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紙が世界を救う!? ー物性研の解析技術を駆使して シリカコーティング技術の実用化を後押しー

科学技術には世の中に出るべきタイミングというものがあるようだ。最近、25年前から開発が進められてきた紙のコーティング技術が非常に優れていることが明らかになり、社会問題となっているプラスチック製品の一部を、紙で代替できるのではないかと期待されている。そのきっかけとなった論文は、2021年と2022年にアメリカ化学会の論文誌に発表された*1,2。この技術の再発掘に携わった物性研の廣井善二教授に、技術の特徴や将来性について聞いた。

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25年前に始まった水引の耐水化技術の開発

2021年と2022年に株式会社超越化研の岩宮陽子氏らが、アメリカ化学会の“Industrial & Engineering Chemistry Research”に発表した論文は「超越紙」に関する内容だった。岩宮氏は、昔ながらの水引でアート作品をつくっていた。紙でできた水引は水に弱く、作品を長期保存できないことに困り、この問題を解決しようと紙のコーティング技術の開発に乗り出した。そして1997年には超越コーティング技術の開発に成功し、これを施した紙を超越紙と名付けて特許を申請、さらに2012年にはこの技術を背景に超越化研を設立した。

そんな超越紙を評価し、改めて優れていることを論文にまとめたのが、物性研の廣井教授だ。専門は物質開発で、超伝導など特異な性質をもつ物質を合成して、その解析を行っている。

廣井教授が岩宮氏に会ったのは、2018年の初め頃のことだった。「知り合いの先生から、『超越紙の研究を助けてあげて欲しい』と紹介されたのです。“紙が水に強くなる”というのは興味深い話でしたが、いいものだったらすでに世の中に出ているだろうから、少し胡散臭いと思いました」と笑って当時を振り返る。しかし、気にかかった廣井教授はこれまでの岩宮氏の超越紙に関する研究成果を調べ、特許や解説記事を見ていくうちに「これは本物かもしれない」と思うようになったと言う。こうしてコーティングの性質や形成過程に迫る「超越紙の再発掘」研究が始まった。

ガラス成分なのに柔らかいコーティング

まず超越紙の表面を電子顕微鏡で観察すると、普通の紙と同じように、太さ数十ミクロンのセルロースの繊維が絡まっている様子が見られる(図1左)。シリコン(Si)を可視化すると、セルロースの繊維は、数ミクロンの厚みのSiで覆われていることが分かる(図1右)。実際の皮膜は、Siと酸素(O)が結合して、Si-O-Si-O-Si…が網目状に広がったシリカコーティングだ。SiとOは普通のガラスの成分で、環境負荷になるような物質はいっさい含まれていない。ガラスのように割れるのではないかと心配になるかもしれないが、予想に反して、曲がる柔らかいコーティングが形成される。その理由を廣井教授は、「Siは4つの原子と結合します。そのすべてがOだとガラスのようにパリンと割れてしまいますが、このコーティングでは1カ所がメチル基(CH3)になっています。これが皮膜に柔らかさを付与しているのです」と説明する。このCH3は水をはじくので、コーティングの高い耐水性にも貢献している。

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図1:超越紙の走査型電子顕微鏡像(左)とSiの元素マッピング(右)。紙のセルロース繊維が複雑に絡み合っているのがわかる(左)。そのセルロース繊維を、Siを主成分とする厚さ数ミクロンの層が覆っている(右、白い部分)。

素早く皮膜を形成する化学

優れたコーティングは、どのようにできるのだろうか。もし紙に塗布するのが難しいのならば、実用化の妨げになる。「紙をコーティング液剤に浸して約30分乾かせばいいのです。刷毛でも塗れるので、木材やガラスなども基材として簡単にコーティングできます」と、廣井教授は説明しながらデモンストレーションした(図2)。これほど簡単にコーティングできるのには、コーティング液剤の成分と、皮膜が形成するプロセスが関わっている。

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図2:超越コーティングを施したろ紙と木片。浸したり塗布したりして乾かせばコーティングできる。水滴の様子から高撥水性の皮膜ができているのがわかる。(写真:相澤 正。)

コーティング液剤は、主成分のメチルトリメトキシシランに、反応促進剤として少量の有機チタン化合物が加えられている。基材に塗布して乾燥が始まると、メチルトリメトキシシランと水で加水分解反応が起こってシラノール基(-Si-OH)が生成される(図3の①)。次に2つのメチルトリメトキシシラン分子のシラノール基同士が、水を失う脱水反応を起こしてシロキサン結合(-Si-O-Si-)ができる。こうして2つのメチルトリメトキシシラン分子がつながる(図3の②)。この反応が繰り返され、皮膜が基材を覆っていく。さらにSiは紙の表面にある水酸基とも反応して結合をつくるので、コーティングは剝がれにくい(図3の③)。

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図3:超越コーティングが形成するプロセスの模式図

最初に加水分解を起こすための水は、どこからくるのだろうか。「紙に吸着しているわずかな水や大気中の水蒸気を、反応促進剤の有機チタン化合物が吸います。その水を使って最初の加水分解が起こり、その後は素早く反応が進むようです」と廣井教授。こうして素早く皮膜が形成するので、反応中に紙が劣化することもない。

広がる、コーティングの使い道

2022年の論文では、超越コーティングに光触媒効果があると新たに報告した。超越コーティングには無数の小さな孔が空いており、反応促進剤の有機チタン化合物から生成するアナターゼ型の酸化チタンナノ粒子が分散していることがわかり、この少量の酸化チタンが温和な光触媒効果を発揮していたのだ。それでも十分汚れを分解し、細菌を死滅させることもわかった。

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図4:コーティング内に分散したアナターゼ型の酸化チタン粒子によって、コーティングは防汚や抗菌の機能を発揮する。
図5: 耐水性比較のために、コーティングされた紙ストローとされていないものを3日間水に浸した。コーティングされた紙ストローは形状、強度ともに変化が見られなかった。

「プラスチックという素材は、水に強い上に軽くて成形性がよく、実に優れた材料です。しかし、自然に分解されないという性質のために地球環境の負荷になっています。超越コーティングによって、高い耐水性と適度な強度を備えた紙で、プラスチックのカトラリーの代用品をつくれないかと、特にヨーロッパの国々が注目しています。“紙が世界を救う”のです」と廣井教授(図5)。さらに「コーティング内に分散させるものを変えれば、さまざまな機能をもったコーティング膜をつくれるかもしれません」と言う。超越コーティングは、科学の裏付けを得たことでその価値を認められ、用途をますます広げていくことになりそうだ。

*1 Yoko Iwamiya, Masayoshi Kawai, Daisuke Nishio-Hamane, Mitsuhiro Shibayama, and Zenji Hiroi, “Modern Alchemy: Making “Plastics” from Paper”, Ind. Eng. Chem. Res. 2021, 60, 1, 355–360
*2 Yoko Iwamiya, Daisuke Nishio-Hamane, Kazuhiro Akutsu-Suyama, Hiroshi Arima-Osonoi, Mitsuhiro Shibayama, and Zenji Hiroi, “Photocatalytic Silica–Resin Coating for Environmental Protection of Paper as a Plastic Substitute”, Ind. Eng. Chem. Res. 2022, 61, 20, 6967–6972

(取材・執筆:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子)

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(公開日: 2022年09月09日)