Home >  ニュース > 超越コーティング — 紙をプラスチックの代わりに使う —

超越コーティング — 紙をプラスチックの代わりに使う —

株式会社超越化研
東京大学

発表のポイント

  • 高い耐水性と適度な強度を紙に付与する新規なコーティング技術を開発した。
  • 従来のゾルゲル法(注1)では困難であった紙素材へのシリカコーティングを安価で簡便な方法により実現した。
  • この超越コーティングを施した紙はプラスチックのように使え、廃棄後に環境負荷を与えないため、海洋汚染などのプラスチックゴミ問題解決に寄与することが期待される。

発表概要:

株式会社超越化研代表取締役の岩宮陽子、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の川合將義、東京大学名誉教授の柴山充弘、東京大学物性研究所技術専門職員の浜根大輔、同教授の廣井善二は、高い耐水性と適度な強度を付与する、安価で簡便なシリカコーティング「超越コーティング」技術の開発に成功した。本コーティングを施した紙素材や紙製品は、多くの用途に利用されているプラスチック容器のように使用することが可能となる。

海洋汚染などを引き起こす多量のプラスチックゴミの削減は、持続可能な社会を実現する上で大きな課題となっている。プラスチックの使用を抑制するための材料開発が望まれているが、プラスチックの優れた材料特性と化石燃料を原料とする安価さから、これを置き換えることは容易ではない。

超越コーティング材料は、ヒトを含む生体に有害な物質を含まず、廃棄後も環境中で自然に分解するため環境に負荷を与えない。本コーティング技術によりプラスチック容器を紙容器に置き換えることが可能となり、プラスチックゴミ問題の解決に寄与することが期待される。

超越コーティング紙は生活素材から工業用途、焼却可能なマルチシートなどの農業分野、廃棄可能なシャーレなどの医療分野を含むさまざまな分野に有用である。また、本コーティング技術は紙だけでなく、繊維や木材などのさまざまな基材にも適用可能であるため、極めて広い応用範囲が期待される。さらに、本コーティング層には多くのナノ空隙が含まれるため、そこに触媒や化学物質を添加することができ、基材の特性を損なわずに用途に応じてさまざまな機能性を付加することも可能である。

本成果は、米国化学会のIndustrial & Engineering Chemistry Research誌の12月21日オンライン版に掲載される。

全文PDF

発表内容:

【研究の背景】

近年、多量のプラスチック製品使用に伴うゴミの増加による環境破壊が急速に進んでおり、大きな社会問題となっている。2015年に世界で生産されたプラスチックは63億トンに達し、そのうち9%が再利用、12%が焼却処分され、残りの79%は自然環境に流失したと考えられている[1]。プラスチックは化学的に安定で優れた機械的特性を有するが、その結果として自然に分解されにくい。特に海洋に半永久的に蓄積されるマイクロプラスチックは生態系を脅かす重大な環境汚染の原因となっている。さらなる環境汚染を食い止めるためには、プラスチックに代わる生分解性材料の開発が必要となるが、それは逆に化学的不安定性を意味し、安価で使いやすいプラスチックを置き代えることは容易ではない。

一方、古来さまざまな用途に用いられてきた紙は、草や木から作られるセルロース繊維からなり環境に優しい材料であるが、特に水に弱いという欠点を持つためプラスチックの代用品にはなりにくい。これを補うため、さまざまなコーティング技術が開発されてきたが、従来のコーティング剤には環境に有害な物質が含まれ、また、大きな設備投資を含むコストの増大が問題となっていた。

今回コーティング剤に用いたケイ素酸化物であるシリカは、自然界に存在する最もありふれた無機化合物の一つであり、化学的に安定で無害であるため、不安定な物質を利用するためのコーティングに適している。しかしながら、その生産に用いられるゾルゲル法では多量の水と酸または塩基触媒が必要となるため、紙素材のコーティングには適さない。また、残留する酸や塩基も環境汚染の原因となる。紙をプラスチックの代わりに用いるためには、以下の条件を満たす優れたシリカコーティング技術の開発が必要となる。

  1. 最小限の水と触媒により、室温または低温で短時間にコーティング反応が進行する。
  2. 安価なコーティング剤を簡便な方法で紙に塗布することにより、セルロース繊維表面に均一なシリカ皮膜が形成される。
  3. コーティング皮膜は適度な撥水性と柔軟性をもち、紙から剥離しにくい。
  4. コーティング紙は生体に無害であり、環境中で自然に分解して汚染源とならない。
【研究成果】

研究代表者である岩宮陽子は1990年代から女性起業家の草分けとして活躍し、2001年文部科学大臣賞(科学技術功績者)、2003年第二回日本環境経営大賞「独創的環境プロジェクト賞」、2004年世界優秀女性起業家賞、2008年特許庁長官賞など数多くの賞を受賞している。2012年から現職に就き、革新的技術の開発を目指して研究開発を行ってきた。今回、岩宮らは上記の条件を満たす新しいシリカコーティング技術の開発に成功し、環境に優しい紙をプラスチックの代用品として利用できる可能性を示した。

本「超越コーティング」技術はゾルゲル法の応用であり、メチルトリメトキシシラン(注2)を主成分とし、少量のチタンテトラプロポキシド(注3)などを反応促進剤として含む低粘性のコーティング液剤を用いる。コピー紙や和紙をコーティング液剤に浸した後に常温で30分程度乾燥することで、紙を構成する複雑に絡み合った、数十ミクロン径のセルロースファイバー表面に、3ミクロン程度の厚さをもつシリカ層が均一に形成されることが分かった(図1)。この反応は図2に示すように、紙に吸着された僅かな水や大気中の水蒸気を用いて、チタンテトラプロポキシドの助けにより自発的に素早く進行するため、反応中に紙が劣化することはない。形成されたシリカ層は強固なSi–O–Siのシロキサン結合(注4)からなるネットワークをもち、セルロースファイバーに強く化学結合するため、紙の機械的強度が増大する。一方、そのシロキサンネットワーク中には比較的大きなナノサイズの隙間が存在するため構造変形が容易に起こり、紙本来の柔軟さは損なわれない。また、シリカ皮膜は無色透明であり(図3(a))、コーティング紙はもとの風合いを保つ。さらに、シロキサンネットワーク中のナノ隙間には多くのメチル基が残されるため、コーティング紙はよい撥水性を獲得する。本コーティング液剤は環境汚染の原因となる物質を含まず、コーティング紙は廃棄後に自然環境において通常の紙と同様に無害な物質に分解される。

fig1
図1 コーティング紙の走査型電子顕微鏡(注5)像と元素マッピング。複雑に絡み合った30ミクロン径のセルロースファイバーの表面に、白っぽく見える、厚さ3ミクロンのSi(Ti)を主成分とするシリカ樹脂被膜が均一に形成されている。

fig2

図2 超越コーティングにより、紙を構成するセルロースファイバー上にシリカ皮膜が形成される機構を説明する模式図。
最初に、液剤中のメチルトリメトキシシラン分子(図左上)が紙や大気中に存在する少量の水分子と加水分解反応してSi–OHのシラノール基が生成される。次に2つのメチルトリメトキシシラン分子のシラノール基同志が脱水反応によりシロキサン結合を作って繋がる。さらにメチルトリメトキシシラン分子のシラノール基はセルロースファイバー上の水酸基と脱水反応してSi–O–C結合によりファイバー表面に固定される(図右下)。生成されたシロキサンネットワークは多くの隙間を持つため柔軟性を有し、隙間に残されるメチル基(R)が撥水性をもたらす。

コーティングされた紙製品は光沢を持ち(図3(b))、表面は撥水性を獲得する(図3(c))。コーティングされた紙ストローは3日間水中に浸けても全く形状・強度に変化は見られなかった(図3(d))。また、本コーティングによる紙の機械的強度増大は、東京大学未来ビジョン研究センターの鈴木真二特任教授らによる紙飛行機実験により実証された[2]。彼らは宇宙から地球に紙飛行機を飛ばすことを目標に紙飛行機を作製し、超越コーティングを施したシャトル型紙飛行機を用いて空洞風洞実験を行い、マッハ7の風速でもその形状が保たれることを示した(図4)。

fig3
図3 (a) コーティング液を固化して作製したバルク体。(b) 超越コーティングを施した紙製品。(c) コーティング紙上に滴下された水滴。(d) コーティングあり(左)、なし(右)の紙ストローを水に浸してから3日後の様子。
fig4
図4 超越コーティングされた紙飛行機を用いて行われた空洞風洞実験の様子[2]。下はマッハ7の風力で発生した衝撃波。

本コーティングを木材に適用すると、良好な耐候性を示すこともわかった(図5)。さらに、本コーティング層には多くのナノ空隙が含まれるため、触媒や化学物質を添加することができ、基材の特性を損なわずに用途に応じてさまざまな機能性を持たせることも可能となる。

図5 超越コーティングによる木材の耐候性の変化。
図5 超越コーティングによる木材の耐候性の変化。
【社会的意義、今後の展望】

以上のように、本研究では優れた撥水性、強度、環境適応性を持つコーティング技術が開発された。紙に超越コーティングを施すことで、さまざまな用途においてプラスチック材料を置き換えることが可能となる。生活素材から工業製品、水に強い段ボール紙、焼却可能なマルチシートなどの農業分野、廃棄可能なシャーレなどの医療分野を含むさまざまな分野に有用である。また、単純な浸漬法だけでなく簡便な塗布法が使えることから低コストであり、紙素材だけでなく紙製品においてもその形状を損なうことなく塗工処理できる。本技術応用の拡大により、プラスチックの使用が抑制され、持続可能な社会実現に向けて進むことが期待される。

[1] R. Geyer, J. R. Jambeck, K. L. Law, Production, use, and fate of all plastics ever made. Sci. Adv. 3, e1700782 (2017).
[2] 日経クロステック「紙飛行機を宇宙から飛ばしても燃えないのはなぜ?」: https://xtech.nikkei.com/dm/article/COLUMN/20100727/184557/

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Industrial & Engineering Chemistry Research」(オンライン版12月21日)
  • 論文タイトル:Modern Alchemy: Making “Plastics” from Paper
  • 著者:Yoko Iwamiya*, Masayoshi Kawai, Daisuke Nishio-Hamane, Mitsuhiro Shibayama, and Zenji Hiroi*
  • DOI番号:http://dx.doi.org/10.1021/acs.iecr.0c05173

用語解説:

(注1)ゾルゲル法:
無機化合物を合成する方法の一つであり、通常、有機金属原料のコロイド状のゾルを濃縮・重合反応によってゲル化することにより得た原料を焼成することでシリカ(二酸化ケイ素)などの酸化物を合成する。
(注2)メチルトリメトキシシラン(methyltrimethoxysilane, MTMS, CH3Si(OCH3)3):
以下のような構造式をもつ有機ケイ素アルコキシドであり、有機・無機ハイブリッド材料を作るために使われる。
term
(注3)チタンテトラプロポキシド(Titanium tetraisopropoxide, TPT, Ti[OCH(CH₃)₂]₄):
4価のチタンを含むアルコキシドの一つであり、4つの1-プロパノールアニオンからなる四面体型の分子である。
(注4)シロキサン結合:
酸素を介するケイ素間の結合Si–O–Siであり、C–C結合やC–O結合より大きな結合エネルギーをもち、ガラスや石英中で安定かつ強固なネットワーク構造を形成する。
(注5)走査型電子顕微鏡:
絞った電子線を試料に照射し、試料表面を走査することにより放出される2次電子や反射電子を検出することで試料表面の微細構造や組成分析を行う分析装置である。
(公開日: 2020年12月18日)