ウッドワード・ホフマン則に従う反応の瞬間を世界初観測 ~軟 X 線吸収分光という新たな視点で化学反応の基本法則を解明~
北海道大学大学院工学研究院の関川太郎准教授、同大学院理学研究院の齊田謙一郎特任助教、武次徹也教授(同大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD))、東京大学物性研究所の板谷治郎准教授らの研究グループは、リング状分子1,3-シクロヘキサジエン(CHD)(注1) が化学反応の基本法則の一つであるウッドワード・ホフマン則(注2)に従い開環する過程を、フェムト秒(注3)軟X線(注4)吸収分光により解明しました。
下図に示すようにCHD中の結合が切れる際、リング面外に飛び出ている C-H 結合の捻じれる方向は逆旋方向と同旋方向の二つあり、ウッドワード・ホフマン則はその方向を予言します。有機合成化学においては、捻じれ方向で異なる生成物が合成されるので、捻じれ方向の予言は実用上大変重要です。しかし、反応は超高速に進行するため、これまで反応経路の検証は行われていませんでした。
研究グループは、最先端のレーザー技術により発生したフェムト秒近赤外線(注5)レーザーパルスを軟X線連続光(200~370 eV)に変換して、分子の結合状態に敏感な炭素原子の吸収スペクトルをフェムト秒の時間分解能で観測しました。その結果ポンプ光照射後340~500 フェムト秒の間、吸収エネルギーが高エネルギー側へシフトすることが分かりました。
本研究で行った量子化学計算によると、逆旋過程の経路上において吸収は高エネルギー側へシフトする一方、同旋過程では低エネルギー側へシフトすることが示されています。実験結果との比較から逆旋過程を経由して開環していることがわかりました。これはウッドワード・ホフマン則の予言と一致し、予言通り反応が進行することを世界で初めて観測しました。

この結果は、炭素原子の軟X線吸収スペクトルは、有機化学反応のメカニズムの解明のための敏感のプローブになり得ることを意味しています。 最先端のレーザー物理技術と量子化学計算の融合の成果と言えます。
なお、本研究成果は、2023年2月16日(木)公開の Physical Chemistry Chemical Physics 誌に掲載されました。
発表論文
- 雑誌名:Physical Chemistry Chemical Physics (2023年2月16日オンライン公開)
- 論文タイトル:Real-time observation of the Woodward-Hoffmann rule for 1,3-cyclohexadiene by femtosecond soft X-ray transient absorption
- 著者: Taro Sekikawa, Nariyuki Saito, Yutaro Kurimoto, Nobuhisa Ishii, Tomoya Mizuno, Teruto Kanai, Jiro Itatani, Kenichiro Saita, and Tetsuya Taketsugu
- DOI:10.1039/D2CP05268G
研究助成
本研究は、 JST戦略的創造研究推進事業CREST「アト秒反応ダイナミクスコントローラーの創生」(課題番号:JPMJCR15N1)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0118068681)、科研費「基盤研究(S)(課題番号:18H05250)」の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)1,3-シクロヘキサジエン(CHD)
- ング状の炭化水素分子で石油化学工業における 重要な原料。生体系においてこの構造を持つ化合物が多くあり、生体内での反応に関与している。
- (注2)ウッドワード・ホフマン則
- 「反応の前後において反応に分子軌道対称性は保存される 」という法則で、化学反応の立体選択性を説明する。
- (注3)フェムト秒
- 10 のマイナス15 乗(1000 兆分の1)を意味し 、 1 フェムト秒は 1000 兆分の1秒となる。
- (注4)軟X線
- 波長が0.1~10 nmの光で、炭素原子の吸収があることから医学・生物学の研究に用いられることが多い。
- (注5)近赤外線
- 波長が 800~2500 nm の光。