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Seminar
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日仏国際共同研究、マルチフェロイック物質の謎を解く
~世界最強の磁場を用いた新たな磁場誘起相の観測~

発表のポイント

  • 100テスラを超す世界最高クラスの磁場を用いてマルチフェロイック物質(注1)における新たな磁場誘起相を観測しました。
  • マルチフェロイック物質における詳細な磁気相互作用の理解は、今後新たなデバイス開発・実用化に繋がると期待できます。
  • 世界最高クラスの磁場発生装置を保有する日本とフランス研究グループ間における初めての国際共同研究を行いました。

発表概要

東京大学物性研究所の嶽山正二郎教授とフランス国立強磁場研究所のオリバーポルトガル副所長らによる国際共同研究グループは、両国が保有する世界最高クラスの磁場発生装置「一巻きコイル磁場発生装置(注2)」を用いてマルチフェロイック物質CuCrO2における多彩な磁場誘起相の観測に成功しました。

「強誘電性」と「磁気秩序」を併せ持つ「マルチフェロイック物質」は将来の省電力メモリーを担うと期待され、近年急速に研究が進展しています。その性質の根幹を成している特殊な磁気秩序は、複雑な磁気相互作用の競合「フラストレーション(注3)」に起因しています。このため、マルチフェロイック物質の本質を知る上で、そのフラストレートした磁気相互作用を詳細に理解することが必要不可欠とされてきました。

本研究グループは、100テスラ以上の極限強磁場を用いることにより、新たに複数の磁場誘起相を観測しました。この観測は、先行研究において用いられていた理論モデルに修正を促す結果となっており、その詳細な磁気相互作用の理解は今後新たなデバイスの開発・実用化へと繋がることが期待できます。

また、本研究成果を結実させたのは、日仏の研究施設間における人材の交流、実験手法の共有であり、今後日仏間による継続的な共同研究により、未開拓領域である100テスラ以上の研究が加速的に進展すると期待できます。

本研究成果は2017年11月1日付けで、米国科学誌「Physical Review B (Rapid Communication)」にオンライン掲載されました。


発表内容
【研究の背景】

将来の省電力メモリーを担うと期待されているマルチフェロイック物質では強誘電性と磁気秩序を併せ持つため、電場による磁化または磁場による電気分極の相互制御が可能となっています。この性質を創り出す特殊な磁気秩序は、複雑な磁気相互作用の競合「フラストレーション」により生じているため、フラストレートした磁気相互作用の詳細を理解することがマルチフェロイック物質を理解する上で重要となってきます。

三角格子を形成する磁性体CuCrO2では、フラストレートした磁気相互作用により低温・零磁場でプロパースクリュー型の磁気秩序(注4)をとり、強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質となることが知られています。しかしながら、プロパースクリュー型の磁気秩序を引き起こす「フラストレーション」の本質は、未だ十分に理解されていません。例えば、Fe置換したCuFeO2では、CuCrO2とは対照的に低温・零磁場で共線型の磁気秩序をとるため強誘電性を示さないが、磁場印加により強誘電性を併せ持つプロパースクリュー型の磁気秩序(マルチフェロイックな性質)を誘起することが知られています。このため、磁場を印加することによってCuCrO2の新たな磁場誘起相を調べることが、マルチフェロイック物質の本質ともいえるフラストレートした磁気相互作用の理解に大きく役立つと期待されていました。

【研究の内容】

本研究グループは、100テスラを超す世界最高クラスの磁場発生装置を用いてマルチフェロイック物質CuCrO2における多彩な磁気相の観測に成功しました(図1)。また、磁気光吸収測定(図2、上)により、これらの相をY型、UUD、 V型の磁気構造と推定しました。そして、興味深いことにファラデー回転により得られた磁化曲線(図2、下)では、多彩な磁気相が現れるにも関わらず、単調に増加する磁化曲線が得られ、明確な「プラトー構造(注5)」は観測されませんでした。これらの結果は、先行研究による理論モデル[1]と大きく異なっており、その理由としてシングルイオン異方性が磁場下で無視できるほど小さい、もしくは次近接以降の相互作用及び層間の相互作用を考慮する必要があると考えられます。詳細な理論モデルの要請は、今後マルチフェロイック物質の理解に繋がると期待できます。

図1:CuCrO2の磁場温度相図100テスラを超す世界最高クラスの磁場発生装置によって新たに3個の磁気相(Y型、UUD、V型)を明らかにした。
図1:CuCrO2の磁場温度相図
100テスラを超す世界最高クラスの磁場発生装置によって新たに3個の磁気相(Y型、UUD、V型)を明らかにした。

図2:CuCrO2の磁気光吸収強度(上図)とファラデー回転測定による磁化(下図) 磁気光吸収強度において、新たな磁気相(Y型、UUD、V型)を示唆する結果が得られた。一方で、磁化は単調に増加しており、予測されていた平坦な構造(プラトー構造)は観測されず、これまでの理論モデルに修正を促す結果となった。
図2:CuCrO2の磁気光吸収強度(上図)とファラデー回転測定による磁化(下図)

磁気光吸収強度において、新たな磁気相(Y型、UUD、V型)を示唆する結果が得られた。一方で、磁化は単調に増加しており、予測されていた平坦な構造(プラトー構造)は観測されず、これまでの理論モデルに修正を促す結果となった。

【今後の展望】

本研究成果は、先行研究で用いられた理論モデル[1]に修正を促すものとなっています。このため、本研究成果を契機に国内外の理論グループが新たな理論モデルを用いた計算を始めています。また、詳細な磁気相互作用を真に理解するには、磁気相図の全体像を知る必要があり、飽和磁場(300テスラ程度)までの測定が必要不可欠です。東京大学物性研究所が保有する室内世界最高磁場発生装置(電磁濃縮法)を用いた研究が今後期待されています。

100テスラ以上における極限環境下での研究は、その重要性が認識されつつあるにも関わらず、未だ発展途上の段階にあります。世界の三極(柏・東京大学物性研究所、トゥールーズ(仏)、ロスアラモス(米))でそれぞれ運用されている世界最高クラスの磁場発生装置ですが、三国間での共同研究体制はこれまで整っていませんでした。本研究は、日本とフランス研究グループ間における初めての国際共同研究であり、今後日仏間による継続的な共同研究により、未開拓領域である100テスラ以上の研究が加速的に進展すると期待できます。

[1] S.-Z. Lin et al. Phys. Rev. B 89 220405 (R) (2014).

発表雑誌

問い合わせ先

嶽山 正二郎 (タケヤマ ショウジロウ)
東京大学 物性研究所 教授
takeyama<at>issp.u-tokyo.ac.jp

宮田 敦彦 (ミヤタ アツヒコ)
フランス国立強磁場研究所 特任研究員
atsuhiko.miyata<at>lncmi.cnrs.fr

※ <at>を@に変えてご使用ください。

用語解説

(注1)マルチフェロイック物質

強磁性(ferromagnetic)、強誘電性(ferroelectric)、強弾性(ferroelastic)などの強的(ferroic)な性質を複数有する物質。異なる強的性質の相関により、電場による磁化または磁場による電気分極といった相互制御が可能となり、次世代のデバイスへの応用が期待されている。

(注2)一巻きコイル磁場発生装置

直径10~14ミリメートルに巻いた一巻きの銅コイルに約200万アンペアの大電流を流すことによって、瞬時(約10マイクロ秒)の間に100テスラ以上の強磁場を発生する装置。現在、東京大学物性研究所(柏)、フランス国立強磁場研究所(トゥールーズ)、アメリカ国立強磁場研究所(ロスアラモス)の三ヶ所において運用されている。

(注3)フラストレーション

強磁性相互作用(反強磁性相互作用)の下でスピン対は平行(反平行)に配列しようとするが、それらの磁気相互作用間に競合が生じると全てのスピン対が安定した配列をとりえない状態。

(注4)プロパースクリュー型の磁気秩序

磁気秩序の伝搬方向がスピンスパイラル面に対して垂直となるような磁気秩序(図1)。

(注5)プラトー構造

ある特定の磁気構造が広い磁場範囲において最も安定である時、磁場を増減させても磁化の値が変わらずに一定値を保つ。このため磁化曲線に現れる平坦な構造。

(公開日: 2017年11月28日)