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量子センサで“見えない磁石”の構造を解明 ―八極子磁壁の正体に迫る―

東京大学大学院理学系研究科の塚本萌太大学院生(当時)、肥後友也特任准教授(当時)、佐々木健人助教、中辻知教授、小林研介教授らによる研究グループは、東京大学物性研究所の大谷義近教授、三輪真嗣准教授、理化学研究所の近藤浩太上席研究員(当時)およびスイス連邦工科大学チューリッヒ校のChristian Degen(クリスチャン デーガン)教授、Pietro Gambardella(ピエトロ ガンバルデーラ)教授 らと共同で、八極子秩序(注1)のある反強磁性体(注2)磁壁(注3)の内部構造の観測に成功しました。

反強磁性体の磁区構造(注3)は、次世代の高速・省エネスピントロニクス(注4)デバイスの鍵となる構造です。反強磁性体は周囲に磁場をほとんど漏らさないという特性から高い集積度が期待されますが、その特性ゆえに、磁区や磁壁といった内部構造の観測が非常に困難でした。本研究は、高品質なMn3Sn結晶の磁区制御の過程をダイヤモンド量子センサ(注5)で測定することで、わずかな漏れ磁場の変化から、八極子秩序を保った磁壁の内部構造を明らかにしました。本成果は、多極子秩序に関する基礎的理解を深めるとともに、今後のデバイス開発に向けた指針を提供するものです。なお、本研究成果はPhysical Review B にLetter論文として出版され、さらにEditors’ suggestionに選定されました。

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ダイヤモンド量子センサによる八極子磁壁の高精度測定
拡張磁気八極子(六角形)の秩序方向(青と赤の向き)が空間的に変化している構造(磁壁)の測定イメージ。磁気八極子は6つの磁気双極子(灰色矢印)から構成されています。ナノスケールの量子センサを物質表面でスキャンして計測することで、八極子の空間的な構造を明らかにしました。

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発表論文

  • 雑誌名:Physical Review B (Letter, Editors’suggestion)
  • 題 名:Observation of chiral domain walls in an octupole-ordered antiferromagnet
  • 著者名: Moeta Tsukamoto*, Zhewen Xu, Tomoya Higo, Kouta Kondou, Kento Sasaki, Mihiro Asakura, Shoya Sakamoto, Pietro Gambardella, Shinji Miwa, YoshiChika Otani, Satoru Nakatsuji, Christian L. Degen, Kensuke Kobayashi(*責任著者)
  • DOI:10.1103/njnm-nl6n

用語解説

(注1)八極子秩序
磁性体は、N極とS極を1つずつ有する磁気双極子を基本単位とします。それらが平行や反平行などに揃った状態(秩序状態)を形成することで、磁石のような性質を示します。本研究で取り扱うMn3Snの場合は、6つの磁気双極子が集まって1組となり、N極とS極が4つずつ存在する「拡張磁気八極子」を基本単位として捉えることができます。
(注2)反強磁性体
磁石のように自発的に磁気双極子が平行方向に揃った磁性体は、強磁性体と呼ばれます。反対に、磁気双極子が自発的に反平行もしくはその他の組み合わせにより、その効果を互いに打ち消しあうような向きで秩序している磁性体を、反強磁性体と呼びます。本研究では、6つの磁気双極子の組み合わせで反強磁性の秩序が実現されています。
(注3)磁区構造・磁壁
強磁性や反強磁性では、その秩序の様子を方向で特徴づけることができます。この秩序方向が揃った領域が磁区であり、異なる磁区の境界線が磁壁です。磁壁では、秩序方向が空間的に連続的に変化しており、その変化の仕方には複数の種類があります。本研究では磁壁がすべて左ネール磁壁(注6) で統一されることが分かりました。
(注4)スピントロニクス
物質中の電子が有する電荷とスピンの両方を活用する物理学の分野やデバイスのことです。スピンは磁気的性質を持つため、物質の磁性と大きく関わります。従来は一般の永久磁石のような強磁性体が使われてきましたが、反強磁性体を用いることで更なる集積化や高速化が期待されています。
(注5)ダイヤモンド量子センサ
ダイヤモンド結晶中には、窒素と炭素位置欠損のペアで構成される結晶欠陥が存在することがあります。この欠陥にはスピンが存在し、その量子状態を制御・読み出すことが可能です。量子センシングとは、複数の量子状態やその関係性の外場による変化を検出することで、外場を今までにない高感度かつ高精度に 計測することです。本研究では微細加工されたダイヤモンド針中に1つだけ存在する結晶欠陥を用いて、磁場による変化を高精度に観測しています。
(注6)左ネール磁壁
磁壁には、秩序方向の空間的変化の仕方により、ブロッホ磁壁、ネール磁壁の2種類があります。ネール磁壁は回転の巻き方(カイラリティと呼ばれる)によって右巻きと左巻きがあり、通常は2つの巻き方の磁壁が半分ずつの確率で現れます。しかし本研究では、左巻きのネール磁壁のみが観測されました。

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(公開日: 2025年07月18日)