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磁気光学効果の新たな起源を解明 -反強磁性金属での磁気光学カー効果を世界で初めて観測-

東京大学
東京大学 物性研究所
理化学研究所
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 反強磁性金属における自発的な磁気光学カー効果を世界で初めて観測した。
  • 観測した磁気光学カー効果の微視的な起源が、磁気八極子によるものであることを解明し、磁気八極子を持つ反強磁性ドメインのイメージングに室温で成功した。
  • 反強磁性ドメインの非破壊・非接触な直接観察手法の確立は、反強磁体での機能を開拓する上で非常に重要な成果であり、熱電変換素子や磁気デバイス開発の急速な進展が期待される。

発表概要:

東京大学物性研究所 (所長:瀧川仁) の肥後友也 特任研究員、中辻知 教授らの研究グループは、理化学研究所 創発物性研究センター 計算物質科学研究チーム、米国の研究グループと協力して、室温において自発的に磁気光学カー効果 (注1) を示す反強磁性 (注2) 金属の開発に世界で初めて成功しました。

開発したマンガンとスズからなる金属間化合物Mn3Snは、互いを打ち消しあうように配置された複数のスピンから構成される「クラスター磁気八極子 (注3) 」というスピン秩序構造を持つ反強磁性体です。今まで無磁場かつ磁化を持たない反強磁性状態では、光-磁気応答の一つである磁気光学カー効果は現れないと考えられていました。今回この常識を破り、磁気八極子を持つ反強磁性体において、磁場と磁化がゼロの状態においても磁気光学カー効果が現れることを見いだし、磁気八極子が作る磁気ドメインの直接観測にも成功しました。この発見により、磁気光学素子の新たな開発指針が築かれたとともに、今回確立した磁気光学カー効果を用いた非破壊・非接触な反強磁性ドメインの直接観察手法は、近年特に注目が集まっている反強磁性体を用いた熱電変換素子 (注4) やスピントロニクス素子といった、反強磁性ドメインの制御が重要となる次世代の磁気デバイス研究への広範囲な応用展開が期待されます。

本研究成果は国際科学雑誌Nature Photonicsの2018年1月26日付けオンライン版に公開されました。

図1 磁気光学カー効果の概念図 (a) 磁化を持たない常磁性体では、直線偏光は入射と反射の際に偏光面の角度は変化しない。(b) 強磁性体では自発磁化の向きに対応して反射光の偏光面に回転が起こり、これが磁気光学カー効果として知られている。(c) 通常、磁化の総和がゼロ、もしくは非常に小さい反強磁性体では、常磁性体と同様に磁気光学カー効果は期待できないが、今回開発した反強磁性金属Mn3Snではクラスター磁気八極子が光に作用することで、磁場も磁化も無い状態においても強磁性体に匹敵する偏光面の回転が起こる。
図1 磁気光学カー効果の概念図
(a) 磁化を持たない常磁性体では、直線偏光は入射と反射の際に偏光面の角度は変化しない。(b) 強磁性体では自発磁化の向きに対応して反射光の偏光面に回転が起こり、これが磁気光学カー効果として知られている。(c) 通常、磁化の総和がゼロ、もしくは非常に小さい反強磁性体では、常磁性体と同様に磁気光学カー効果は期待できないが、今回開発した反強磁性金属Mn3Snではクラスター磁気八極子が光に作用することで、磁場も磁化も無い状態においても強磁性体に匹敵する偏光面の回転が起こる。

発表内容:
① 研究の背景

磁気光学カー効果/ファラデー効果は、磁性体に直線偏光 (注5) した光を当てた際に、磁性体の磁化の向きに応じて反射光/透過光の偏光面が回転する現象です。これらの線形磁気光学効果は、光磁気ディスクや通信線路などで用いられる光アイソレータをはじめとした磁気光学素子の原理であるほか、磁気特性や電子状態といった基礎物性や磁気ドメイン (スピンが整列した領域) を非破壊・非接触で観察する手段として、物質中のスピンが一様な方向に揃うことで大きな磁化を示す強磁性体で活発に研究が行われています。中でも、磁気光学カー効果は物質表面で起こる現象のため、体積が小さく磁化測定が困難な薄膜形状の強磁性金属での磁気特性評価に適しており、熱電変換素子やスピントロニクスデバイスの研究に広く用いられています。

これらのデバイス開発では、近年、強磁性体だけでなく反強磁性体 (とりわけ、電気を流すことが可能な反強磁性金属) にも注目が集まっています。その理由は、反強磁性体には「(1) 漂遊磁界 (注6) がゼロ (非常に小さい) のため、隣接する素子への磁気的な影響が極めて小さい。(2)数ピコ秒 (強磁性体の約 1/100) の高速なスピン応答が可能である。」という特性があり、熱電変換素子の高集積・大面積化や不揮発性メモリと呼ばれる次世代記憶素子などの高集積・高速化を行う上で非常に有用であるためです。その一方で、反強磁性体では、隣り合うスピン同士が反平行や互いを打ち消しあうように配列することで磁化の総和がゼロ、もしくは非常に小さい値となっています。そのため、強磁性体で一般的に用いられている手法では、光・熱・電気などの外場の反強磁性スピン構造に対する応答の検出・制御は困難であると考えられており、実際に磁化がゼロとなる反強磁性体における磁気光学効果の報告はされていませんでした。反強磁性体を用いたデバイス開発を行う上で、光などの外場に対する巨大な応答の検出とその制御方法に関する技術革新が望まれています。

② 研究内容と成果

本研究グループでは、これまでにもマンガンとスズの化合物である反強磁性金属Mn3Snに着目して研究を行っており、室温で巨大な異常ホール効果 (注7)異常ネルンスト効果 (注8) が自発的に現れることを観測するなど、反強磁性体における電気-磁気・熱-磁気応答の機構解明につながるような学術的な成果を上げてきました。今回、その一連の物性探索の中で、反強磁性金属において自発的に現れる磁気光学カー効果の室温での検出と制御に世界で初めて成功しました。また、その微視的な起源が、磁化の総和をゼロとするように配置された複数のスピンから構成されるクラスター磁気八極子であり、磁気光学カー効果が現れないと考えられていた無磁場かつ磁化ゼロの反強磁性状態においても巨大なカー回転が現れることを明らかにしました (図1)。

Mn3Snはカゴメ格子と呼ばれるカゴの網目のような格子が2層積層した構造をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点に配置されています (図2a)。この時、隣り合うスピンが互いに反対方向を向こうとする力が働くことで、それぞれが120度傾いた状態で安定になります。また、2層のカゴメ格子に3種類のスピンが6つ配置された単位構造に注目してみると、クラスター磁気八極子と呼ばれる複数のスピンで構成される新しい自由度を持っていることがわかります(図2b) 。このスピン構造 (磁気八極子) は10ミリテスラ (mT) という非常に小さい外部磁場をかけることで操作が可能で、磁気八極子の反転に伴って、上述の異常ホール効果や異常ネルンスト効果が制御できることが予想されていました。

図2 反強磁性金属Mn3Snの結晶構造(a)と磁気構造(b) (a) [0001]方向に二層のカゴメ格子が積層した構造をもち、磁性原子のマンガンMnは正三角形の頂点に配置されている。 (b) Mnのスピンは各カゴメ格子の層で逆120度構造というスピン構造をとる。二層のカゴメ格子上の6つのスピンを見てみると、六角形で囲まれているように、クラスター磁気八極子と呼ばれるスピン秩序のユニットを持っていることがわかる。
図2 反強磁性金属Mn3Snの結晶構造(a)と磁気構造(b)
(a) [0001]方向に二層のカゴメ格子が積層した構造をもち、磁性原子のマンガンMnは正三角形の頂点に配置されている。 (b) Mnのスピンは各カゴメ格子の層で逆120度構造というスピン構造をとる。二層のカゴメ格子上の6つのスピンを見てみると、六角形で囲まれているように、クラスター磁気八極子と呼ばれるスピン秩序のユニットを持っていることがわかる。

今回、本研究グループがMn3Snでの磁気光学カー効果を測定した結果、室温・ゼロ磁場下で約20ミリ度という強磁性体にも匹敵するほど大きな反射光の偏光面の回転 (カー回転) が現れ、その回転角の符号が10 mT程度の磁場で制御できることを観測しました (図3a)。このカー回転角は、レーザー光源として広く用いられているダイオードの発振波長に近い600 nm程度で最大値を示します (図3b)。また、Mn3Snは強磁性体の1/1000と非常に小さい有限の磁化を持っていますが、理論計算との比較により、今回観測された磁気光学カー効果はこの微小な磁化の有無によらず、クラスター磁気八極子がその微視的な起源であることを解明しました。さらに、磁気光学カー効果を偏光顕微鏡で観察することにより、磁気八極子を持つ反強磁性ドメイン ( ≒ カー回転角の正負の符号) の反転に伴ったコントラストの変化 (灰色⇔黒色) をイメージングすることにも成功しました (図4) 。

図3 反強磁性金属Mn3Snの磁気光学カー効果の磁場(a)と波長(b)依存性 (a) 室温 (300 K) での磁気光学カー効果による偏光面の回転(カー回転角)の磁場に対する応答と対応する磁気八極子のスピン構造。(b) 室温、ゼロ磁場下での自発的なカー回転角の光源の波長依存性。インセット: 理論計算によって求められたクラスター磁気八極子がもたらすカー回転角の波長依存性。実験結果と類似の波長依存性を示していることに加え、クラスターの持つ自発磁化を0から0.025 μBまで変化させてもカー回転角が変化しないことがわかる。
図3 反強磁性金属Mn3Snの磁気光学カー効果の磁場(a)と波長(b)依存性
(a) 室温 (300 K) での磁気光学カー効果による偏光面の回転(カー回転角)の磁場に対する応答と対応する磁気八極子のスピン構造。(b) 室温、ゼロ磁場下での自発的なカー回転角の光源の波長依存性。インセット: 理論計算によって求められたクラスター磁気八極子がもたらすカー回転角の波長依存性。実験結果と類似の波長依存性を示していることに加え、クラスターの持つ自発磁化を0から0.025 μBまで変化させてもカー回転角が変化しないことがわかる。
図4 反強磁性金属Mn3Snの磁気光学カー効果による磁気八極子ドメインの直接観察像 (a) 室温での試料表面の観察像。1-8の番号は図3(a)中での各点における測定に対応している。面直方向へ加えられる外部磁場によりコントラストが変化 (灰色⇔黒色) している。黄色部分は磁壁を示している。(b) コントラストに対応した磁気八極子ドメインの概要図。
図4 反強磁性金属Mn3Snの磁気光学カー効果による磁気八極子ドメインの直接観察像
(a) 室温での試料表面の観察像。1-8の番号は図3(a)中での各点における測定に対応している。面直方向へ加えられる外部磁場によりコントラストが変化 (灰色⇔黒色) している。黄色部分は磁壁を示している。(b) コントラストに対応した磁気八極子ドメインの概要図。

現在、漂遊磁界がゼロ・高速応答が可能な磁気デバイス開発への期待から、機能性反強磁性体に関する研究が盛んに行われています。中でも、強磁性体に匹敵する電気-磁気応答・熱-磁気応答・光-磁気応答特性の開拓に特に注目が集まっており、これらの特性を創出する起源と考えられているクラスター磁気多極子秩序の機構解明と、その観測・制御方法の確立が望まれています。本研究において行われた反強磁性体での磁気八極子由来の巨大な磁気光学効果の観測や、反強磁性ドメインのイメージングは反強磁性体を用いたデバイス研究への広範囲な応用展開が期待されます。

③ 社会的意義・今後の予定など

本研究成果は、これまでの磁気光学効果の理解を飛躍的に進める革新的な成果と言えます。

反強磁性体において、磁気光学カー効果を用いた高密度・高速駆動が可能な磁気光学素子などの開発が進んでいくことが期待されます。また今回、磁気光学効果が電気を流すことができる「金属」で観測されたことから、電流駆動された反強磁性ドメインを直接観察するなどの光・磁気・電気の協奏により創発される新たな反強磁性機能の開拓が可能となります。

通常、反強磁性体の磁気ドメインの可視化には中性子散乱や放射光実験が行える巨大施設が必要でしたが、卓上で、かつ、試料を非破壊・非接触で測定可能な磁気光学カー効果による反強磁性ドメインのイメージングは、近年活発に研究が行われている反強磁性金属を用いた磁気デバイスの特性を評価する上でも非常に有用な技術であり、本手法を用いた研究が急速に進んでいくことが期待されます。反強磁性金属の具体的な応用例の一つである、熱から電気を作る「異常ネルンスト効果」を用いた熱電変換素子は、漂遊磁界による電子機器への影響が小さく、素子の大面積化/高密度化による発電量/起電力の増強が期待できることから、環境の中の未利用エネルギーを集めて電気に変換するエネルギーハーヴェスティング分野において注目が集まっています。異常ネルンスト効果をもたらす反強磁性スピン構造や磁気ドメインダイナミクスの理解は、熱電素子などのデバイス開発をさらに発展させる上で、非常に有用な結果であるといえます。本結果は、新たに磁気光学カー効果を示す反強磁性体を開発する上での指導原理となるだけでなく、大きな異常ネルンスト効果による熱電材料の開発に、磁気八極子を持つ反強磁性体が有力な候補となることを示すという意味で、エネルギーハーヴェスティング材料開発に指針を示す成果です。

反強磁性体において自発的に磁気光学効果が現れる機構については、学術的にも大変興味が持たれているテーマとなっています。今回、Mn3Snの有する磁気八極子に着目しましたが、複数のスピンが作る磁気多極子に着目してさまざまな物質群で研究を行うことで、光を反射しやすい「金属」を用いた磁気光学カー効果だけでなく、光を透過しやすい「絶縁体」を用いた磁気光学ファラデー効果における機構の解明が進むことも期待できます。最近、光電子分光などの実験により、Mn3Snがワイル粒子と磁性を併せ持つ新しいトポロジカル物質「ワイル磁性体 (注9)」であることが明らかになりました。ワイル磁性体ではワイル粒子の創り出す仮想的な磁場によるさまざまな量子輸送現象が観測されます。今後の課題としては、物質中の仮想的な磁場への敏感な応答が期待できるTHz帯の光を用いた磁気光学効果の測定をはじめ、反強磁性金属にとどまらない広範な物質群での新規な磁気光学現象や応用デバイスの提案をしていく予定です。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域 (研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸) における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号 JPMJCR15Q5 (研究代表者:中辻 知) 並びに文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域 (研究領域提案型)「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882 (研究代表:播磨 尚朝) における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883 (研究代表者:中辻 知) の一環として行われました。本研究成果は、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」 (主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 所長)の助成を通して、海外の研究者との共同研究・交流により研究を展開させていった中で得られたものです。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Nature Photonics」
  • 論文タイトル:Large magneto-optical Kerr effect and imaging of magnetic octupole domains in an antiferromagnetic metal
  • 著者:Tomoya Higo, Huiyuan Man, Daniel B. Gopman, Liang Wu, Takashi Koretsune, Olaf M. J. van ’t Erve, Yury P. Kabanov, Dylan Rees, Yufan Li, Michi-To Suzuki, Shreyas Patankar, Muhammad Ikhlas, C. L. Chien, Ryotaro Arita, Robert D. Shull, Joseph Orenstein, and Satoru Nakatsuji* (*:責任著者)
  • DOI番号:10.1038/s41566-017-0086-z

  • 用語解説:

    (注1) 磁気光学カー効果

    磁性体 (注2) に直線偏光 (注5) を入射した際に、その磁化の向きに応じて反射光の偏光面が回転する現象を磁気光学カー効果といいます。また、透過光の偏光面が回転する現象を磁気光学ファラデー効果といいます。一般に、反射光を用いるカー効果では鏡のように光を反射する磁性金属で、透過光を用いるファラデー効果ではガラスのように光を透過する磁性絶縁体において盛んに研究が行われています。これらの線形磁気光学効果は、光磁気ディスクや光アイソレータといった身近で利用される磁気光学素子の原理として用いられています。

    (注2) 磁性体 (強磁性体・反強磁性体・常磁性体)

    磁性体とは、物質内部に電子の自転運動に起因した「微小な磁石 (スピン)」を有する物質で、巨視的な数のスピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示します。[1] 磁性体を構成する磁性原子のスピンの方向が一様な方向に揃うことで磁石のように巨視的な磁化を示す強磁性体、[2] 隣り合うスピン同士が反平行や互いを打ち消しあうように配列することで見かけ上の磁化がゼロもしくは非常に小さくなっている反強磁性体に分類されます。また、[3] スピンが整列せずに揺らいでいる状態の物質は常磁性体に分類されます。

    (注3) クラスター磁気八極子

    磁石はN極とS極の2つの極を持っていますが、磁性体の各格子点に配置されたスピンも2つの極を持ち、これは磁気双極子とも呼ばれています。複数の格子点に配置されたスピンで1つのユニットを考えた際に作られる特徴的なスピンの組み合わせをクラスター磁気多極子といい、構成するスピンの数が1、2、3つと増えるにつれて、磁気双極子、四極子、八極子というようにその組み合わせの名前が変わっていきます。反強磁性金属Mn3Snのスピン構造では、3種類のスピンでのユニットを考えることが出来、図2(b)に示すようにクラスター磁気八極子を持っていると考えることが出来ます。このクラスター多極子では、磁化の総和がゼロとなる組み合わせにおいても、強磁性体で見られるような巨視的な応答が現れることがわかってきています。

    (注4) 熱電変換素子

    熱と電気を変換する (熱を用いて発電をする) 機能を持った素子の総称で、廃熱・体温などの未利用エネルギーを利用して電力に変換する環境発電 (エネルギーハーヴェスティング) 技術の一つとして注目が集まっています。これまで、半導体などに温度勾配を付けることで温度勾配と同じ方向に起電力が発生する「ゼーベック効果」が広く用いられていましたが、最近では金属磁性体において、温度勾配と磁化に垂直に起電力の生じる「異常ネルンスト効果 (注8)」を用いた素子の開発も盛んに行われています。ここでは、主に異常ネルンスト効果に注目して話をしています。

    (注5) 直線偏光

    光は空間および時間に対して振動する交流電場と交流磁場の成分によって表されます。太陽光などの自然光は、さまざまな方向に交流電場の振動面を持つ光の重ね合わせから出来ています。その一方で、特定の方向に交流電場が振動する光を直線偏光といいます。

    (注6) 漂遊磁界

    磁性体から外部へ出ている磁界のことを漂遊磁界といいます。漂遊磁界は磁化の大きさに比例しており、自発的に磁化をもつ強磁性体の場合に大きな値となります。磁石にクレジットカードを近づけるとデータが消えてしまうのと同様に、高集積記憶デバイスにおいて、漂遊磁界が隣の素子に作用し、情報を誤って書き換えてしまうなどの問題が生じることがあります。

    (注7) 異常ホール効果

    電気を流すことが可能な物質において、互いに垂直に磁場と電流を与えた際に、電流として流れている電子の運動方向が磁場により曲げられ、磁場・電流と垂直の方向に起電力が生じる現象をホール効果と呼びます。自発的に磁化を持つ強磁性体や、仮想磁場 (波数空間に存在する有効磁場で、電子構造のトポロジーに起因する新しい物理概念) を持つ特殊な反強磁性体ではゼロ磁場においてもホール効果が生じ、これを異常ホール効果と呼びます。

    (注8) 異常ネルンスト効果

    電気を流すことが可能な物質において、互いに垂直に磁場と温度差を与えることで、高温側から低温側へ向かう電子の流れが磁場により曲げられた際に、磁場・温度差と垂直な方向に起電力が生じる現象をネルンスト効果と呼びます。自発的に磁化を持つ強磁性体や、仮想磁場を持つ特殊な反強磁性体ではゼロ磁場でもネルンスト効果が発生し、これを異常ネルンスト効果と呼びます。異常ネルンスト効果の場合、外部から磁場を印加する必要がなく、温度差のみで発電が可能です。

    (注9) ワイル磁性体

    1921年にヘルマン・ワイルが提唱したワイル方程式に従って記述される質量ゼロの粒子(ワイル粒子)を持つ物質はワイル半金属と呼ばれています。ワイル粒子は、ワイル半金属中で異なるカイラリティ (右巻き・左巻きの自由度) を持つ対となって発生し、磁石のN極とS極に相当するワイル点を形成します。通常のワイル半金属では物質の結晶構造によってワイル粒子が創出されますが、磁性によって創出されるワイル粒子(磁気ワイル粒子)を持つ磁性体をワイル磁性体といい、磁場などの外場によってワイル点の制御が可能であるなどの応用する上でも魅力的な特徴が見つかっています。

    (公開日: 2018年01月29日)