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数理的手法を用いて成功!ナノスケール物質に生成された量子多体状態の普遍的性質を解明

大阪市立大学
東京⼤学

発表のポイント

  • ナノスケール素子や磁性原子の電子状態に、新たな量子多体効果が潜むことを数理的に解明
  • 量子液体状態の理解に新たな視点を与え、新物質や量子情報の分野にも繋がる理論研究

発表概要:

大阪市立大学理学研究科の寺谷義道研究員(現:三重大学工学研究科・研究員)、大阪市立大学南部陽一郎物理学研究所の小栗章教授、東京大学物性研究所の阪野塁助教らの共同研究グループは、電子の運動による磁気モーメントを持つナノスケール素子や金属中の磁性原子の量子多体状態(近藤効果※1)には、従来の量子液体理論を超えた3つの電子状態間の相関(三体相関)による量子液体補正効果が現れることを、数理的手法を用いて解明しました。そして、この性質はナノスケール素子の電流や電流ゆらぎ、熱伝導などの輸送量から観測できることを明らかにしました。今回の研究成果は、さらに広い範囲な量子液体状態の性質の解明、および新物質や量子情報などの分野と繋がる発展が期待されます。

また、本研究の成果は、2020年11月6日18時(日本時間)17日(現地時間)に『Physical Review Letters』にオンライン掲載される予定ですました。

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研究の背景

人工的に基板上に量子状態を生成、制御し、測定することは、量子コンピューターや量子通信などの量子情報技術実現の鍵となります。現在、その実現へ向けてグーグル、IBM、インテル、マイクロソフトを始めとした大企業が巨額の投資を行い、しのぎを削って開発を続けています。

一方、人工の量子状態の生成・制御技術の発展は、物質科学に大きなパラダイムシフトをもたらしました。その結果、これまでのように天然の物質の性質を調べるだけではなく、物質中の量子状態を人工的に再現することで、物質の性質を生み出している物理現象の徹底的な探索が可能になりました。更には高度な制御技術を通して、非平衡状態など従来は調べることが難しかった複雑な環境における量子状態の振る舞いを精密に調べることが可能になりました。

また、超伝導や量子ホール効果などと並び、最も基本的な電子の多体効果として近藤効果があります。近藤効果の基本的発現機構は1964年に解明されて以来、詳細に調べられてきました。近藤効果は、もともとその現象が発見された希薄磁性体だけではなく、電子間に強くクーロン相互作用が働く様々な物質で起こります。最近では、光トラップされた冷却原子の凝縮状態やクォークの凝縮状態など様々な物理分野で、近藤効果を対象とした多くの研究が展開されています。しかし、実際の物質は、数理解析で仮定される理想的な状態から離れていることがあります。つまり、物理状態のもつ対称性(時間反転対称性※2正孔対称性※3)が破れていて物質の性質に重要な役割を果たすことが知られているにも関わらず、量子液体状態※4励起状態への影響は最近まで未解明の問題として残されていました。

研究の内容

電子が量子ドットと呼ばれる半導体などで作られた数十ナノメートル程度の素子に閉じ込められた状態を考えます(下左図)。例えばカーボンナノチューブなどで作られた量子ドットでは、電子の閉じ込め領域の形状の対称性が高くなります。この結果、量子ドットには電子の持つスピンに加えて、運動の軌道と閉じ込められた電子の数に起因した磁気モーメントが発生します。この量子ドットに電極を取り付けることで、閉じ込められた電子の数を制御することができ、電子正孔対称性の破れた状態で近藤効果を制御できるようになります。私たちのグループは場の理論と励起状態を取り扱うための数理手法を駆使することで、この近藤効果による励起状態の振る舞いには従来のフェルミ液体※5を超えて三つの電子状態間の相関によるフェルミ液体補正効果が重要な役割を果たすことを解明しました(下右図)。この三電子の相関は、特に形状の対称性が非常に高く複数の軌道を持った量子ドットで顕著に現れます。例えば電子スピンのみによる近藤効果では、電子の数を変えようとすると近藤効果そのものが消失してしまうため、近藤効果へのフェルミ液体補正効果を観測することが難しいのです。
私たちのグループはさらに場の理論の手法を援用した数値シミュレーションを行うことで、非線形の電流や電流ノイズ、熱伝導度などの輸送量から実際の実験でフェルミ液体補正効果が観測可能であることを明らかにしました。また、この数値シミュレーションを利用することで、量子ドットに磁場を印加したときの非線形電流ノイズ振る舞いにスケール普遍性があることがわかりました。磁場を印加すると量子ドットは時間反転対称性を失い、フェルミ液体補正効果が現れます。このことから、三体のフェルミ液体補正効果は、従来のフェルミ液体と同様にナノスケール物質の詳細によらない普遍的性質を持つことも明らかになりました。

fig1

左図: 量子ドット(黄色)とそれに繋がれた2つの電子溜り(水色)の概念図。量子ドットに貼り付けられた電極(赤色)で、電子数を制御することができる。また、電子溜り間に電圧を印加することで、電流を駆動し量子ドットの内部の性質を調べることができる。
右図: 量子ドットのフェル液体補正を表す3つの電子間の相関の概念図。丸い矢印は電子の軌道、直線の矢印(青色)はスピン方向を表す。これらが量子ドットに磁気特性を誘起する。

期待される効果と今後の展開について

本研究によって、電子が相互作用をすることで物質に様々な特性を与える物理機構の理解が大きく進展しました。近藤効果は最も基本的な量子多体効果であり、様々な物質の性質に顔を出します。このことから今後の新材料設計や新しい物質の探査に役立つと期待されます。また、ナノスケール物質での人工的に制御された量子多体状態の研究には非常に感度の高い観測技術が必要であり、量子状態の生成・制御技術の発展にも貢献すると考えられます。最近では国内の実験グループによって、カーボンナノチューブを利用した量子ドットの電流を用いてフェルミ液体補正効果を検証する実験も進んでいます。

以上のように本研究の成果は凝縮体の物理の基礎的なものですが、物質科学や量子情報技術の発展に繋がるものです。

研究支援

本研究は特別研究員奨励費(No. JP18J10205)、科学研究費基盤S(No.JP26220711)、科学研究費基盤C(No. JP18K03495)、JST CREST (No. JP MJCR1876)の支援のもと行われました。

論文

  • 発表雑誌:Physical Review Letters
  • 論文名:Fermi liquid theory for nonlinear transport through a multilevel Anderson impurity
  • 著者:Yoshimichi Teratani, Rui Sakano, Akira Oguri
  • DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.216801

用語解説

※1 近藤効果
通常の金属は温度を下げていくと格子振動が抑制されることに起因して電気抵抗は小さくなります。しかし金属中に磁気特性を持った不純物原子を希薄に混ぜた希薄磁性合金では、おおよそマイナス200℃程度の低温で抵抗が増大に転じることが知られており、この現象に初めて理論的説明を与えた近藤淳博士の名を冠して近藤効果と呼ばれています。
※2 時間反転対称性
電子の運動について時間を仮想的に反対に進めた場合を考えたとき、同じ軌道上を逆向きに運動する場合、時間反転対称であるといいます。磁場中ではこの対称性が破れます。
※3 電子正孔対称性
エネルギー、電荷、磁気特性の符号が反転した2つの粒子が同じ振る舞いをする状態のこと。量子ドットでは、電極の電圧を制御して、閉じ込められた電子数を変化させることで破られます。
※4 量子液体状態
電子や原子など微小な粒子から成る凝縮体は量子力学に従い、日常で見られる粒子とは異なった振る舞いを見せます。このような凝縮体では無数の粒子の間に相互作用が働くため、その理解や数理的な取り扱いは非常に難しくなります。しかしエネルギーの低い励起状態に関しては、対称性と統計性に基づき量子効果を簡明に説明することができる場合があり、量子液体状態と呼ばれます。
※5 フェルミ液体
バルクの導体中の無数の電子には互いにクーロン力が作用しています。そのため、一般に取り扱いが難しいです。しかし、質量を増した電荷状態と弱められたクーロン力を用いれば、簡明に導体の性質を説明できます。このおかげで、多くの金属は難しい理論を用いずともその性質を予測し、利用することができます。
同様に伝導電子と結合している磁性原子や量子ドットなどの狭い領域中の電子による性質もフェルミ液体で説明できます。しかし電子が狭い領域に閉じ込められているため、閉じ込め形状や電子正孔対称性および時間反転対称性の有無などが重要な役割を果たすようになります。
(公開日: 2020年11月06日)