磁場方向にだけ絶縁化する半金属 –超量子極限状態における異常な電気伝導–
物性研究所の山口侑真氏(徳永研究室元修士課程学生)らは東京都立大学、東京理科大学、神戸大学、東北大学との共同研究により、BiSb合金の単結晶試料に対して60テスラまでのパルス強磁場下における磁気輸送特性を調べ、奇妙な電気伝導特性を示す状態を見出しました。
金属に非常に強い磁場を印加すると、すべてのキャリアが最低エネルギーを持つ量子状態だけを占有する量子極限状態が実現されます。この量子極限状態からさらに磁場を増加した超量子極限状態ではキャリアの運動が抑制され、電子間相互作用が支配的となる強相関状態になります。三次元の金属が超量子極限状態に到達した時に強相関効果によってどのような量子現象が現れるかは根源的な問題として古くから認識されてきましたが、典型的な金属でこの状態に到達するには一万テスラを超える磁場が必要であり、この問題を解決する実験はほとんど行われてきませんでした。
本研究グループはBiSb合金に着目し、強磁場下での電気的特性を調べました。このBiSb合金は無磁場下では電子と正孔が共存する半金属ですが、結晶の3回軸と垂直な方向に十分強い磁場磁場を印加するとキャリアが消失して半導体になることが期待されている物質です。今回、印加磁場が30テスラを超えたあたりから縦磁気抵抗(磁場と電流が平行な配置での電気抵抗)が発散的に増大する振る舞いを観測しました(図1)。一方で同じ方向に磁場をかけた状態で横磁気抵抗(磁場と電流が垂直な配置での電気抵抗)を測ると金属に特徴的な量子振動が観測されました。
この量子振動の解析から測定試料は30テスラを超えたあたりから完全バレー分極を伴う量子極限状態にあり、60テスラまでの磁場範囲では有限の電子と正孔が残った超量子極限状態にあることがわかります。超量子極限状態でなぜ磁場方向にだけ電流が流れなくなるかは今後解明する必要がありますが、磁場で増強された電子相関の影響で実現した新奇量子状態である可能性があります。同様の現象は他の半金属でも期待され、トポロジカル半金属と呼ばれる物質群に磁場で調整可能な電子相関の効果が付与されると何が起こるか、今後の展開が注目されます。
本研究成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Sosciety of Japan (JPSJ)の2025年4月号に掲載され、編集者の注目論文に選出されました。
発表論文
- 雑誌名:Journal of the Physical Society of Japan
- 論文タイトル: Insulating Behavior in the Quantum Limit State of Bi1−xSbx (x ∼ 0.04) in the Vicinity of Semimetal–Semiconductor Transition
- 著者: Yuma Yamaguchi, Takuya Fujita, Yuto Kinoshita, Akiyoshi Yamada, Atsushi Miyake, Ryota Hiraoka, Tatsuma D. Matsuda, Ryo Ninohira, Ryosuke Kurihara, Hiroshi Yaguchi, Yuki Fuseya, and Masashi Tokunaga
- DOI:https://doi.org/10.7566/JPSJ.94.043701