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有機モット絶縁体中で電荷揺らぎによる強磁性相互作用の発見

東京大学物性研究所の山下穣准教授、森初果教授らの研究グループは、物質・材料研究機構の宇治進也上席研究員、ロシア科学アカデミーのLyubovskaya教授、John Hopkins大学のN. Drichko教授、東京大学総合文化研究科の堀田知佐准教授らのグループと共同で、有機モット絶縁体κ-(BEDT-TTF)2Hg(SCN)2Brにおいて、強磁性的な相互作用が発達していること、その原因がこの絶縁体中の電荷の揺らぎによるものであることを明らかにしました。

我々の日常生活に欠かせない磁石は物質中の電子のもつスピンと呼ばれる磁気的性質が元になっています。磁石の元になる元素にはネオジウムやサマリウムなどの希少重金属が多く、有機物の構成元素である炭素などの軽元素を主体とする物質ではあまり例がありません。これは電子の持つスピンを同じ向きに揃えようとする力である強磁性相互作用を、こうした有機物中で発現させることが難しかったためです。

本研究では、新しく合成された有機伝導体κ-(BEDT-TTF)2Hg(SCN)2Brの磁気特性を詳しく調べたところ、低温で金属からモット絶縁体に相転移すると同時にBEDT-TTF分子上の電子スピン間に強磁性相互作用が発現していることを発見しました(図1)。この物質では、絶縁化後もBEDT-TTF分子のもつ電荷の運動が完全に停止せず、大きな揺らぎをもって運動していることが知られていました。その電荷の揺らぎの効果について理論的に詳しく解析したところ、電荷の揺らぎによってBEDT-TTF分子の作る電荷クラスターの端に形成される磁気モーメントが形成され、そのモーメント間に強磁性的な相互作用が誘起されることを見出しました(図2)。これは絶縁体中の電荷揺らぎによって強磁性相互作用を実現するという、全く新しい強磁性相互作用のメカニズムの発見で、今後、有機分子を用いた磁石の開発にもつながる可能性のある成果です。

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[図1 κ-(BEDT-TTF)2Hg(SCN)2Brの磁化率の温度依存性。挿入図で示される絶縁体転移より低温で強磁性相互作用を持つ磁性体が示す強磁性曲線(点線)に従って温度変化している。20 K以下のずれは測定磁場の効果によるもの。
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図2 左:BEDT-TTF分子配置の模式図。灰色円中の2分子を1ユニットとして1電子が存在する。右:BEDT-TTF分子を黒線(左図の灰直線に対応)、電子を丸で示した模式図、緑で示される電子のクラスターの端に赤矢印で表される磁気モーメントが発現し、そのモーメント間に強磁性相互作用が現れることが分かった。

本研究は、日本学術振興会科学研究費 (JP17K05533, JP18H01173, JP17K05497, JP17H02916, JP18H05225, JP18H05516, JP19K05397, JP19H01848, JP19K21842, JP21K03440, JP21K18597, JP21H05191)の助成を受け行われました。

発表論文

  • 雑誌名:npj Quantum Materials
  • 論文タイトル:Ferromagnetism out of charge fluctuation of strongly correlated electrons in κ-(BEDT-TTF)2Hg(SCN)2Br
  • 著者: Minoru Yamashita, Shiori Sugiura, Akira Ueda, Shun Dekura, Taichi Terashima, Shinya Uji, Yoshiya Sunairi, Hatsumi Mori, Elena I. Zhilyaeva, Svetlana A. Torunova, Rimma N. Lyubovskaya, Natalia Drichko and Chisa Hotta
  • DOI:10.1038/s41535-021-00387-6
(公開日: 2021年10月08日)