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非常に強い電子間の相互作用を持つゼロギャップ半導体を発見

東京大学
東京大学 物性研究所

発表のポイント

  • ゼロギャップ(注1)半導体において、約180という非常に大きな比誘電率(注2)を初めて観測しました。
  • 強いと予測されていた電子間の相互作用(注3)の大きさは、電子の運動エネルギーに比べて2桁程度も大きいことを実証しました。
  • ゼロギャップ半導体において、電子間の相互作用の役割を理解することで、さらに新しい物理現象の発見が期待されます。

発表概要:

東京大学物性研究所の中辻 知教授、リップマー ミック准教授らの研究グループは、米国ジョンズ・ホプキンス大学との共同研究で、ゼロギャップ半導体として知られるイリジウム酸化物Pr2Ir2O7テラヘルツ(注4)分光を用いて調べたところ、5ケルビン(マイナス268℃)という低温にて、これまで他のゼロギャップ半導体で知られていた値の数十倍以上高い約180という非常に大きな比誘電率を観測し、電子間の相互作用も非常に強いことを実証しました。

高いモビリティや量子ホール効果などのトポロジカルな機能のために、ゼロギャップ構造の半導体が近年注目されています。その中でも、quadratic band touchingを持つラッティンジャー半金属(図1、注5)と呼ばれる状態の物質では、電子間の強い相互作用が通常の金属では期待できない新しい電子状態を作り出すことを、40年以上前に予測されていました。しかし、これまでに知られていたα-スズ(注6)やテルル化水銀といった物質では電子の有効質量(注7)が小さいため、電子間の相互作用も弱く、その効果を実験的に明らかにすることは困難でした。

今回研究グループは、有効質量の大きなPr2Ir2O7を用いて、電子間の相互作用の尺度となる比誘電率の値を調べ、相互作用の大きさは運動エネルギーに比べて2桁程度も大きいことを実証しました。今後、ゼロギャップ半導体における電子間の相互作用の役割を理解することで、新しい物理現象の発見に繋がると期待されます。

この研究成果は、英国時間2017年12月13日午前10時(日本時間12月13日午後7時)に、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

図1 ゼロギャップ半導体のひとつで、2次分散バンドが一点で接した「ラッティンジャー半金属状態」のバンド構造 電子(青い球)で満たされた価電子帯と空の伝導帯は、3次元の放物線型をしており、両者はフェルミ準位上の一点で接している。
図1 ゼロギャップ半導体のひとつで、2次分散バンドが一点で接した「ラッティンジャー半金属状態」のバンド構造

電子(青い球)で満たされた価電子帯と空の伝導帯は、3次元の放物線型をしており、両者はフェルミ準位上の一点で接している。


発表内容:
①研究の背景

物質のさまざまな性質を調べる物性物理学の分野では、新奇な物理的性質を示す物質の探索が精力的に行われています。そのなかでも、高いモビリティや量子ホール効果などのトポロジカルな機能のために、近年世界的に大きく注目されている物質群が、ゼロギャップ構造の半導体(ゼロギャップ半導体)です。例えば、価電子帯と伝導帯が接する点近傍で線形のバンド構造をもつグラフェン(注8)のような物質内では、電子はあたかも質量がゼロであるかのように振る舞うことが知られており、次々と新しい現象が発見され、2010年のノーベル物理学賞の対象となりました。このような大変興味深いゼロギャップ構造に潜んでいる物理は、これまでは一般的には電子間の相互作用が弱い場合においてのみ研究されてきました。

一方で、ゼロギャップ構造の他の例として、2つのバンドが接する点近傍でバンド構造が放物線的であるquadratic band touchingを持つラッティンジャー半金属と呼ばれる状態があります(図1)。この状態では、バンド構造が線形である場合とは異なり、電子間の相互作用が強く、通常の電子の概念が破綻するような新しい金属状態が現れるということが40年以上前に予測されていました。Quadratic band touchingという状態にある物質の具体例として、これまでα-スズやテルル化水銀が知られていましたが、これらの物質内では電子の有効質量が小さく、したがって電子間の相互作用も弱いために、その効果を実験的に明らかにすることができていませんでした。

②研究内容と成果

図2 誘電率の温度依存性低温でこれまで知られているゼロギャップ半導体(たとえばHgTeやα-Sn)の値の数十倍以上大きな値を示す。価電子帯と伝導電子帯が接するエネルギーから測ったフェルミ準位が小さいほど、大きな誘電率を低温で示す。
図2 誘電率の温度依存性
低温でこれまで知られているゼロギャップ半導体(たとえばHgTeやα-Sn)の値の数十倍以上大きな値を示す。価電子帯と伝導電子帯が接するエネルギーから測ったフェルミ準位が小さいほど、大きな誘電率を低温で示す。

本研究では、強い電子間相互作用の効果を明らかにするために、プラセオジム(Pr)とイリジウム(Ir)からなる酸化物Pr2Ir2O7を研究対象としました。この物質は、バンド構造としてquadratic band touchingを持つラッティンジャー半金属であり、有効質量は真空中の自由電子に比べて約6倍重いことが分かっていました。Pr2Ir2O7にテラヘルツ波を照射し、その電荷応答を観測・解析したところ、5ケルビンという低温において約180という非常に大きな比誘電率が得られました(図2)。これは低温でこれまで知られているゼロギャップ半導体(たとえばα-Sn, HgTe)の値の数十倍以上大きな値です。また、quadratic band touchingというバンド構造をもつラッティンジャー半金属では、比誘電率は電子間の相互作用の大きさを見積もる尺度となります。このことを利用して、今回の実験で得られた比誘電率の値から電子間の相互作用の強さを見積もると、相互作用の大きさは電子の運動エネルギーの大きさに比べて2桁程度も大きいことが明らかになりました。このことは、今後、電子濃度のチューニングにより、フェルミ準位を価電子帯と伝導電子帯が接するエネルギーに持ってくれば、通常の電子描像が破綻する新しい電子状態が現れることを強く示唆しています。

③今後の展望

今回、ゼロギャップ半導体のうち、quadratic band touchingを持つラッティンジャー半金属では、電子間の相互作用が非常に強いことを実証しました。今後、そのさまざまな機能性から世界的に注目されているゼロギャップ半導体の性質を決める上で電子間の相互作用がどのような役割を果たしているのかという理解がさらに進むことで、新しいタイプの金属状態の創出と、その新しい機能性の創出につながると期待されます。

なお本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」(課題番号:JPMJCR15Q5、研究代表者:中辻 知)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:16H02209, 26105002)ならびに戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(課題番号:R2604、主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 所長)、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J-Physics:多極子伝導系の物理」(課題番号:15H05882、研究代表:播磨 尚朝)における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」(課題番号:15H05883、研究代表者:中辻 知)の助成のもとに行われました。

発表雑誌:


用語解説:

(注1)ゼロギャップ構造
金属・半導体・絶縁体といった物質の特徴は、電子がとりうるバンド構造(電子のエネルギーを、電子を波としたときの波数の関数として表したもの)で決まっている。半導体や絶縁体では、価電子帯(電子で満たされたバンド)と伝導帯(満たされていないバンド)との間にエネルギーギャップ(バンド構造において電子が存在できない領域)が存在するが、この価電子帯と伝導帯とが1点で接していて(図1)、エネルギーギャップがゼロの状態をゼロギャップ構造と呼ぶ。
(注2)比誘電率
物質の誘電率(ε)と真空の誘電率(ε0)の比(ε/ε0)のこと。比誘電率は、単位をもたない無次元量である。
(注3)電子間の相互作用
電子はマイナスの電荷を持っているので、電子同士が近づくとクーロン力によってお互いに反発しあう。
(注4)テラヘルツ波
電磁波のうち、周波数が300ギガヘルツ(3×1011ヘルツ)から3テラヘルツ(3×1012ヘルツ)程度のものを指す。
(注5)quadratic band touching、ラッティンジャー半金属
ゼロギャップ構造の内、放物線的なバンド構造を持つ価電子帯と伝導帯がフェルミ準位(電子が占めている最大のエネルギー準位)上の一点で接している状態。フェルミ準位には一点しか状態がないゼロギャップ半導体であり、ラッティンジャー半金属と呼ばれる。
(注6)α-スズ
スズは、常温・常圧下では正方晶で金属のβ-スズ(白色スズ)が安定であるが、13 ºC以下の低温ではダイヤモンド型構造で非金属のα-スズ(灰色スズ)が安定となる。
(注7)電子の有効質量
固体中の電子は、真空中の自由電子の質量に対して、見かけ上異なる質量を持っているように観測される。これを有効質量と呼ぶ。電子間の相互作用が強い場合、電子は動きにくくなり、有効質量は大きくなる。
(注8)グラフェン
鉛筆の芯に使われているグラファイトは炭素だけからなる層状物質であるが、ここから1層だけ取り出したものがグラフェンである。グラフェンはゼロギャップ構造をとるが、2つのバンドが接する(交差する)点近傍で、バンド構造は線形である。このようなバンド構造をもつ物質内の電子は、ディラック電子と呼ばれる。ディラック電子の質量はエネルギーギャップの大きさに比例するが、グラフェンではエネルギーギャップがゼロであるため、電子の有効質量はゼロである。

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(公開日: 2017年12月14日)