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超伝導ギャップの「ノード」の消失を発見

東京大学 物性研究所

発表のポイント:

  • 鉄系超伝導体FeSeの超伝導ギャップの符号が反転する「ノード」の観測に世界で初めて成功しました。
  • FeSeの「電子ネマティック秩序」のドメイン境界では「時間反転対称性の破れ」が生じ、「ノード」が消失してしまうことを発見しました。
  • 超伝導体の超伝導ギャップ構造を正確に知ることによって、そのメカニズムを理解し、さらなる高温での超伝導の実現に繋がることが期待されます。

発表概要:

東京大学物性研究所の岡﨑浩三特任准教授、辛埴教授らの研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授らとの共同研究で、「電子ネマティック秩序(注1)」と呼ばれる秩序状態を示すとして知られる鉄系超伝導体(注2)FeSeについて、極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置(注3)を用いて超伝導ギャップ(注4)を直接観測しました。その結果、超伝導のメカニズム解明のために極めて重要な特徴である超伝導ギャップの異方性が「電子ネマティック秩序」のドメイン構造によって敏感に影響を受け、ドメイン境界が無い領域では超伝導ギャップの符号が反転する「ノード(注4)」が存在するのに対し、ドメイン境界が多い領域では「ノード」が消えてしまうことを発見しました(図1)。

本研究成果は、超伝導ギャップにおけるノードの有無を見極めるために極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置が極めて有用であることを示しました。これにより、今後様々な超伝導体の超伝導ギャップ構造を明らかにすることで、超伝導のメカニズムの理解に繋がり、より高温での超伝導の実現、さらには室温超伝導の実現にも繋がっていくことが期待されます。

この研究成果は、英国時間2018年1月18日午前10時(日本時間1月18日午後7時)に、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

図1:FeSeの単結晶表面でのドメイン境界と超伝導ギャップのノードの有無のイメージ図FeSeの表面では、「電子ネマティック秩序」のドメイン境界が多く存在する場所と少ない場所が存在する。ドメイン境界が多く存在する場所では「時間反転対称性の破れ」が生じることによって、本来存在する超伝導ギャップのノードが消失しているように見える。
図1:FeSeの単結晶表面でのドメイン境界と超伝導ギャップのノードの有無のイメージ図
FeSeの表面では、「電子ネマティック秩序」のドメイン境界が多く存在する場所と少ない場所が存在する。ドメイン境界が多く存在する場所では「時間反転対称性の破れ」が生じることによって、本来存在する超伝導ギャップのノードが消失しているように見える。

発表内容
① 研究の背景

図2:クーパー対のイメージ図 球が電子、球上の上下の矢印が電子のスピンを示す。超伝導状態では、太矢印の様に反対向きに運動する2つの電子が対となっている。「従来型超伝導体」では物質中の原子核の振動「フォノン」がその対を作る「のり」となっているが、「非従来型超伝導体」ではフォノン以外の電子の相互作用が「のり」となっていると考えられている。その「のり」がどのような相互作用なのかを理解することが、より高温での超伝導の実現にも繋がり、超伝導の研究において最も重要な課題になっている。「非従来型超伝導体」において、クーパー対を作る「のり」の強さは電子の運動方向によって違っており、「超伝導ギャップ」を測定することでその「のり」の強さの方向依存性を知ることが出来る。従って、超伝導ギャップの異方性を測定することが「のり」の正体を明らかにするために最も重要な鍵となる。東京大学物性研究所における「極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置」は、この超伝導ギャップの異方性を極めて精度良く測定する事が出来、世界最高性能を誇っている。超伝導ギャップにおける「ノード」の存在は、「のり」が働かない電子の運動方向があることを意味し、「ノード」の有無によって「のり」の正体を特定することが出来る。
図2:クーパー対のイメージ図
球が電子、球上の上下の矢印が電子のスピンを示す。超伝導状態では、太矢印の様に反対向きに運動する2つの電子が対となっている。「従来型超伝導体」では物質中の原子核の振動「フォノン」がその対を作る「のり」となっているが、「非従来型超伝導体」ではフォノン以外の電子の相互作用が「のり」となっていると考えられている。その「のり」がどのような相互作用なのかを理解することが、より高温での超伝導の実現にも繋がり、超伝導の研究において最も重要な課題になっている。「非従来型超伝導体」において、クーパー対を作る「のり」の強さは電子の運動方向によって違っており、「超伝導ギャップ」を測定することでその「のり」の強さの方向依存性を知ることが出来る。従って、超伝導ギャップの異方性を測定することが「のり」の正体を明らかにするために最も重要な鍵となる。東京大学物性研究所における「極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置」は、この超伝導ギャップの異方性を極めて精度良く測定する事が出来、世界最高性能を誇っている。超伝導ギャップにおける「ノード」の存在は、「のり」が働かない電子の運動方向があることを意味し、「ノード」の有無によって「のり」の正体を特定することが出来る。

より高い温度での超伝導を実現するには、「非従来型超伝導体(注5)と」呼ばれる超伝導体において、超伝導のメカニズム、つまりクーパー対(図2、注4)と呼ばれる電子対が形成されるメカニズムを理解することが重要と考えられています。鉄系超伝導体は銅酸化物高温超伝導体(注6)に次ぐ高い超伝導転移温度を持つ非従来型超伝導体です。その中の一つであるFeSeでは、超伝導のメカニズムの理解において最も重要な性質である「超伝導ギャップ」における「ノード」の有無について意見が分かれおり、その超伝導のメカニズムの理解する上でのおいて大きな問題となっていました。その解決には、「ノード」を詳細に観測することが重要でしたが、「ノード」を見分けるには、1 meV以下のエネルギー分解能が必要であり、従前の手法ではエネルギー分解能3~5 meVと不十分なために「ノード」を直接観測することは出来ませんでした。

② 研究内容と成果

本研究では鉄系超伝導体の一種FeSeについて、東京大学物性研究所の岡﨑浩三特任准教授らの研究グループによって開発された極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置を用いて、超伝導ギャップを直接観測しました(図3)。この極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置は、非従来型超伝導体の超伝導ギャップを直接観測する装置として、現在世界最高のエネルギー分解能を有しています。

図3:鉄系超伝導体FeSeの超伝導ギャップの異方性Δはクーパー対を作る「のり」の強さに対応する超伝導ギャップの大きさ。θは電子対の運動方向である。ドメイン境界が多く入った試料では、用いたレーザーの偏光方向を切り替えることによってすべての運動方向に対応する超伝導ギャップの大きさを測定した。ドメイン境界の無い試料においては、θ=±90度の方向に運動する電子はクーパー対を形成しない「ノード」になっていることが明らかになった。
図3:鉄系超伝導体FeSeの超伝導ギャップの異方性
Δはクーパー対を作る「のり」の強さに対応する超伝導ギャップの大きさ。θは電子対の運動方向である。ドメイン境界が多く入った試料では、用いたレーザーの偏光方向を切り替えることによってすべての運動方向に対応する超伝導ギャップの大きさを測定した。ドメイン境界の無い試料においては、θ=±90度の方向に運動する電子はクーパー対を形成しない「ノード」になっていることが明らかになった。

実験の結果、超伝導ギャップにノードがある場合とノードが無い場合とがある事を発見しました。これまでの研究で、走査型トンネル顕微鏡を用いた実験により、電子状態の対称性が結晶構造の対称性よりも低くなる「電子ネマティック秩序」のドメイン境界において、「時間反転対称性(注7)」が破れ、超伝導ギャップのノードが無くなることが示唆されていました。今回の結果によって、試料表面でドメイン境界が少ない場所では超伝導ギャップにノードが存在し、ドメイン境界が多い場所ではノードが無くなる、という事が超伝導ギャップの直接観測によって世界で初めて確かめられました。

超伝導ギャップにおけるノードの存在の有無は、超伝導メカニズムがフォノン媒介による従来型か、非従来型かを判断するために最も明確な基準の一つですが、多くの場合、比熱、熱伝導度、磁場進入長などといった試料全体を測定するいわゆる「バルク測定」と呼ばれる手法で判断されていました。本研究成果は、バルク測定では一見超伝導ギャップにノードが存在しないように見える物質であっても、ミクロ測定により超伝導ギャップを直接観測することによってのみ、ノードの存在が確かめられる場合があることを示しており、超伝導のメカニズムの理解において極めて重要な結果であると言えます。

③ 今後の展望

今回、バルク測定では一見従来型超伝導体に見えてしまう物質であっても、ミクロ測定では超伝導ギャップにノードが存在する非従来型超伝導体である可能性がある事が示唆されました。今後、ミクロ測定に基づいて超伝導ギャップ構造を決定し、その超伝導メカニズムを解明することで、より高い温度で超伝導を示す物質の探索、室温超伝導への発見へと繋がることが期待されます。

なお本研究は、文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業「光・量子融合連携研究開発プログラム」、JSPS科研費基盤研究(JP25220707, JP16K17741, JP25220710, JP15H02106, JP15H03688)、特定領域研究「トポロジーが紡ぐ物質化学のフロンティア」(JP15H05852)の助成のもとに行われました。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Nature Communications」2018年1月18日オンライン公開
  • 論文タイトル:Superconducting gap anisotropy sensitive to nematic domains in FeSe
  • 著者:Takahiro Hashimoto, Yuichi Ota, Haruyoshi Q Yamamoto, Yuya Suzuki, Takahiro Shimojima, Shuntaro Watanabe, Chuangtian Chen, Shigeru Kasahara, Yuji Matsuda, Takasada Shibauchi, Kozo Okazaki*, and Shik Shin* (* 責任著者)
  • DOI : 10.1038/s41467-017-02739-y
  • URL : http://www.nature.com/ncomms

用語解説

(注1) 電子ネマティック秩序

ネマティックという言葉は、もともと液晶の分野で使われてきたもので、棒状の液晶分子が高温でバラバラの方向を向いていたものが低温である方向に棒状分子の向きが揃った状態になることを「ネマティック転移」と言います。電子系では、電子自体は液晶のような方向性は持ちませんが、電子液体の集団的な応答がなぜか方向性を示し、ある方向と別の方向で異なる性質を示すようになる状態を液晶の類推から「電子ネマティック」状態とよんでいます。

(注2) 鉄系超伝導体

2008年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見された超伝導を示すFe化合物の総称。超伝導転移温度が銅酸化物高温超伝導体に次いで高く、そのメカニズムの解明がさらなる高温での超伝導の実現に繋がると期待され、盛んに研究されています。

(注3) 極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置

岡﨑浩三特任准教授らの研究グループによって開発された実験装置で、超伝導のメカニズムに極めて重要である超伝導ギャップの異方性を極めて精度良く測定する事が出来る世界最高性能の装置。超伝導状態におけるクーパー対を形成する「のり」の正体を特定するために極めて有用。

(注4) 超伝導ギャップ、ノード、クーパー対

通常、物質の運動はある時刻における「位置」と「速さ」で記述されます。しかしながら、量子力学の世界においては、電子の運動における「位置」と「速さ」を同時に決定することが出来ず、電子の状態は「速さ」に対応する「運動量」と電子の自転の方向に対応する「スピン」で決まります。低温で「運動量」と「スピン」が反対向きの2つの電子がペアとなることで、電気抵抗がゼロになる超伝導状態となります。この電子のペアをBCS理論の構築でノーベル賞を受賞した3人の科学者バーディーン・クーパー・シュリーファーの一人であるクーパーの名前にちなんで、「クーパー対」と呼びます。クーパー対を作るには2つの電子対を繋げる「のり」が必要ですが、非従来型超伝導体においては電子の運動の方向によってその「のり」の強さが異なる場合があります(図1)。この「のり」の強さが「超伝導ギャップ」です。非従来型超伝導体では電子の運動の方向によって「のり」の強さが異なる場合があり、「のり」が全く働かない方向があると、その方向では超伝導ギャップはゼロになります。これが超伝導ギャップの「ノード」です。「ノード」の有無や「ノード」の方向を特定することが出来れば、「のり」の正体も特定することが出来ます。

(注5) 非従来型超伝導体

「従来型超伝導体」では物質中の原子核の振動「フォノン」がクーパー対を作る「のり」になっていますが、フォノン以外の電子の相互作用が「のり」になっていると考えられる超伝導体は「非従来型超伝導体」と呼ばれます。鉄系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体(注6)などの超伝導転移温度が比較的高い超伝導体はいずれも非従来型超伝導体であり、「のり」の正体を特定することがより高い温度での超伝導を実現するために重要となっています。

(注6) 銅酸化物高温超伝導体

1986年にベドノルツとミューラーによって発見された銅と酸素を含む超伝導体の総称。この発見により2人は1987年のノーベル物理学賞を受賞した。この発見により超伝導の転移温度の記録が短期間のうちに著しく上昇し液体窒素の沸点(-195.8 ℃、77 K)も超えるきっかけとなりました。

(注7) 時間反転対称性

電子の自転に対応する「スピン」の向きを逆向きにするなど、時間を反転させることに対応する操作に対して物理量が不変である事を時間反転対称性と言います。強磁性体では、上向きと下向きのスピンの数が異なっているので、時間反転対称性が破れています。時間反転対称操作は物理量の複素共役を取る事に対応するので、超伝導ギャップが複素数になる場合にも時間反転対称性が破れることになります。FeSeでは、電子ネマティック秩序のドメイン境界において超伝導ギャップが複素数になる事で時間反転対称性が破れ、超伝導ギャップのノードが消失すると考えられています。

(公開日: 2018年01月19日)