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平衡状態は量子もつれの分布も普遍的 ブラックホールから電子まで共通する量子もつれ

東京大学物性研究所
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

発表のポイント

  • 量子純粋状態が平衡状態として落ち着いている時、ミクロな世界の現象である量子もつれの分布が、マクロな世界の理論である熱力学によって完全に決定される事を明らかにしました。
  • 量子もつれの空間分布はブラックホールから電子まで、幅広い物質の中で同じであり、簡単な関数で表される事を明らかにしました。
  • 量子もつれの空間的構造は、冷却原子系やイオントラップ系における量子情報量の測定実験の解析に役立つことが期待できます。

発表概要:

東京大学物性研究所、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)の研究グループは、量子純粋状態(注1)で、かつ、平衡状態(注2)になっている時の量子もつれ(注3)の空間分布を完全に決定しました。この空間分布は熱力学エントロピー(注4)のみによって決まります。導き出した関数をコンピュータシミュレーションにより検証したところ、物質の種類や平衡状態の作り方を変えても常に同じ分布である事を実証しました。この理論は、宇宙に浮かぶブラックホールから、半導体の中にある電子まで、非常に広範に適用可能な理論となっています。

量子もつれとは量子力学に特有な現象で、2つの量子状態が互いに相関を持った状態です。量子コンピュータの計算リソースとして実用されている他、ブラックホールの研究では吸い込まれた情報の量を表すなど、現代物理学に不可欠なキーワードとなっています。

他方、我々の世界(マクロな熱力学)をミクロな基本法則(量子力学)から理解する時にも、量子もつれは決定的な役割を果たします。量子純粋状態が平衡状態へと落ち着く過程をコップの水で例えると、水分子同士の衝突により量子もつれが次々と作られ、この量子もつれによって状態は平衡状態へと変化して行きます。しかし、平衡状態の中では大量の量子もつれが複雑に絡み合っているため、一体どの程度の量の量子もつれが生じているのか予言できる一般論は存在していませんでした。

本成果は、量子もつれの量に加え、空間分布を完全に決定、さらにブラックホールから物質中のたくさんの電子にまで普遍的に記述出来ることを示しました。
今回見出された普遍的性質を用いることで、冷却原子系やイオントラップ系といった外界から孤立した量子系の実験データから、その量子系の量子もつれを高精度に解析することが可能になります。
本成果は、Nature Communicationsオンライン版4月24日(英国時間)に公開されました。

全文PDF Kavli IPMU発表のページ
量子もつれの空間分布のグラフ。物質をAとBの2つに分けた時に、AとBの間にどのくらいの量子もつれが生じているかを縦軸に、物質Aの長さを横軸にプロットしてある。
量子もつれの空間分布のグラフ。物質をAとBの2つに分けた時に、AとBの間にどのくらいの量子もつれが生じているかを縦軸に、物質Aの長さを横軸にプロットしてある。

発表内容:

研究の背景

ミクロな世界を記述する量子力学と、マクロで普遍的な性質に着目する熱力学との理論的な対応関係は、20世紀初頭の量子力学の黎明期から研究されてきました。特に、熱源と完全に切り離された量子純粋状態を用いた熱力学の構築は、理論的な興味はもちろん、冷却原子を使った実験との対応からも、近年重要な課題となっています。

このようなミクロとマクロの対応の研究に重要になるのが、量子もつれです。量子もつれは、空間的に離れた二つの量子状態が互いに影響し合う現象のことで、量子力学に基づく現代物理学の様々な分野を貫く基礎的な概念です。例えば、量子系の効率的なシミュレーションや量子テレポーテーション、ブラックホールの蒸発現象など、様々な現象が量子もつれによって理解できます。

量子純粋状態を用いた熱力学では、量子もつれの量が熱力学的なエントロピーに対応します。従って、 熱力学エントロピーの増大によって実現する熱平衡化は、量子力学から説明すると系全体に量子もつれが広がることで起こる現象と言うことが出来ます。

研究の内容

東京大学物性研究所の杉浦研究員、中川大学院生、藤田大学院生とKavli IPMUの渡邉大学院生のグループは、熱平衡状態を表すような量子純粋状態における量子もつれの空間分布を研究しました。量子純粋状態にある系を空間的に二つに分けた時に、その領域間に存在する量子もつれの量(エンタングルメント・エントロピー)がどのような性質を持つかを調べました(図)。

まず、熱力学系との厳密な対応が確立されている量子純粋状態であるcanonical thermal pure quantum state (cTPQ)に基づき、エンタングルメント・エントロピーの空間分布を表す一般的な関数を導出しました。また同じ関数が、孤立量子系の非平衡定常状態や量子系のエネルギー固有状態といった様々な量子純粋状態の量子もつれの空間分布に対して共通してよく当てはまることを確認しました。これにより、熱力学系と対応した量子純粋状態におけるエンタングルメント・エントロピーが、系の詳細によらない普遍的な性質を持つことが示されました。

さらに、得られた関数とその普遍性を利用し、量子純粋状態における熱力学の探求において近年重要な概念となっているEigenstate thermalization hypothesis (ETH)相とMany-Body Localization (MBL)相の間の相転移を調べ、物質に混ぜ込む不純物を増やすと状態が平衡状態に緩和しなくなる現象について従来よりも高精度の解析を行いました。

今後の展開

この研究は、量子力学と熱平衡化現象の間のギャップを埋める基礎的な結果の一つです。熱源と完全に切り離された孤立量子系は従来、理論上のみの概念でしたが、近年では、冷却原子やイオントラップといった系において実験的に可能となっており、ミクロな量子力学から熱力学を構築するという統計物理学の究極の目標の実現に向け、重要な手がかりを与えると期待されます。

本研究は、量子純粋状態からの熱力学の構築にとって必要不可欠な、孤立系における量子もつれの理解を深めるものであり、本研究で見出された量子もつれの普遍的な関数は、実験データの解析に大きく資するものと考えられます。また、孤立系の量子もつれは近年、ブラックホールの情報消失問題など量子重力分野においても重要となっており、物性、統計物理学と素粒子物理学の共通課題となりつつあります。本研究は物性統計力学・素粒子の両分野に適用可能な基本的な成果であり、分野を越えた共同研究は今後さらなる成果を上げていく事が期待されます。

発表雑誌:

用語解説

(注1)量子純粋状態:
量子力学的に状態が完全に特定された状態。量子力学は不確定性関係を持つため、不確定性関係に矛盾しない範囲で最大限に状態の波動関数が定まった状態。
(注2)平衡状態:
物が釣り合って安定していること。特に熱力学では、マクロに見た時に熱の流れや粒子の流れが全て止まり、変化しなくなった状態のこと。
(注3)量子もつれ:
物質を複数用意した時に、その間に生じる量子力学を使わなければ説明できない相関のこと。
(注4)熱力学エントロピー:
状態がどれくらい乱雑になっているかを測る量。マクロな世界では時間と共にエントロピーは増大する(熱力学第二法則)ため、時間の矢を方向付ける量である。

関連サイト

(公開日: 2018年04月24日)