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磁場変化の大きいパルス磁場中でのNMR緩和率測定に世界で初めて成功

北海道大学大学院理学研究院の井原慶彦講師らの研究グループは、東京大学物性研究所の博士課程 神田朋希氏、松井一樹学振特別研究員、金道浩一教授、小濱芳允准教授らと共同で、デジタル無線技術(*1)と磁場のフィードバック制御技術(*2)を応用した装置開発を行い、3/100秒程度の非常に短いパルス磁場(*3)発生時間中にNMR信号を観測することに成功しました。

パルス磁場技術は一般的に用いられている定常磁場の限界(20テスラ(*4)程度)をはるかに超える磁場を発生させることができる画期的な技術ですが,磁場発生時間が短く,また磁場発生中は磁場強度が激しく時間変動するためNMR測定(*5)のような精密測定はこれまでほとんど実現されていませんでした。

研究グループはパルス磁場発生中に磁場強度をフィードバック制御することで磁場の時間変動を100 ppm(*6)以下まで抑制し、またデジタル無線技術を応用したNMR測定装置を開発することで、限られた測定時間の中で高密度なNMR信号の取得を可能にしました。これらの先進技術を組み合わせることで、世界で初めてパルス磁場中での周波数掃引NMRスペクトル測定とNMR緩和率測定に成功しました(図1)。

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図1 デジタル無線技術と高速フィードバック制御の融合により実現するパルス磁場中NMR測定の概略図。パルス磁場波形上で磁場が一定になる星印の瞬間に合わせて高周波信号の送受信を行うことでNMR信号を観測する。写真はパルス磁場発生用の電磁石(右奥)とNMRプローブの先端部分

NMR測定技術は,これまでに複数の分野で何度もノーベル賞の受賞対象になっていることからもわかるように、基礎科学から産業応用まで広く人類社会に根付いた科学技術です。

これまでは強磁場を得るために液体ヘリウムの供給を必要とする超伝導電磁石が用いられてきましたが、これらを必要としないパルス磁場中でのNMR測定に成功したことで測定装置の低コスト化、小規模化が可能となり、より多様な場面で産業に応用されることが期待されます。また、定常磁場では到達不可能であった強磁場領域での基礎科学研究が進むことも期待されます。

本研究成果は、2021年11月12日のReview of Scientific Instrumentsにオンライン掲載されました。

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発表論文

  • 雑誌名:Review of Scientific Instruments
  • 論文タイトル:Nuclear magnetic resonance measurements in dynamically controlled pulse field(動的制御パルス磁場中でのNMR測定)
  • 著者: Yoshihiko Ihara1,Kaoru Hayashi1,Tomoki Kanda2,Kazuki Matsui2,Koichi Kindo2,Yoshimitsu Kohama2(1北海道大学大学院理学研究院,2東京大学物性研究所)
  • DOI:10.1063/5.0067821

用語解説

*1 デジタル無線技術
高周波信号を高速にデジタル情報へと変換することで,ソフトウェアの柔軟さで高周波信号を処理できる先進技術のこと。
*2 フィードバック制御技術
試料位置での磁場の計測結果に応じて,磁場変化を相殺する補償磁場の大きさを瞬時に計算し,これを発生させる磁場制御技術のこと。
*3 パルス磁場
コンデンサに貯めた電気エネルギーを一気にコイルに流すことで瞬間的に非常に大きな磁場を発生させる磁場発生技術のこと。超伝導電磁石を用いた定常的な磁場発生法と比べて,はるかに大きな磁場を発生可能であるほか,超伝導線材の代わりに安価で取り扱いが容易な銅線または銅合金線を利用できるという特徴がある。また,超伝導電磁石では線材の超伝導性を保つための冷却材として消費される液体ヘリウムが不要であることも大きなメリットである。液体ヘリウムを利用する冷却装置が不要となることで装置全体を小規模化することが可能になる。
*4 テスラ
磁場強度の単位のこと。ネオジウム磁石では1テスラ程度の磁場が発生できる。発生可能な磁場強度は超伝導電磁石では10テスラ程度,パルス磁場では100テスラ程度であり,パルス磁場を利用することで,より1桁高い磁場スケールでのNMR測定が可能となる。
*5 NMR測定
物質や人体を構成する原子核が持つ核スピン(小さな磁石のような性質)をミクロな磁気プローブとして利用し,物体内部の磁気情報を観測する非破壊的な計測手法のこと。Nuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴)の略称。具体的な測定技術としては,一定の磁場中で送信周波数を様々に変えながらNMR信号強度を観測することで得られる周波数掃引NMRスペクトル測定や,NMR信号を出す原子核スピンが熱平衡状態へと緩和するまでに必要となる特徴的時間を観測するNMR緩和率測定などがある。一般的には,超伝導電磁石を用いた時間変動の非常に少ない定常磁場中で測定が行われている。
*6 ppm
百万分率のこと。1 ppm = 1/1,000,000
(公開日: 2021年11月15日)