる専門用語について解説が記載されたキーワード辞書作成、ユーザーが気軽に質問できるような窓口を設けており、物質科学ソフトウェアの窓口としての役割を担っています。 MateriApps
PASUMSは大規模計算機向けの物質科学ソフトウェアを対象に、多くのユーザーが利用できるように、ソフトウェアの使い勝手の良さを向上させるための機能開発・高度化を実施するプロジェクトであり、物性研究所共同利用スーパーコンピュータ(以下、物性研スパコン)事業の一環として2015年度より開始しています。ソフトウェアの開発のみではなくマニュアルの作成や公開ホームページの作成など、ユーザーが利用するにあたって重要なコンテンツの作成も実施しています。また、高度化されたソフトウェアはオープンソースライセンスのもとで公開することを原則としており、物質科学コミュニティ全般で活用・共有することが可能となっています。 PASMUS
MateriAppsで紹介されている一部のソフトウェアについては、VirtualBoxやdockerで動作するLinux環境MateriApps LIVE!にプレインストールされており、ユーザーがインストール作業なしでソフトウェアを利用できる環境が提供されています。大学の講義やソフトウェアハンズオンといった教育活動に活用されており、動作実績も豊富にあります。さらに、クラスターやスーパーコンピュータなどの並列環境下で稼働できる計算機に対象ソフトウェアを簡単にインストールできるよう、インストールスクリプト集MateriApps InstallerがPASUMSにより高度化され、GitHub上で公開されています。計算物質科学コミュニティ向けの物性研スパコンに物質科学ソフトウェアをプレインストールする際に利用されており、物性研スパコンのユーザが簡単に試せるように環境を整備しています。その他、PASUMSで開発したソフトウェアのいくつかは高度情報科学技術研究機構と共同で複数のスーパーコンピュータにプレインストールされています。
両プロジェクトにおけるこれらの一連の普及活動が評価されました。
関連論文
- Y. Motoyama, K. Yoshimi, T. Kato, and S. Todo, “MateriApps LIVE! and MateriApps Installer: Environment for starting and scaling up materials science simulations”, Software X 20, 101210 (8pp) (2022).
関連ページ
- 2019.04.22物性研ニュース柴山充弘教授、三輪真嗣准教授、MateriApps開発チーム文部科学大臣表彰を受賞