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Seminar
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100テスラを超える極限強磁場下で高感度電気伝導度計測に成功
〜高温超伝導体発現機構の解明に道〜

発表のポイント

  • 100テスラ以上の世界最高クラスの強い磁場の中で、これまで技術的に困難であった物質の電気伝導度の精密測定に成功した。
  • 磁場でスピン状態を制御した状況下での物質の電子状態を、電気伝導度測定により知ることが可能になった。
  • 極限的に強い磁場で高温超伝導(注1)を担う電子のクーパー対(注2)を分解することで、高温超伝導体発現機構の解明へ向けた新たな一石を投じることができる。

発表概要:

東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設の中村大輔助教、嶽山正二郎教授とヨルダンMu’tah大学Moaz M. Altarawneh准教授は、100テスラ以上の世界最高クラスの強い磁場(強磁場)の下で非常に困難とされていた物質の電気伝導度測定に関して、「自己共振コイル法」という新しい手法を用いて、高感度かつ外乱に強い測定システムの国際共同開発に成功しました。本手法を銅酸化物超伝導体に適応し、測定したところ、磁場により超伝導が完全に消失する過程の電子状態を観測できました。これは、銅酸化物高温超伝導体の発現機構の解明に向けて、「強磁場を用いて高温超伝導状態を抑制し、電子状態の変化を調べる」という新しい視点からの指針を与え、ブレイクスルーを起こすと期待されます。本成果により、強磁場下での物質の電子状態に関する研究が飛躍的に進展することが期待されます。

本成果は、英国物理学会出版局が刊行する科学雑誌「Measurement Science and Technology」11月14日 オンライン版に掲載されました。


発表内容:
【背景】

超伝導体は、電流を流す際の電気抵抗がゼロになる性質を持つ物質です。熱エネルギーへの損失がなく電流を流すことができるために、電力輸送や電磁石といった実用化への期待が持たれています。特に、1986年に高温超伝導体が発見されて以降、超伝導状態を示す温度の上限が飛躍的に上昇し、資源の豊富な液体窒素中(摂氏-196度)で超伝導状態を示す物質が次々と見つかりました。このことにより、高温超伝導体の実用化が一気に現実味を帯び、国内外で高温超伝導をめぐる研究が精力的に展開されています。

しかし、高温超伝導が発現するメカニズムについては、発見から30年以上経った現在も、解明されていない現代物理学最大級の謎となったままです。そこで、自然界では実現し得ない極限的な環境を人為的に作ることで、超伝導体の特性を解明する研究が、近年になり試みられています。極限環境下で物質の状態を制御することにより、高温超伝導体の潜在的な特性を引き出し、そのメカニズムの解明に迫ることが可能となります。

本研究では、極限的な環境として強磁場を用いました。磁場中では超伝導状態が抑制され、ある磁場(上部臨界磁場)を超えると、超伝導状態を担う「クーパー対」が壊れることにより完全に超伝導が消失し、通常の電気抵抗を示す状態へと変化します。超伝導状態が壊れて元の性質が現れる機構は、超伝導状態が発現する機構と表裏一体であるため、高温超伝導体の発現機構を探る鍵となります。しかし、銅酸化物高温超伝導体では上部臨界磁場が非常に大きく、一般的な科学研究に用いられる磁場の発生限界をはるかに超えることがわかっていました。必要となる100テスラ以上の強磁場は、一巻きコイル法及び電磁濃縮法(注3および図1)と呼ばれる電磁石の爆破を伴う極めて特殊な技術を用いて発生できますが、物質の特性を評価するための計測手段が限られてしまうという課題がありました。特に電気伝導度測定は、外部からの電磁ノイズに敏感なため困難であり、磁場中での物質の電子状態を調べる上でのウィークポイントとなっていました。

図1(左) 一巻きコイル法に使用される電磁石の写真。磁場発生後に爆発したコイルを一緒に写しています。
図1(左)一巻きコイル法に使用される電磁石の写真。磁場発生後に爆発したコイルを一緒に写しています。
図1(右) 電磁濃縮法に使用される電磁石の写真
図1(右)電磁濃縮法に使用される電磁石の写真

【研究の内容】

研究グループは、強磁場中での銅酸化物高温超伝導体の電気的特性を調べるために、自己共振コイル法と呼ばれる新しいワイヤレス型の電気伝導度計測システムを開発しました。極細のワイヤーを渦巻き状に整形することにより、特定の周波数(共振周波数)の信号のみを通さない特性を持つ測定用センサー(図2)を作りました。測定用センサーの上に乗せた物質が電気的な相互作用をすることにより、測定用センサーの共振周波数が急峻に変化するようにセンサーの構造を設計することで、高感度な電気伝導度の測定を可能にしました。また、ワイヤレス測定では、電気伝導度の絶対値を決定することが難しいという欠点がありましたが、有限要素法シミュレータによって測定用センサーの電磁界解析を行い、電気伝導度の絶対値を計測可能とすることにも成功しました。

図2 自己共振コイル法で用いられる測定用センサーの模式図
図2 自己共振コイル法で用いられる測定用センサーの模式図

一巻きコイル法を用いて、103テスラまでの強磁場の発生を行い、銅酸化物高温超伝導体の電気伝導度測定を行なった結果、85テスラ付近で上部臨界磁場に到達することが明らかになりました(図3)。さらに、上部臨界磁場では超伝導状態の消失に伴い、履歴現象(注4)が起きることがわかりました。これは、パウリ・リミット(注5)と呼ばれる磁場と電子スピンとの相互作用によるメカニズムで説明することができます。

図3. 一巻きコイル法を用いて発生した強磁場中での、銅酸化物高温超伝導体の電気伝導度測定の結果。85テスラ以上で超伝導状態が完全に消失することを観測しました。
図3 一巻きコイル法を用いて発生した強磁場中での、銅酸化物高温超伝導体の電気伝導度測定の結果。85テスラ以上で超伝導状態が完全に消失することを観測しました。

【本研究の意義、今後の展開】

銅酸化物高温超伝導体では上部臨界磁場が非常に大きいことから、一般的な研究設備を用いて磁場による超伝導の消失現象を観測するのは不可能でした。東京大学物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設が有する世界随一の強磁場発生装置を駆使することで、上部臨界磁場前後の特性を実験的に調べることができました。上部臨界磁場において履歴現象を伴う超伝導状態の消失は、銅酸化物高温超伝導体において初めて実験的に観測されました。本研究で開発された、強磁場中での電気伝導度測定システムを用いることで、高温超伝導体以外にも現在活発に研究されている様々な物質群に関して新しい物理現象が発見されることが期待できます。例えば、磁性と誘電性が相関を持つマルチフェロイック物質においては、スピンの特徴的な配列構造が物質に誘電性をもたらします。また、物質の表層のみに電気伝導性が生じるトポロジカル絶縁体においては、スピンと電子軌道の相互作用が重要な役割を果たしています。そのため、両者の物質では強磁場によりスピン状態を制御することで新しい物理現象が発現し、それを反映した電気伝導度の変化が生じることが期待されます。このように、本研究の成果は幅広い領域における物質科学の発展に資する可能性を秘めているということができます。

発表雑誌:


お問い合わせ先:

【研究に関すること】
東京大学 物性研究所 国際超強磁場科学研究施設
助教 中村 大輔(ナカムラ ダイスケ)
TEL:04-7136-5310
E-mail:dnakamura<at>issp.u-tokyo.ac.jp

東京大学 物性研究所 国際超強磁場科学研究施設
教授 嶽山 正二郎(タケヤマ ショウジロウ)
TEL:04-7136-5316
E-mail:takeyama<at>issp.u-tokyo.ac.jp

【報道に関すること】
東京大学物性研究所 広報室
TEL: 04-7136-3207
E-mail: press<at>issp.u-tokyo.ac.jp

※ <at>を@に変えてご使用ください。

用語解説:

(注1)高温超伝導 / 高温超伝導体

超伝導体が超伝導状態を示す上限温度(転移温度)は、BCS理論と呼ばれる枠組みにおいて摂氏-233度(「BCSの壁」)を超えることはできないと考えられていました。それに対して、転移温度が「BCSの壁」を超える超伝導体群は、高温超伝導体と呼ばれ、一般に液体窒素温度(-195.8℃)以上で超伝導を示すものを指します。

(注2)クーパー対

超伝導状態で抵抗ゼロの電流の輸送を担う、2つの電子が作る電子対のこと。クーパー対が壊れて2つの独立な電子に戻ることにより、超伝導状態が消失し、抵抗ゼロでの電流の輸送ができなくなります。

(注3)一巻きコイル法及び電磁濃縮法
ともに、強磁場を発生させる手法の一つ。

永久磁石で最も強力なネオジム磁石には0.1~1テスラ程度(1テスラ=10000ガウス)の磁場が発生しています。電流をコイルに流すことで磁場が発生する電磁石は、より強い磁場を発生することができ、実用化されています。例えば、リニアモーターカーでは車両の浮上に1テスラ程度の磁場が、医療用MRIでは3テスラ程度の磁場が使用されています。

東京大学物性研究所(千葉県柏市)附属の国際超強磁場科学研究施設では、これらの何十倍も強い磁場を得るため、「一巻きコイル法」や「電磁濃縮法」といった特殊な技術を用いています。「一巻きコイル法」も電磁石の仕組みを利用したもので、銅製の一巻きコイル(図1)に瞬間的に大電流を流すことでコイル内に強磁場を発生させます。本研究では、直径14 mmの巻き数1回の電磁石に200万アンペアの大電流を流して、103テスラの磁場発生を行いました。

「電磁濃縮法」はコイル内に銅製のリングを設置することで、さらに強い磁場を発生させる手法です(図1)。コイルに瞬間的に流した電流により発生する磁場に呼応して内側の銅製のリングが磁場を閉じ込めたまま縮むことで、磁場を濃縮します。これにより、世界最高磁場730テスラを実現しています。

現在、物質科学研究に利用されている「一巻きコイル法」の装置は世界に四台あり、東京大学物性研究所(千葉県柏市)に二つ、フランス国立強磁場研(ツールーズ)、アメリカ国立強磁場研(ロスアラモス)に一つずつあります。その中で、東京大学物性研究所は40年にわたって推進してきた強磁場科学研究の蓄積により、他の追随を許さない高い技術力を誇っています。さらに、より強い磁場(世界記録:730テスラ)を発生することのできる「電磁濃縮法(図1)」の装置は、東京大学物性研究所(千葉県柏市)にのみ設置されており、600テスラに至る磁場中での物質科学研究が可能な世界唯一の拠点として、国内外から高い評価を集めています。

(注4) 履歴現象

物質の状態が、変化する前の初期状態に依存する現象のこと。ヒステリシス現象とも呼ばれ、一次相転移という状態間の変化が生じる際に観測されます。磁場中では、磁場の上昇時と下降時で物質が示す性質に差が生じることを指します。

(注5) パウリ・リミット

超伝導状態が磁場により抑制される要因として、現在考えられているメカニズムの一つ。一つは、磁場中で超伝導体中に磁束が侵入し、局所的に超伝導状態が壊れた領域が増えて行くというメカニズム(オービタル・リミット)です。もう一つが以下で解説する、パウリ・リミットと呼ばれるメカニズムです。

物質中の電子にはスピンという自由度があり、超伝導状態で2つの電子がペアを組んでクーパー対を形成する際には通常、スピンの向きは反平行の配置を取るのがエネルギー的に安定となります。しかし、磁場中では、スピンは磁場の方向に向きを揃えようとします。これらが拮抗して、磁場中で反平行のスピン配置を保つのに必要なエネルギーが超伝導状態を保つのに必要なエネルギーを超えた時に、クーパー対が壊れて2つの独立な電子に戻り、超伝導状態が消失します。このメカニズムをパウリ・リミットと呼びます。


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(公開日: 2017年11月17日)