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スピントロニクスにおける新現象「磁気スピンホール効果」の発見 -磁化で制御するスピン流−電流相互変換を確立-

東京大学
理化学研究所
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 反強磁性金属Mn3Snを用いてスピントロニクス素子を作製、Mn3Sn表面に蓄積するスピンの向きがMn3Sn中のスピン反転に伴い変化する新現象「磁気スピンホール効果」を発見した。
  • 発見した新現象は、これまで未開拓であったスピンホール効果と磁性との協奏現象である。
  • 本研究成果が磁性体中のスピン流−電流の相互変換を確立し、より効率的に動作するスピントロニクス素子の創製に貢献することが期待される。

発表概要

東京大学物性研究所の木俣 基助教(現:東北大学金属材料研究所准教授)、杉本聡志特任研究員(現:物質・材料研究機構NIMSポスドク研究員)、中辻 知教授、大谷義近教授(理化学研究所創発物性科学研究センターチームリーダーを兼任)、理化学研究所創発物性科学研究センターの近藤浩太研究員、テキサス大学オースティン校のマクドナルド教授らの共同研究グループは、反強磁性金属Mn3Snを用いてスピントロニクス素子を作製し(図1)、Mn3Sn結晶表面にスピン蓄積が生じていることを確認しました。さらに、外部磁場の向きを変化させながら印加することでMn3Snの微小磁化の向きを反転させ、その変化とともに表面に蓄積されたスピンの極性が変化する新現象「磁気スピンホール効果」を発見しました(図2)。

スピンホール効果は、電流をスピン流(注1)に変換する機構で、次世代スピントロニクスの要として、その物理機構の解明や高効率化に向けた研究が世界中で展開されています。しかし従来の研究は磁性を持たない非磁性の物質に限られており、スピンホール効果に対して磁性がどのような役割を持つのかについては未解明でした。

今回発見された新奇なスピンホール効果は、従来未開拓であったスピンホール効果と磁性の関係の統一的理解を促進する大きな学術的意義を有します。同時に、スピン流の偏極方向を磁気構造の変化を通して同一物質中で外部磁場で制御できることを示しており、この新原理に基づく新しい素子の構築が期待されます。

本研究成果は、日本時間1月17日午前3時にNature誌に掲載されました。

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図1:(左)本研究で作製したスピントロニクス素子の捜査電子顕微鏡写真。スケールバーは2 μm。図の赤点線で囲まれた部分がMn3Sn単結晶を薄片化した部分。(右)素子の模式図。電流の印加によりスピンホール効果が生じると、結晶表面にスピン偏極伝導電子が出現する(スピン蓄積)。スピン蓄積は結晶表面上に形成された強磁性電極に生じる電位差を計測することで検出できる。

図1:(左)本研究で作製したスピントロニクス素子の捜査電子顕微鏡写真。スケールバーは2 μm。図の赤点線で囲まれた部分がMn3Sn単結晶を薄片化した部分。(右)素子の模式図。電流の印加によりスピンホール効果が生じると、結晶表面にスピン偏極伝導電子が出現する(スピン蓄積)。スピン蓄積は結晶表面上に形成された強磁性電極に生じる電位差を計測することで検出できる。

発表内容

研究の背景

電子の持つ電荷の自由度(プラス、マイナス)に加え、スピン(磁石のNとS)両方の自由度を積極的に利用するスピントロニクスの研究開発が世界的に行われています。その中で、スピンの流れであるスピン流の生成は最も重要な要素の一つです。電流をスピン流に変換するスピンホール効果は、これまで主にスピン軌道相互作用(注2)の大きな遷移金属において世界的な研究が展開されてきました。しかし、従来研究の主対象は白金やタングステンのように内部に磁性を持たない物質であり、スピンホール効果に対して磁性がどのような役割を果たしているのかについては未解明でした。一般に物質中の電子状態や機能は、結晶構造や磁性の起源であるスピンの配列に強く影響を受けることが知られており、スピンホール効果についても磁性体における精密測定を行うことで新規な効果の観測が期待されます。

研究内容

今回、東京大学物性研究所を中心とする研究グループは、三角格子を基調とした構造を持つ反強磁性金属Mn3Sn(注3)を用いたスピントロニクス素子を作製し、スピンホール効果測定を行いました。Mn3Snは、東京大学物性研究所にて開発されたもので、巨大異常ホール効果(注4)異常ネルンスト効果(注5)磁気カー効果(注6)などの巨大応答が相次いで観測されるなど、新機能開拓に注目が集まっている新物質(トポロジカル磁性体、またはワイル磁性体(注7))です。本研究では従来の薄膜成長技術ならびに微細加工技術に加え、バルク単結晶を微細素子に加工する技術を独自に開発し、Mn3Snの高品質単結晶を用いたスピントロニクス素子の作製を実現しました(図1)。

次に、本素子のMn3Sn単結晶の面内に電流を印加し、結晶表面に配置した電極間に生じる電位差を室温で計測したところ、スピンホール効果によって表面スピン蓄積が生じていることを検出しました。また外部磁場を印加することによってスピン蓄積の偏極方向がMn3Snのスピン反転と同時に変化することを発見しました(図2)。このような磁性体のスピン反転によるスピンホール効果の符号反転は、従来研究の中心であった非磁性金属では決して起こり得ないものです。この実験結果を理論的なモデル計算と比較検証し、今回の現象を「磁気スピンホール効果」と名付け、新型のスピンホール効果として確立しました(図3)。

図2:観測されたスピン蓄積信号の例。

図2:観測されたスピン蓄積信号の例。図中の矢印で示した階段状の信号がスピンホール信号に対応する。またそれぞれの図の上に、対応するMn3Snのスピン構造を示しており、左図と右図でMnスピンが反転するとスピンホール効果のヒステリシスも反転していることがわかる。このことは、Mnのスピン反転に伴いスピンホール効果の符号も同時に反転していることを示している。

図3:スピンホール信号の磁場角度依存性。左図が実験結果を示しており、右図が磁気スピンホール効果を考慮したモデル計算による結果を示している。両者の比較から分かるように、実験と理論は良い一致を示している。

図3:スピンホール信号の磁場角度依存性。左図が実験結果を示しており、右図が磁気スピンホール効果を考慮したモデル計算による結果を示している。両者の比較から分かるように、実験と理論は良い一致を示している。

また同様のMn3Sn単結晶薄片にスピン流を注入し、スピンホール効果の逆効果であるスピン流から電流への変換現象の観測にも成功しました。

本研究の意義、今後の予定など

本研究成果は、単一の物質内でスピン流の方向を、外部磁場により磁性体のスピン方向を反転するだけで制御できることを示しています。これは物質中のスピンと電荷の結合や相互変換のより深い理解につながる大きな学術的意義を有しています。

今回、磁性体における新型のスピンホール効果が発見されたことで、物質中におけるスピン流と磁性の相関に関して物質の多様性などを含めたさまざまな研究が加速し、将来的にはそれらの結果を統一的に理解することが可能になると考えられます。このような新原理に基づくスピン流の制御法は、よりシンプルでより低消費電力なスピントロニクス素子の提案、さらには、高効率なスピン流電流変換の手法の構築に貢献すると期待されます。このためにも、今後スピン流―電流変換効率の正確な値を実験的に求め、発現機構の詳細についての解明が急務となります。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域 (研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号 JPMJCR15Q5 (研究代表者:中辻 知)、ならびに、「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3 (研究代表者:中辻 知)、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域「ナノスピン変換科学」課題番号26103001(研究代表:大谷義近)における研究計画班「A01:磁気的スピン変換」課題番号2613002(研究代表者:大谷義近)および「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882(研究代表:播磨 尚朝)における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883(研究代表者:中辻 知) の一環として行われました。本研究成果は、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川 仁) の助成を通して、海外の研究者との共同研究・交流により研究を展開させていった中で得られたものです。

発表雑誌:

用語解説

(注1)スピン流
現在のエレクトロニクスでは電子の持つ電荷の流れ、即ち電流が重要な役割を担っていますが、電子のスピン自由度を積極的に利用するスピントロニクスでは、スピンの流れである「スピン流」が重要になると考えられています。スピン流は必ずしも電流を伴わないため、電流によって生じるジュール発熱を大幅に軽減でき、将来の省エネルギーデバイスへの貢献が期待されています。
(注2)スピン軌道相互作用
電子のスピンと軌道運動との相互作用。電子の軌道運動は固体中では電流に通じることから、電流をスピン流に、またその逆効果であるスピン流を電流に相互変換するスピンホール効果に代表されるスピン-電荷結合現象の起源となります。
(注3)反強磁性体Mn3Sn
Mn原子が三角格子を基調とした格子状に配列し、それぞれのスピンは120°ずつ傾いているため互いに打ち消し合う反強磁性を示す金属。反強磁性体のため正味の磁化はほとんどゼロであるにも関わらず、従来は強磁性体で観測される異常ホール効果や異常ネルンスト効果、磁気カー効果等が強磁性体の最高値に迫る巨大信号として観測され、大きな注目が集まっています。なかでも、磁気構造がクラスター磁気八極子(注8)で記述されること、また、その大きな応答の起源として、ワイル粒子と呼ばれるトポロジカルな電子を有するワイル磁性体に注目が集まっています。
(注4)異常ホール効果
電気を流すことが可能な物質において、互いに垂直に磁場と電流を与えた際に、電流として流れている電子の運動方向が磁場により曲げられ、磁場・電流と垂直の方向に起電力が生じる現象をホール効果と呼びます。自発的に磁化を持つ強磁性体や、仮想磁場 (波数空間に存在する有効磁場で、電子構造のトポロジーに起因する新しい物理概念) を持つ特殊な反強磁性体ではゼロ磁場においてもホール効果が生じ、これらを異常ホール効果と呼びます。
(注5)異常ネルンスト効果
電気を流すことが可能な物質において、互いに垂直に磁場と温度差を与えることで、高温側から低温側へ向かう電子の流れが磁場により曲げられた際に、磁場・温度差と垂直な方向に起電力が生じる現象をネルンスト効果と呼びます。自発的に磁化を持つ強磁性体や、仮想磁場を持つ特殊な反強磁性体ではゼロ磁場でもネルンスト効果が発生し、これを異常ネルンスト効果と呼びます。異常ネルンスト効果の場合、外部から磁場を印加する必要がなく、温度差のみで発電が可能です。
(注6)磁気光学カー効果
磁性体に直線偏光を入射した際に、試料の持つ磁化の向きに応じて反射光の偏光面が回転する現象を磁気光学カー効果といい、光磁気ディスクや光アイソレータといった身近で利用される磁気光学素子の原理として用いられています。最近の研究により、磁化だけでなく、磁気多極子の秩序に由来して現れることも明らかにされています。
(注7)ワイル磁性体
1921年にヘルマン・ワイルが提唱したワイル方程式に従って記述される質量ゼロの粒子 (ワイル粒子) を持つ物質はワイル半金属と呼ばれています。ワイル半金属では異なるカイラリティ (右巻き・左巻きの自由度) を持つ対となって発生し、磁石のN極とS極に相当する2つのワイル点を運動量空間において形成します。通常のワイル半金属では物質の結晶構造に由来したワイル点が創出されますが、磁性によって創出されるワイル点を持つ磁性体をワイル磁性体といい、磁場などの外場によって磁気構造を制御することで、ワイル点とそれに付随した仮想磁場の制御が可能であるなどの応用する上でも魅力的な特徴が見つかっています。ワイル点間に生じる仮想磁場は100 Tもの外部磁場に相当するほど大きなもので、巨大な異常ホール効果等の起源であることが明らかとなってきています。
(注8)クラスター磁気八極子
磁石はN極とS極の2つの極を持っていますが、磁性体の各格子点に配置されたスピンも2つの極を持ち、これは磁気双極子とも呼ばれています。複数の格子点に配置されたスピンで1つのユニットを考えた際に作られる特徴的なスピンの組み合わせをクラスター磁気多極子といい、構成するスピンの数が1、2、3つと増えるにつれて、磁気双極子、四極子、八極子というようにその組み合わせの名前が変わっていきます。反強磁性金属Mn3Snのスピン構造では、3種類のスピンでのユニットを考えることができ、クラスター磁気八極子を持っていると考えることができます。クラスター多極子が強的に配列している物質では、磁化の総和がゼロとなる組み合わせにおいても、強磁性体で見られるような巨視的な応答が現れることがわかってきています。
(公開日: 2019年01月17日)