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スーパーコンピュータ「富岳」による大規模物性データの自動創出 – 不規則系磁性材料におけるビッグデータの実現へ –

東京大学

発表のポイント

  • スーパーコンピュータ「富岳」を利活用することにより、約15万個に及ぶ不規則系磁性材料(4元高エントロピー合金)の大規模物性データベースを構築しました。
  • 「富岳」上で自動的に物性データを創出するソフトウェアを開発し、構築したデータベースに機械学習を適用することで、4元高エントロピー合金の電気抵抗法則を発見しました。
  • 本研究によって創出された膨大なデータは磁性材料開発にとって利用価値が非常に高いものであり、機械学習を用いることで材料開発速度を飛躍的に短縮されることが期待されます。

概要

東京大学物性研究所の福島鉄也特任准教授(兼 Beyond AI研究推進機構)、赤井久純特任研究員は、物質・材料研究機構の知京豊裕特命研究員、木野日織主任研究員と共同で、スーパーコンピュータ「富岳」(注1)上で膨大な数の不規則系(注2)磁性材料を自動網羅的に探索し、物性データを創出可能なソフトウェアの開発を行いました。「富岳」と本ソフトウェアを用いることで、約15万個という数の4元高エントロピー合金(注3)に対して全電子・電子状態計算(注4)を適用することにより、大規模物性データベースを構築することに成功しました。本研究で構築したデータベースは不規則性磁性材料における電子状態、磁気特性、伝導特性を含んでおり、世界で類を見ない非常に利用価値の高いものとなっています。さらに、機械学習を適用することにより、磁気特性を決定する支配因子や電気抵抗率の法則性の発見にも成功しています。

本研究では、「富岳」の計算能力を駆使することで、膨大な不規則性磁性材料の物性データを短時間で創出可能であることを実証しました。マテリアル・デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する上で、基盤となる研究であり、物性ビッグデータ実現の道筋を見いだしたとも言えます。

本成果は米国物理学会誌Physical Review Materialsの2月17日(現地時間)付でオンライン掲載される予定です。

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発表内容:

現在、物性データとデジタル技術を積極的に活用することで、マテリアル研究のあり方を革新するマテリアルDXが、産学官により積極的に進められています。この新たな研究様式では、計算または実験によって創出されたデータを対象に機械学習を適用することで、「機能」から「マテリアル」へと至る逆問題を高効率に解くことが重要になります。しかしながら、無機材料のデータ量は「スモールデータ問題」と呼ばれるほど少ないため、機械学習の手法を有効に活かせず、広範囲の材料空間を効率的に探索できていません。それゆえ、マテリアルDXにおいて、我が国の国際競争力を向上するためには、世界に先んじて材料開発にとって利用価値の高い高品質のデータを創出し、物性ビッグデータを実現する必要があります。

スーパーコンピュータ「富岳」は、2021年11月に4部門で4期連続の世界1位を獲得しました。「富岳」は基礎科学、気象、防災、医療等の幅広い分野で用いられていますが、産業分野においても画期的な成果を期待されています。本研究グループが参加している「富岳」成果創出加速プログラム(大規模計算とデータ駆動手法による高性能永久磁石の開発)では、このような要請に応えるため、基盤的シミュレーション手法の開発、そして不規則系磁性材料を対象とした大規模物性データベースの構築を通じ、高性能磁性材料の開発を目指しています。

欧米を中心に第一原理電子状態計算を用いた物性データベースの構築が活発に行われています。しかし、その対象は単純物質や化合物を対象としており、データ内容も電子状態や安定性といったシンプルなものです。本研究グループは長年にわたって国産の電子状態計算ソフトウェア「AkaiKKR」(注5)の開発を行ってきました。「AkaiKKR」の特徴は、合金等の不規則系材料を高速・高精度に取り扱える点にあります。また、有限温度における磁気特性や伝導特性といった磁性材料の開発にとって非常に重要な物理量を計算することが可能です。他の電子状態計算手法では、このような系や物理量を高速に計算することはできません。

本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」と「AkaiKKR」を用いることにより、約15万個の4元高エントロピー合金から成る広大な材料空間を自動網羅的に探索することで、電子状態、磁化、強磁性転移温度、残留抵抗を含むユニークで利用価値の高い大規模物性データベースの構築に成功しました。計算の収束性制御などは全自動であり、1週間以内に15万個のターゲットを計算可能です。図1は自動網羅計算によって得られた結果を示しており、図1(右)は磁化、強磁性転移温度、残留抵抗を軸にとった3次元散布図です。各点が一つの系に対応しています。このデータベース高性能軟磁性材料をスクリーニングするための指針にもなります(オレンジ色で囲まれている領域が候補物質)。また、頻出パターンマイニング(注6)による区間特徴量特定を適用することで、4元高エントロピー合金の磁気特性を支配している特徴量(元素種やスピン配置)を明らかにしました(図2参照)。さらに、機械学習によってマテリアル研究者が理解可能な有効モデルを構築することで、4元高エントロピー合金における電気抵抗率の法則性を発見しました。不規則系磁性材料の電気抵抗率は電子・不純物・スピン散乱の影響が複雑に絡み合って生じます。それゆえ、電気抵抗率の物質依存性を発見するのは非常に困難でした。今回、膨大なデータと機械学習を組み合わせることで、はじめて法則性を見出すことができました。

fig1

図1.(左)面心立方格子(FCC)と体心立方格子(BCC)を有する4元高エントロピー合金(HEA)から成る材料空間(合計147,630個)。例としてMn、Fe、Pd、Wが記されている。(右)「富岳」と「AkaiKKR」による自動網羅計算の結果(BCCの場合のみ)。各軸は磁化、強磁性転移温度、残留抵抗に対応する。オレンジ色の領域は高性能軟磁性材料として有望な系である。

fig2

図2. 4元高エントロピー合金における磁気特性の頻出パターンマイニング。(左)(磁化、強磁性転移温度)マップの区画分割、カラーバーは各区画の物質数を示す。(右)頻出パターンマイニングによる元素特徴特定により、各区画での支配元素を抽出できる。

本研究は、「富岳」の計算能力と国産ソフトウェアがあってこそなし得たものであり、マテリアルDXにおいて基盤となる大規模物性データベースを構築したモデルケースです。本研究で開発したソフトウェアは、4元高エントロピー合金だけでなく、永久磁石材料やスピントロニクス材料等へ適用することができます。そのため、データ駆動により新たな知識や法則性を見つけ出すことが可能になると同時に、多様な材料の開発が大幅に短縮されることが期待されます。

本研究は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「大規模計算とデータ駆動手法による高性能永久磁石の開発」(JPMXP 1020200307)の一環として実施されたものです。また、本研究の一部は、スーパーコンピュータ「富岳」の計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号 hp210179)。上記に加え、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 18K04926、20K05068、21H01375)、科学技術振興機構のCREST(課題番号 JPMJCR1777、JPMJCR18I2)と未来社会創造事業(課題番号 JPMJMI18G5、JPMJMI21G2)の支援を受けて行われました。

発表者:

  • 福島 鉄也(東京大学物性研究所 データ統合型材料物性研究部門 特任准教授/Beyond AI研究推進機構)
  • 赤井 久純(東京大学物性研究所 附属計算物質科学研究センター 特任研究員)
  • 知京 豊裕(物質・材料研究機構 (NIMS) 統合型材料開発・情報基盤部門(MaDIS) デバイス材料設計グループ 特命研究員)
  • 木野 日織(物質・材料研究機構 (NIMS) 統合型材料開発・情報基盤部門(MaDIS) デバイス材料設計グループ 主任研究員)

発表雑誌:

  • 雑誌名:Physical Review Materials 6, 023802 (2022)
  • 論文タイトル:Automatic exhaustive calculations of large material space by Korringa-Kohn-Rostoker coherent potential approximation method applied to equiatomic quaternary high entropy alloys
  • 著者:Tetsuya Fukushima*, Hisazumi Akai, Toyohiro Chikyow, and Hiori Kino
  • DOI: 10.1103/PhysRevMaterials.6.023802

用語解説:

(注1)スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所に設置された計算機。令和2年6月から令和3 年11月にかけてスパコンランキング4部門で1位を4期連続で獲得するな ど、世界トップの性能を持つ。令和3年3月9日に本格運用開始。
(注2)不規則系
理想結晶では原子が3次元方向に対して規則的に並んでおり、このような系を規則系と呼ぶ。逆に、欠陥を含む系や合金等は周期性が壊れており不規則系と呼ばれる。不規則系では並進対称性が存在しないため、ブロッホの定理が満たされない。その結果、一般的な電子状態計算手法で不規則系を取り扱う際には、スーパーセル法と呼ばれる近似的手法を用いることになり、計算コストが非常に高くなってしまう。
(注3)電子状態計算
経験的パラメーターを用いることなく、物質の電子状態や物理・化学特性を精査する手法である。汎用的であり、あらゆる物質に対して適用することができる。内核電子を直接取り扱わない擬ポテンシャル法と比較して、全電子計算手法は内核電子と価電子を計算対象とするため高精度に電子状態を計算することが可能である。
(注4)高エントロピー合金
従来の合金とは異なり、多種の金属元素が等モル比含まれている合金である。混合エントロピーが高く固溶体を形成が用意であり、構造材料分野で積極的に研究されている。組成元素のカクテル効果により磁性材料への期待も大きい。
(注5)「AkaiKKR」
「AkaiKKR」は全電子計算手法の一つであるKorringa-Kohn-Rosotker(KKR)グリーン関数法に基づいた電子状態計算ソフトウェアである。最大の特徴はコヒーレントポテンシャル近似と組み合わせることにより、スーパーセル法を用いることなく不規則系の電子状態を高精度かつ高速度に計算可能な点である。また、グリーン関数が直接求まるため、線形応答理論との整合性がよく、磁気的相互作用、強磁性転移温度、電気抵抗率の定量的評価が可能である。
(注6)頻出パターンマイニング
大量のデータから頻出する特徴、規則性、パターンを抽出する機械学習の手法。購買履歴の解析等に使用されることが多い。物性データへの適用は非常に稀である。
(公開日: 2022年02月16日)