空気分子と金属表面を利用した広帯域THzパルスのギャップレス検出法の開発
東京大学物性研究所の田中駿介助教、室谷悠太特任研究員、藤本知宏大学院生、松田拓也学振特別研究員(PD)(現:東大理物 特任助教)、神田夏輝助教(現:理研 研究員)、松永隆佑准教授、吉信淳教授らは筑波大学の佐藤駿丞助教とともに、空気分子から発生するTHz電場誘起の第二高調波(TFISH)光と金属表面からの第二高調波発生(SHG)光を干渉させヘテロダイン検出することによりTHzパルスの時間領域電場波形を測定し、広帯域の周波数スペクトルを得るair-metal coherent detection (AMCD)法を新たに開発しました。
テラヘルツ(THz)時間領域分光法は、THzパルスのエネルギーが固体や分子の様々な素励起をカバーしていることから、イメージング、分子分光、固体物性など多くの研究分野で注目を集めています。電気光学(EO)サンプリングや光伝導アンテナに代表されるように、THzパルスの時間波形を検出する様々な方法が提案されてきました。これらの多くは固体(誘電体・絶縁体)結晶を用いた検出方法であるため、結晶の格子振動に由来する吸収や位相整合条件が時間領域波形に影響を与えてしまいます。特に、周波数成分が0.2 – 20 THzに渡る広帯域THzパルスの時間波形を評価するときは、この格子振動の影響によってTHzパルスを検出できない周波数帯がギャップとして現れてしまいます。
今回開発したAMCDは、図1(a)のように、Ti:Sapphireレーザーの出力を二つに分け、一方を広帯域THzパルス発生に用い、もう一方をSHGの基本波光として用います。それら二つのパルスを大気中に配置された金属表面に集光し、その過程で発生したSHG光を検出します。Pt表面を用いたAMCDにより評価したTHzパルスの時間波形が図1(b)で、それをフーリエ変換して得た周波数スペクトルが図1(c)です。AMCDは、20 THzまでギャップレス検出可能であることが示されました。この結果は空気分子から発生したTFISH光と金属表面からのSHG光の干渉として理解できることを提案し、この解釈は波動方程式を用いた数値シミュレーションからもよく説明することができました。重要なのは金属表面の反射を使うということで、金属では格子振動が遮蔽されるためギャップレスな検出が可能になります。
広帯域THzパルスをギャップレスに評価する方法として、これまでair-biased coherent detection(ABCD)が用いられてきました。ABCDでは、空気分子からのTFISH光と電極構造により高電圧が印加された空気分子から発生する電場誘起第二高調波(EFISH)光の干渉を利用しています。このため、ABCDは電極構造、高電圧電源を必要とします。これに対して、今回開発したAMCDは、高電圧電源によるバイアスなしで金属ミラーさえあれば0.2 – 20 THz領域の周波数成分をギャップレス検出できることから、簡便に広帯域THzパルスの時間波形検出できる方法として普及することが期待されます。
本研究の成果は2023年6月20日に、米国科学誌『Applied Physics Letters』にオンライン掲載され、Featured articleに選ばれました。
発表論文
- 雑誌名:Applied Physics Letters
- 論文タイトル:Gapless detection of broadband terahertz pulses using a metal surface in air based on field-induced second-harmonic generation
- 著者: Shunsuke Tanaka, Yuta Murotani, Shunsuke A. Sato, Tomohiro Fujimoto, Takuya Matsuda, Natsuki Kanda, Ryusuke Matsunaga, and Jun Yoshinobu
- DOI: 10.1063/5.0153667