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表面弾性波によるスキルミオン生成 -発熱を抑えたスキルミオン生成の実現-

理化学研究所
東京大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームの横内智行基礎科学特別研究員、東京大学物性研究所の大谷義近教授(理研創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームチームリーダー)らの共同研究グループは、「表面弾性波[1]」と呼ばれる物質表面を伝わる超音波により、発熱を抑えながら「スキルミオン[2]」を生成することに成功し、その生成過程を明らかにしました。

本研究成果は、トポロジカル磁気構造[3]の一つであるスキルミオンを用いた次世代の低消費電力・不揮発性メモリ素子[4]論理素子[5]ニューロモルフィック素子[5]などの実現に向けた、スキルミオンの効率的な生成方法の確立に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、白金(Pt)/コバルト(Co)/イリジウム(Ir) 積層薄膜を、表面弾性波を励起するための電極を持つ素子に加工し、表面弾性波を励起したときの磁気構造の変化を顕微鏡で観察しました。その結果、従来法では課題とされていた積層薄膜の発熱を抑えながら、スキルミオンが生成されたことが分かりました。さらにシミュレーションにより、生成されたのはネールスキルミオンというタイプであり、その生成過程で、ネールスキルミオンとアンチスキルミオンというトポロジー[3]の異なる二つのタイプのスキルミオンの対生成が起きている可能性があることを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Nature Nanotechnology』オンライン版(3月30日付:日本時間3月31日)に掲載されました。

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表面弾性波によるスキルミオンの生成
表面弾性波によるスキルミオンの生成

1.背景

近年、次世代の低消費電力・高密度・不揮発性のメモリ素子の研究が盛んに行われています。その候補の一つが「スキルミオン」と呼ばれる粒子状のスピン構造です。スキルミオンは、中心のスピンと外側のスピンの向きが反対であり、その中間部分はスピンの向きが連続的に変化した構造をしています。この中間部分のスピンの向きの変化の仕方が異なるさまざまな型のスキルミオンが存在し、どの型のスキルミオンが安定化するかは、生成される物質の構造によって決まります(図1)。

図1 スキルミオンの模式図
図1 スキルミオンの模式図
三つのタイプのスキルミオンを上から見たときの模式図。矢印はスピンの向きを表している。外側のスピン(赤矢印)は上(図中では手前方向)を、中心のスピンは(青矢印)は下(図中では奥方向)を向いており、その間のスピンは連続的に上から下へと変化している。その変化の仕方によってタイプが分かれる。

トポロジカル磁気構造をとるスキルミオンには、温度や磁場といった外部からの乱れによって壊れにくい、低電流で発熱を抑えて駆動できるなどの性質があることから、スキルミオンを用いた低消費電力・高信頼性素子の実現への期待が高まっています。とりわけ、重金属と磁性金属の積層薄膜[6]では、中間部分のスピンが外側を向いた「ネールスキルミオン」が室温以上でも安定化することが明らかになっており、応用の観点から注目を集めています。

一方で、スキルミオンを低消費電力素子に応用するには、スキルミオンの駆動だけでなく、生成の際も発熱を抑える必要があります。しかし、これまでの積層薄膜における電流を用いたスキルミオンの生成方法では、発熱が大きいことが課題でした。さらにこの方法では、薄膜を特殊な形状に加工する必要があり、薄膜の特定の部分でしかスキルミオンが生成されないという問題もありました。

2.研究手法と成果

共同研究グループは、「表面弾性波」と呼ばれる物質表面を伝搬する超音波に着目しました。表面弾性波は、電場をかけると伸び縮みする圧電材料にくし形電極を作製し、そこに交流の電場をかけると、発熱を抑えて励起することができます。また、表面弾性波はミリメータオーダーという長い距離を伝搬することができます。さらに、表面弾性波による磁性材料のひずみとスピンとの間には、磁気弾性結合[7]と呼ばれる相互作用が存在することから、表面弾性波よって磁気構造を制御できることが知られています。

まず、白金(Pt)/コバルト(Co)/イリジウム(Ir) 積層薄膜を成膜し、表面弾性波を励起するためのくし形電極を持つ素子に加工しました(図2)。そして、サーモグラフィカメラを用いて、くし形電極に交流電場をかけて表面弾性波を励起したとき、Pt/Co/Ir薄膜の温度がほとんど上昇しないことを確認しました(図3)。

図2 素子構造の顕微鏡像
図2 素子構造の顕微鏡像
実験に用いた素子の顕微鏡像。中央の赤の破線で囲まれた部分がPt/Co/Ir積層膜、両側が表面弾性波を励起するためのくし形電極となっている。

図3 表面弾性波励起による温度上昇

図3 表面弾性波励起による温度上昇
(上)サーモグラフィカメラによって撮影した、表面弾性波を励起する前(左)と励起中(右)の温度の分布。薄膜の領域(白い四角)では温度の変化がほぼないことが分かる。
(下)薄膜領域の平均温度を、表面弾性波を励起する交流信号の強さに対してプロットしたグラフ。交流信号の強さを強くしても、温度がほぼ変わらないことが分かる。

次に、カー顕微鏡と呼ばれる磁気構造を観察できる顕微鏡を使って、表面弾性波を励起したときの磁気構造の変化を観察しました。まず、面直方向に磁場をかけて、全てのスピンが同じ方向にそろった状態である強磁性状態を作り、その状態で表面弾性波を励起すると、スキルミオンが生成されました(図4)。

図4 表面弾性波によるスキルミオン生成
図4 表面弾性波によるスキルミオン生成
カー顕微鏡を用いて撮影した、表面弾性波を励起する前(上)と励起中(下)の磁気構造。一様なグレーの像(上)は強磁性状態を表す。白い斑点(下)がスキルミオンである。磁場は面直方向にかかっている。

さらに、くし形電極にかける交流電場の周波数や強さに対するスキルミオン生成の依存性を詳しく調べることで、観測されたスキルミオンが表面弾性波により生成されたことを確認しました。特に、スキルミオンが数百マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の広い領域で生成されたのは、表面弾性波の長い距離を伝搬できる性質によると考えられます。

最後に、観測されたスキルミオン生成の起源や過程を明らかにするために、シミュレーションを行いました。まず、シミュレーションで磁気弾性結合を仮定したところ、表面弾性波によりスキルミオンを生成できることが確かめられました。さらに、シミュレーションの結果を詳しく調べたところ、次のようなスキルミオンの生成過程が明らかになりました。最初に、磁気弾性結合を通して、表面弾性波による空間的に不均一な有効トルク[8]が生じ、この不均一な有効トルクによりスピンが局所的に反転します。このとき、反転した部分のスピン構造は、ネールスキルミオン的な構造とアンチスキルミオン的な構造の対構造となります。一方、積層薄膜ではネールスキルミオンは安定ですが、アンチスキルミオンは不安定なため、この対構造のうちアンチスキルミオン的な構造だけすぐに消滅し、結果としてネールスキルミオンが生成されます。

※共同研究グループ
  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター
    量子ナノ磁性研究チーム:基礎科学特別研究員 横内 智行、研究員 ビヴァス・ラナ
    創発光物性研究チーム:チームリーダー 小川 直毅(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
  • 東京大学 物性研究所 教授 大谷 義近(理研 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)
  • 物質・材料研究機構 磁性スピントロニクス材料研究拠点
    磁気記録材料グループ:研究員 杉本 聡志
    スピン物性グループ:グループリーダー 葛西 伸哉(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
  • 東京大学 大学院工学系研究科総合研究機構・物理工学専攻 准教授 関 真一郎(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
研究支援

本研究は、新学術領域研究「ナノスピン変換科学(代表者:大谷義近)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「磁気構造のトポロジー・対称性に由来した新しいマグノン・熱輸送現象の開拓(代表者:関真一郎)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「磁気構造と電子構造のトポロジーを利用した巨大創発電磁場の生成と制御(研究者:関真一郎)」、「磁気スキルミオン素子の構築と新規材料探索(研究者:葛西伸哉)」、「イメージング分光による非相反量子輸送物質の開拓(研究者:小川直毅)」による支援を受けて行われました。

3.今後の期待

本研究では、表面弾性波とスピンの相互作用に着目し、発熱を抑えながら薄膜試料の広い領域にスキルミオンを生成することに成功しました。

今後、表面弾性波によるスキルミオンの制御の研究を進めることで、スキルミオンを用いた低消費電力素子の実現につながると期待できます。

4.論文情報

                                

  • 雑誌:Nature Nanotechnology
  • タイトル:Creation of magnetic skyrmions by surface acoustic waves
  • 著者名:T. Yokouchi, S. Sugimoto, B. Rana, S. Seki, N. Ogawa, S. Kasai, and Y. Otani
  • DOI:10.1038/s41565-020-0661-1

5.補足説明

[1] 表面弾性波
物質表面付近に局在して伝搬する弾性波。タッチパネルのセンサーやフィルターとして利用されている。
[2] スキルミオン
固体中の電子は、スピンと呼ばれる電子の自転に対応する自由度を持つ。このスピンの間には相互作用があるために、スピンが整列した状態が実現することがある。例えば、磁石(強磁性状態)は電子のスピンが全て同じ状態にそろった状態である。ある条件下では、スピンが渦巻き上に整列した状態である、スキルミオンが生成される。スキルミオンでは、中心のスピンと外側のスピンが反対向きになっており、その中間ではその間を連続的につなげた構造をしている。中間の構造はさまざまな種類があり、どのような中間構造が安定かは物質の構造によって決まる。
[3]トポロジカル磁気構造、トポロジー
トポロジーとは位相幾何学のことで、連続変形に対して保存される量を扱う学問である。スキルミオンは、「巻き数」と呼ばれるスピンの向きを連続的に変化しても不変な量が有限になる特殊な構造をしている。このように、有限な巻き数を持つ構造をトポロジカル磁気構造と呼ぶ。
[4] 不揮発性メモリ素子
ハードディスクドライブやフラッシュメモリーのように、電源を切っても記憶情報が失われないメモリのこと。
[5] 論理素子、ニューロモルフィック素子
現在のほとんどのコンピュータの処理には論理演算と呼ばれる演算が使われているが、その論理演算を行う素子が論理素子である。一方で、近年、従来の論理演算ではない原理によって動作するコンピュータも提唱されている。その一つに、人間の脳の動きを模倣した素子を利用したコンピュータがあり、その素子のことをニューロモルフィック素子と呼ぶ。
[6] 重金属と磁性金属の積層薄膜
スキルミオンの生成にはジャロシンスキー守谷(DM)相互作用と呼ばれる、隣り合うスピンを傾けようとする相互作用が重要である。大きなDM相互作用を得るには、空間反転対称性の破れと大きなスピン軌道相互作用が必要である。3種の異なる物質を重ね合わせると空間反転対称性が破れる。また、重金属は大きなスピン軌道相互作用を持つ。そのため、重金属と磁性金属の3層薄膜ではスキルミオンが生成できることが知られている。本研究で用いた、白金(Pt)/コバルト(Co)/イリジウム(Ir) 積層薄膜でも、空間反転対称の破れと重金属であるPtとIrのスピン軌道相互作用によりDM相互作用が存在し、それがスキルミオンの生成に寄与している。
[7] 磁気弾性結合
スピンとひずみの結合のこと。この結合のために、ひずみによりスピンの状態を変えることができる。これは、物質がひずむと隣合うスピンの距離が変わり、スピン間の相互作用が変化することによる。本研究では、表面弾性波により生じたひずみが、磁気弾性結合によりスピンの状態を変えることで、スキルミオンが生成する。
[8] 有効トルク
トルクとは、スピンの向きを回転させる力のことである。本研究では、表面弾性波によるひずみが、磁気弾性結合を通してスピンの向きを回転させており、その時の力を有効トルクと呼んでいる。
(公開日: 2020年03月31日)