「磁気的な悪魔の階段」の手前に「隠れた状態」を発見
東京大学物性研究所国際超強磁場科学研究施設の今城周作特任助教、松山直史大学院生、野村肇宏助教、金道浩一教授、小濱芳允准教授らの研究グループは東北大学金属材料研究所の木原工助教(現岡山大准教授)、中村慎太郎助教、CEA-GrenobleのChristophe Marcenat教授、Thierry Klein教授、Gabriel Seyfarth准教授、京都大学のChengchao Zhong大学院生(現立命館大助教)、陰山洋教授、理化学研究所の桃井勉専任研究員と共同で、量子磁性体SrCu2(BO3)2が強磁場中で示す「磁気的な悪魔の階段」の手前に実は磁気的に隠れた状態が存在していることを発見しました。
SrCu2(BO3)2は20年以上前に二次元量子スピン系として認識された物質です。この磁気状態はShastry-Sutherland模型と呼ばれる模型で記述できることが知られ、強い幾何学的フラストレーションが働くことで、局在したスピンが強磁場領域で多彩なWigner格子を形成します。そのためSrCu2(BO3)2では、スピンのWigner格子間で多段の磁気相転移がおこります。これは図に示すような階段状の磁化過程として観測され、「磁気的な悪魔の階段」と呼ばれています。
SrCu2(BO3)2は27テスラ以上の強磁場領域で「磁気的な悪魔の階段」がスピンの固体状態として出現し、27テスラ以下ではスピンは無秩序な気体状態となると信じられていました。一方で、一般的な物質では固体と気体の中間状態として液体や液晶相があるように、スピンの固体と気体の状態の間にも中間的な状態があるのではないか?という疑問が湧きます。しかし、これまでの磁気的測定ではSrCu2(BO3)2の中間相は確認されていませんでした。
そこで本研究では、物性研の43テスラパルスマグネット、東北大金研の28テスラハイブリッドマグネット、フランスLNCMI-Grenobleの35テスラ常伝導マグネットという複数の世界的強磁場施設の先端的磁場発生技術を結集し、精密熱測定を行いました。その結果、「磁気的な悪魔の階段」のそばに「隠れた状態」が中間相として27テスラ以下に存在することを発見しました。理論計算による予想は、この隠れた状態はスピンネマティック状態というスピンの量子的な液晶状態である可能性を示しています。
近年、固体・気体といった古典的概念が量子磁性体に対しても適用できると議論されています。今回は、量子的な液晶を確認したということで、今後の量子磁性体の理解が更に加速していくと期待されます。
なお、本研究は「強磁場コラボラトリー」の支援を受けて実施され、その成果は2022年9月29日(木)公開のPhysical Review Letters誌に掲載されました。
発表論文
- 雑誌名:Physical Review Letters
- 論文タイトル:Magnetically Hidden State on the Ground Floor of the Magnetic Devil’s Staircase
- 著者: S. Imajo, N. Matsuyama, T. Nomura, T. Kihara, S. Nakamura, C. Marcenat, T. Klein, G. Seyfarth, C. Zhong, H. Kageyama, K. Kindo, T. Momoi, and Y. Kohama
- DOI:doi.org/10.1103/PhysRevLett.129.147201