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「トポロジカル母物質」の高品質薄膜作製に成功 -トポロジカル相転移を活用した非散逸伝導の制御に道筋-

東京大学
東京大学 物性研究所
理化学研究所

発表のポイント:

  • トポロジカル物質の母物質にあたるトポロジカル半金属について、これまで報告されてきたバルク単結晶をはるかに凌駕する高い結晶性・純度をもつ薄膜の作製技術を確立した。
  • 非散逸な量子伝導状態とトポロジカルな性質が薄膜の厚みにより制御できることを実証した。
  • トポロジカル半金属からの多彩なトポロジカル相転移を利用した非散逸伝導の制御に道筋を示した。

発表概要:

東京大学大学院工学系研究科の打田正輝 助教と川﨑雅司 教授らの研究グループは、東京大学物性研究所の徳永将史 准教授らの研究グループ及び理化学研究所創発物性科学研究センターの田口康二郎 チームリーダーらの研究グループと共同で、近年発見されたトポロジカル半金属Cd3As2について、バルク単結晶を凌駕する高品質薄膜を作製し、トポロジカル半金属の電子構造に由来した非散逸な量子伝導を観測しました。

電子状態の非自明なよじれをもつ物質はトポロジカル物質と呼ばれ、物質のトポロジカルな性質とその状態の変化を表すトポロジカル相転移は、2016年のノーベル物理学賞の対象にもなりました。トポロジカル物質の代表例であるトポロジカル絶縁体は、トポロジカル物質の研究を加速し、非散逸な量子伝導を利用した低消費電力エレクトロニクスの開発が期待されています。一方、より高い対称性をもつ物質として、トポロジカル半金属と呼ばれる新たなトポロジカル物質が発見され、注目を集めています(図1)。トポロジカル半金属は、トポロジカル絶縁体を含むトポロジカル物質の母物質に相当しており、対称性や次元性を変化させる外部刺激によってトポロジカル相転移を引き起こしさまざまなトポロジカル状態と量子伝導を制御できると期待されています。しかしながら、トポロジカル半金属は薄膜化が難しく、高品質薄膜を用いた研究が望まれてきました。

本研究グループは、典型的なトポロジカル半金属であるCd3As2について、高温での結晶化を可能にする独自の成膜技術を開発し、これまでに報告されてきたバルク単結晶をはるかに凌駕する高い結晶性・純度をもつ薄膜の作製に成功しました(図2)。強い磁場中におけるCd3As2薄膜の抵抗測定から、トポロジカル半金属の閉じ込め構造における非散逸な量子ホール状態を観測し、トポロジカルな性質が薄膜の厚みに依存して変化するトポロジカル相転移現象を実証しました(図3)。今回の発見は、高品質なトポロジカル半金属薄膜を基盤として、トポロジカル相転移現象の解明とそれを利用した非散逸伝導機能の制御を大きく前進させるものと期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に日本時間12月22日午後7時(英国時間22日午前10時)に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」(No. JPMJCR16F1)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)(No. JP15K05140)、若手研究(A)(No. JP15H05425)、新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(No. JP16H00980)の助成を受けて行われました。

本研究のイメージ図 下部の格子における球は、Cd原子、As原子を表します。高品質トポロジカル半金属Cd3As2薄膜を基盤として、多彩なトポロジカル相転移を活用した量子機能の応用が期待されます。
本研究のイメージ図

下部の格子における球は、Cd原子、As原子を表します。高品質トポロジカル半金属Cd3As2薄膜を基盤として、多彩なトポロジカル相転移を活用した量子機能の応用が期待されます。


発表内容:
研究の背景

エネルギー損失を伴わない電子の非散逸な伝導は、低消費電力エレクトロニクスへの応用が期待されています。非散逸伝導を示す典型的な物質として、電子状態の非自明なよじれによる表面状態をもつトポロジカル物質が挙げられます。トポロジカル物質とその表面状態における非散逸な量子伝導の応用については、トポロジカル物質の代表例であるトポロジカル絶縁体が2008年に発見されて以降、室温動作に向けた材料開発が急速に進められています。一方で、トポロジカル物質にはトポロジカル絶縁体以外のさまざまな種類のトポロジカル状態があることが近年明らかになってきており、それらのトポロジカル状態と非散逸な量子伝導に関する横断的な研究が急務とされています。

研究の経緯

トポロジカル絶縁体よりも高次のトポロジカル物質として、トポロジカル半金属と呼ばれる新たなトポロジカル物質が2014年に発見されました。この物質は、トポロジカル絶縁体を含む多くのトポロジカル物質の母物質に相当することから世界的な注目を集め始めており(図1)、さまざまなトポロジカル状態間を移動するトポロジカル相転移と呼ばれる現象を通じて、量子伝導の系統的な解明と応用が進められると期待されています。しかしながら、トポロジカル半金属は化学的に不安定な物質が多いため薄膜化が難しく、量子伝導の研究はこれまで進んでいませんでした。そこで、東京大学大学院工学系研究科の打田正輝 助教らは、典型的なトポロジカル半金属であるCd3As2パルスレーザー堆積法(注1)により組成を保ったまま蒸着可能であることに着目し、高温での結晶化を可能にする独自のアニール手法を組み合わせることで薄膜の作製とその電気抵抗の測定を行いました。

図1. Cd3As2の電子構造と次元性の変化によるトポロジカル相転移の例
図1. Cd3As2の電子構造と次元性の変化によるトポロジカル相転移の例

研究内容

Cd3As2の蒸気圧が10 Torrを超える高温でのアニール手法を行うことで、結晶化度の指標となる半値幅がこれまでバルク単結晶で報告されてきた値をはるかに凌駕する高品質なCd3As2薄膜が得られました(図2)。このCd3As2薄膜は、トポロジカル半金属においてグラフェンと同様のディラック型電子分散が三次元的に実現していることを反映して、低温で30,000 cm2/Vsという非常に高い電子移動度(注2)をもつことがわかりました。また、強い磁場中における電気抵抗測定を行った結果、薄膜の厚みを減らしていくにしたがって非散逸な量子ホール効果(注3)が観測され、量子ホール状態の縮退度が変化していく様子が明らかになりました(図3)。あわせて、二次元に閉じ込められた状態における電子構造を解析した結果、トポロジカル状態が二次元トポロジカル絶縁体・二次元バンド絶縁体へと薄膜の厚みによって変化していく振る舞いが明らかになりました(図1)。すなわち、Cd3As2薄膜の厚みの変化によってトポロジカル半金属からのトポロジカル相転移が引き起こされ、トポロジカルな性質と非散逸な量子伝導状態が制御できることが実証されました。

図2. Cd3As2の結晶構造(左)と作製した薄膜の透過電子顕微鏡像(右)
図2. Cd3As2の結晶構造(左)と作製した薄膜の透過電子顕微鏡像(右)
図3. Cd3As2高品質薄膜において観測された量子ホール状態
図3. Cd3As2高品質薄膜において観測された量子ホール状態

展望・社会的意義

トポロジカル半金属を出発点としたトポロジカル相転移を引き起こす手段として、対称性や次元性を変化させる外部刺激が考えられます。本研究では、次元性に関係した薄膜の厚みを変えていくことでトポロジカル相転移を引き起こし、エネルギー損失を伴わない非散逸な伝導の制御を実現しました。今後、高品質なトポロジカル半金属Cd3As2薄膜を基盤として、電界効果・化学置換・ヘテロ構造化等により多彩なトポロジカル状態へのトポロジカル相転移を引き起こすことが可能になります。低消費電力エレクトロニクスへの応用に向けて、これらのトポロジカル相転移現象の解明と非散逸伝導機能の制御のさらなる研究が進められることが期待されます。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版12月22日掲載)
  • 論文タイトル:Quantum Hall states observed in thin films of Dirac semimetal Cd3As2
  • 著者:M. Uchida*, Y. Nakazawa, S. Nishihaya, K. Akiba, M. Kriener, Y. Kozuka, A. Miyake, Y. Taguchi, M. Tokunaga, N. Nagaosa, Y. Tokura, and M. Kawasaki
  • DOI番号:10.1038/s41467-017-02423-1
  • アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1038/s41467-017-02423-1

用語解説:

(注1)パルスレーザー堆積法
高真空中でターゲットと呼ばれる原料にパルス状の高強度レーザーを照射することで原料を昇華させ、基板上に堆積する成膜手法。ターゲットの組成がそのまま薄膜の組成に転写される特徴をもつ。
(注2)電子移動度
単位電場あたりの電子の平均速度であり、伝導電子の動きやすさを示す量。
(注3)量子ホール効果
二次元状に閉じ込めた電子に磁場を加えたとき、電子は運動方向に垂直なローレンツ力を受けてサイクロトロン運動と呼ばれる円運動をする。電子が1回転する間に散乱が起こらないような移動度が極めて高い系においては、エネルギーがとびとびの値(量子化)となる準位が形成される。この際に、ホール抵抗がプランク定数hと電気素量eを用いてh/e2と表される抵抗値(約25.8kΩ)の整数分の1になると同時に、縦抵抗がゼロになる現象を量子ホール効果と呼ぶ。1985年のノーベル物理学賞の対象にもなった。
(公開日: 2017年12月25日)