テンソルネットワークによる生成モデル ―株式騰落パターンから相関構造が発現―
京都大学大学院情報学研究科原田健自助教、東京大学大学院理学系研究科大久保毅特任准教授、東京大学物性研究所川島直輝教授は、テンソルネットワーク(以下TN)注1をベースとした生成モデル注2の新しい構築法を提案し、その有効性を示しました。生成モデルはほとんどの場合ニューラルネットワークがベースとして使われており、ネットワーク構造の最適化についてはまだあまり研究が進んでいません。本研究では、ツリー型TNとして表現された波動関数と確率分布の対応関係を利用したボルンマシン注3を考え、これに対してネットワーク構造最適化を行う生成モデル構成方法(適応的テンソルツリー、ATT)を提案し、その有効性を実証しました。具体例として、株式の騰落パターンのデータからATTによって生成モデルを構築すると、学習が進むにつれて株式銘柄間の相関関係が自然とネットワーク構造に反映されていく様子が観察されました。ATTによってどのようなサンプルに対しても生成モデルを構築することができるため、従来は捕捉しにくかったさまざまな相関構造の解明や新しいAI構築のための枠組みとしても役立つものと期待できます。
本研究成果は、2025年4月1日に、国際学術誌「Machine Learning: Science and Technology」にオンライン掲載されました。

適応的テンソルツリー(ATT)をベースにしたボルンマシンがS&P500の約10年分の騰落パターンを学習することで生成したツリー構造。各点は企業を表し、色は業種(セクター注4)ごとに変えてある。業種情報はATTに与えていないが、おおよそ業種ごとに近い関係にあることを「発見」していることがわかる。
発表論文
- タイトル:Tensor tree learns hidden relational structures in data to construct generative models(テンソルツリーは生成モデルの構成においてデータ内の隠れた関係を学習する)
- 著 者:Kenji HARADA, Tsuyoshi OKUBO, Naoki KAWASHIMA
- 掲 載 誌:Machine Learning: Science and Technology
- DOI:10.1088/2632-2153/adc2c7
用語解説
- 注1)テンソルネットワーク(TN)
- 量子力学における波動関数や、統計力学における格子モデルなどを多数のテンソルの部分縮約として表現したもので、統計力学分野でスピンモデルの解法に古くから用いられていたが、量子情報の研究者が波動関数の表現手法として利用したことから注目されるようになった。計算手法として用いられることが多い一方、近年は解析的な理論構築のための基礎としても有用であることが分かり、その応用範囲の広さから近年盛んに研究されている。
- 注2)生成モデル
- 多数のサンプルからその背後にある確率分布関数を学習し、その確率分布に従って新しいサンプルを生成する仕組み。現在は、大規模言語モデルを通じて多くのAIに取り入れられている。
- 注3)ボルンマシン
- 波動関数によってターゲットとなる分布関数を表す方法。一般に、量子力学においては、波動関数の振幅の2乗が確率分布を表すが、これをボルン則という。本研究では、現実の量子系ではなく、仮想的な波動関数を考えている。そうすることで、波動関数が非負実数でなくても確率分布に対応させることができ、テンソル成分の最適化の際の拘束条件がなくて済むという計算上の利点がある。また、ボルンマシンは量子ゲートによる実装が原理的には可能であり、本研究のATTが将来的には量子計算として実現できる可能性もある。
- 注4)セクター
- S&P500の銘柄を業種ごとに分類したもので、全部で11のセクターがある。
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(公開日: 2025年04月07日)