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銅鉱物に由来するカゴメ磁性体の磁気構造を特定 ーフラストレーションが作り出す渦巻構造の起源解明に貢献ー

北海道大学大学院理学研究院の井原慶彦講師らの研究グループは、オックスフォード大学クラレンドン研究所の大熊隆太郎博士、東京大学物性研究所の広井善二教授らとの共同研究により、カペラサイト鉱*1と呼ばれる銅鉱物に由来するカゴメ反強磁性体*2においてベクトルカイラリティ*3がそろった磁気秩序構造が実現していることを発見しました。

fig1

図:カペラサイト鉱のカゴメネットワーク上で実現している磁気構造。1→2→3の順番に磁気モーメント(赤矢印)を見ていくと、正のカイラリティでは磁気モーメントが時計回りに、負のカイラリティでは反時計回りに回転するという違いがある。右に示す磁気構造では全ての3角形上で負のカイラリティが実現している。

カゴメ反強磁性体では磁性の担い手である銅イオンが3角形の頂点に配置されているために、銅イオンが持つ磁気モーメント*4が互いに反平行を向く基本的な反強磁性構造を取ることができません。これによりフラストレーション*5を感じた磁気モーメントは極低温までふらふらと揺らぎ続けるため、量子効果が強く表れた不思議な磁気状態が出現することが期待されます。しかし、量子効果を反映した多様な磁気構造を実験的に特定することは困難であり、これまでに磁気構造を明らかにした研究はわずか数例しかありません。本研究では、整列した磁気モーメントの周期的パターンを捉えることができる中性子回折実験と、磁気モーメントの局所的な配置を観測できる核磁気共鳴実験を相補的に用いることで、非常に低い温度で安定化される磁気秩序構造の決定に成功しました。

今回、カペラサイト鉱において観測された磁気構造では、局所的な磁気モーメントの渦巻構造が試料全体にわたって一様にそろっています。このような渦巻状の磁気構造では、熱流の方向を磁場で曲げる熱ホール効果*6や低エネルギーでの磁気情報伝達など、量子効果を反映した磁気特性が現れます。カペラサイト鉱の磁気構造を特定したことで、基礎科学研究の観点からこの磁気構造に由来する量子磁性の起源解明を促進するだけでなく、量子磁性材料としてスピントロニクス分野や量子情報分野への応用研究に貢献することも期待されます。

なお、本研究成果は、2022年7月1日(金)公開のPhysical Review B誌に掲載されました。

北海道大学発表のプレスリリース

論文情報:

  • 論文名:Negative-chirality order in the S = 1/2 kagome antiferromagnet CdCu3(OH)6(NO3)2⋅H2O(S=1/2カゴメ反強磁性体CdCu3(OH)6(NO3)2⋅H2Oにおける負のカイラリティ秩序)
  • 著者名:Yoshihiko Ihara1、Ryoga Hiyoshi1、Masakazu Shimohashi1、Kaoru Hayashi1、Ryutaro Okuma2、Fabio Orlandi、Pascal Manuel、Gøran J. Nilsen、and Zenji Hiroi1北海道大学大学院理学研究院、2オックスフォード大学クラレンドン研究所、3東京大学物性研究所、4ISIS中性子ミューオン科学研究所)
  • 雑誌名:Physical Review B(磁性物理学の専門誌)
  • DOI:10.1103/PhysRevB.106.024401

用語解説

*1 カペラサイト鉱
銅鉱物の一種。銅イオンが形成するカゴメネットワークの中心に非磁性イオンが入っているという特徴を持つ。非磁性イオンの種類によってカドミウムカペラサイト(本研究)のほか、カルシウム、亜鉛、などが入った類縁物質が見つかっている。
*2 カゴメ磁性体
竹細工の籠の網目のような星形の結晶構造のこと(図右参照)。3角形が頂点を共有した構造であるため、磁気構造の自由度が大きく多彩な磁気構造が出現する可能性を秘めている。
*3 ベクトルカイラリティ
渦巻状の磁気モーメントの配置において渦の巻き方を特徴づけるパラメータのこと。図左に示すように磁気モーメントが時計回りの配置を正、反時計回りを負、と定量化することができる。
*4 磁気モーメント
磁性の起源となるミクロな磁石の性質のこと。磁性体では電子スピンが磁気モーメントを持つ。
*5 フラストレーション効果
磁気モーメント間の相互作用に競合が生じ、安定な磁気構造が決められなくなる効果のこと。例えば、近接する磁気モーメントを互いに反平行にそろえようとする相互作用がある場合、4角形の配置では上―下―上―下という安定な磁気構造を形成することができるのに対し、3角形の配置では上―下―上と並べたときに1番目と3番目の磁気モーメントが共に上向きになる平行の配置になってしまい、相互作用の競合が生じる。
*6 熱ホール効果
磁場により伝導電子の進行方向が曲げられるホール効果のように、熱流の方向が磁場で曲がる効果のこと。通常、物質中で熱を伝えるのは格子振動などであり磁場との相関は弱いため、熱ホール効果は見られない。磁場により熱流の方向を制御することで、熱の磁場スイッチなどへの応用可能性がある。
(公開日: 2022年07月12日)