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[プレスリリース]
なぜ固体中の電子はガラス化するのか?その謎を初解明
自然界に現れるガラス化現象の統一的理解に期待

東北大学金属材料研究所
東邦大学
高輝度光科学研究センター
山梨大学
東北大学多元物質科学研究所
東京大学物性研究所
高エネルギー加速器研究機構

発表のポイント

  • 気体・液体・固体のどれとも異なる「ガラス状態*1」が形成されるメカニズムは物性物理学に残された最大の未解決問題の一つ
  • 本研究により固体中の電子がガラス化・結晶化するメカニズムを初めて解明
  • 自然界でみられるガラス化現象の統一的理解に期待

概要

窓ガラスなどに代表される「ガラス」物質は、われわれの生活になじみが深いにもかかわらず、その形成メカニズムは未だ完全には理解されていません。そのため、物性物理学に残された最大の未解決問題の一つとされてきました。

東北大学金属材料研究所の橋本顕一郎助教、佐々木孝彦教授の研究グループは、東邦大学理学部、高輝度光科学研究センター(JASRI)、山梨大学工学部、東北大学多元物質科学研究所、東京大学物性研究所、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、ゲーテ大学フランクフルト(ドイツ)と共同で、固体結晶中の電子がガラス化・結晶化するメカニズムを解明することに初めて成功しました。

研究グループは、有機固体結晶中の電子のガラス化および結晶化過程を詳細に調べることで、電子のガラス化現象は一般的なガラス形成物質と多くの類似点をもつことを明らかにしました。本研究成果は、自然界で普遍的に現れるガラス化現象への理解をより一層深めるものと考えられます。

本研究成果は、2017年9月29日(米国東部標準時)発行の米科学誌「Science」誌に掲載されました。

図1:(a)物質の三態(気体/液体/固体)とガラス状態の模式図。(b)三角格子構造を有する分子性有機導体θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4における電荷液体/結晶/ガラス状態の模式図。電子のガラス転移は試料を急冷・急加熱しながら電気抵抗率測定を行うことで観測される。
図1:(a)物質の三態(気体/液体/固体)とガラス状態の模式図。(b)三角格子構造を有する分子性有機導体θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4における電荷液体/結晶/ガラス状態の模式図。電子のガラス転移は試料を急冷・急加熱しながら電気抵抗率測定を行うことで観測される。

詳細な説明
○研究背景

ガラス状態は物質の三態である気体・液体・固体のどれとも異なる状態で、固体状態と同様に流動性を持たない一方で、液体状態と同様に空間秩序を持ちません。材料としてのガラスは人類の生活に非常になじみが深く、古くは紀元前から精製法が確立されていたと言われており、一般的に、ガラス状態は液体を急冷して結晶化(固体化)を阻害することで得られます(図1a)。しかしながら、なぜガラス状態が形成されるのかという物理的メカニズムについては未だ十分な理解が得られておらず、現在の物性物理学に残された最大の未解決問題の一つです。

ガラス化現象は極めて普遍的な現象であり、窓ガラス(ソーダ石灰ガラス)などの構造ガラス*2以外にも、金属ガラス*3スピンガラス*4など、自然界においてよく現れる現象です。今回研究グループが対象としたガラス状態は、固体結晶中の電子が引き起こすガラス化現象で、結晶中の電子が無秩序な配置のまま凍結したガラス状態です(図1b)。このガラス状態は電子の結晶化が妨げられた場合に生じ、近年、強い電子相関と幾何学的フラストレーション*5をもった分子性有機導体においてその実現が報告されてきましたが、その形成メカニズムは未解決のままでした。

○成果の内容

図1bに示した三角格子を持つ分子性有機導体θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4は、研究グループが電荷ガラス形成物質として見出した物質で、高温では各分子上に+0.5価の電荷が均一に分布した「電荷液体」状態になりますが、170ケルビン(約マイナス103℃)の低温で分子間のクーロン斥力*6により電荷が+0.85価と+0.15価に分離して周期的に整列した「電荷結晶」状態へと転移します。この転移は1分間に50ケルビン以上の冷却速度(50 K/min)で抑制され、電子のガラス状態である「電荷ガラス」が得られます。

図2:(a)本物質で起こりうる様々な電荷配置。徐冷すると対角型の電荷配置をとるが、急冷すると様々な電荷配置が混ざり合ったガラス状態になる。V1とV2は二等辺三角格子上のクーロン斥力を表している(V1>V2)。(b)様々な電荷配置に対するエネルギー状態。水平型が最も安定な電荷配置となるが、急冷により準安定状態に落ち込むとガラス状態になる。
図2:(a)本物質で起こりうる様々な電荷配置。
徐冷すると対角型の電荷配置をとるが、急冷すると様々な電荷配置が混ざり合ったガラス状態になる。V1とV2は二等辺三角格子上のクーロン斥力を表している(V1>V2)。
(b)様々な電荷配置に対するエネルギー状態。水平型が最も安定な電荷配置となるが、急冷により準安定状態に落ち込むとガラス状態になる。

まず研究グループは、KEKフォトンファクトリー(PF)とSPring-8*7においてそれぞれX線構造解析と赤外分光測定を行い、電子のガラス状態を詳細に調べました。その結果、本物質における電荷ガラス状態は、図2aのように、水平型や対角型の配列パターンに加えて、結晶のb軸方向にはどの列に対しても2倍周期を持つ一方で、c軸方向には無秩序である配列が混在していることが分かりました。このような電荷配列は幾何学的フラストレーションを有する二等辺三角格子において期待される様々な電荷配列が混ざり合った状態であり、本物質の電荷ガラス状態が電子相関の幾何学的フラストレーション効果に起因していることが明らかになりました。様々な電荷配列が混ざり合った状態は無数の準安定状態*8を持った図2bのようなエネルギー状態を形成すると考えられ、本物質は急冷により準安定状態に落ち込んでしまうため、本来最も安定な結晶状態に転移できなくなり、電荷ガラス状態になることが分かりました。

図3:本物質の温度-時間-変態(TTT)図。カラーは電荷結晶領域の体積分率を表している。左側の白の矢印で表した曲線は電荷ガラス化に必要な冷却速度である50 K/minでの冷却曲線を表している。一方、右側の曲線のように0.1 K/minで徐冷すると試料は結晶化する。TmとTgはそれぞれ電荷結晶転移温度とガラス転移温度を表している。
図3:本物質の温度-時間-変態(TTT)図。
カラーは電荷結晶領域の体積分率を表している。左側の白の矢印で表した曲線は電荷ガラス化に必要な冷却速度である50 K/minでの冷却曲線を表している。一方、右側の曲線のように0.1 K/minで徐冷すると試料は結晶化する。TmTgはそれぞれ電荷結晶転移温度とガラス転移温度を表している。

次に研究グループは急冷過程によって作り出した過冷却電荷液体状態において電気抵抗率測定を行うことで電子の結晶化過程を詳細に調べ、各温度・時間における電荷結晶領域の体積を求め、図3のような温度(temperature)-時間(time)-変態(transformation)図(略してTTT図)を作成しました。TTT図には、一般的なガラス形成物質で観測されるドーム状の構造が現れており、電子のガラス状態が一般的なガラス形成物質と同じメカニズムで形成されていることが分かりました。図3に記した白の曲線(左側)は、本物質をガラス化させるのに必要な50 K/minでの冷却曲線を示しており、電子の結晶化を阻害することがガラス化を引き起こすために必要であることを実験的に実証することに成功しました。

○意義・課題・展望

ガラス化現象は自然界において極めて普遍的なものであり、物質中の磁気スピンや電気双極子、軌道自由度や超伝導体中の渦糸などにおいても起こります。本研究は、固体結晶中の電子のガラス化・結晶化過程を詳細に調べ、電子のガラス化には強い電子相関と三角格子の持つ幾何学的フラストレーションが重要であることを実験的に示し、一般的なガラス形成物質との類似性を明らかにしました。本研究成果により、今後ガラス化現象一般に対する統一的な理解がより一層深まるものと考えられます。

○発表論文

○専門用語解説

※1 ガラス状態
結晶のように周期構造を持たない物質群を非晶質(アモルファス)物質と呼ぶ。その中でも、ガラス転移を示す物質群をガラス物質と呼び、物質の三態である気体・液体・固体のどれとも異なるガラス状態を示す。ここで、ガラス転移とは、温度を変えたときに比熱や熱膨張係数などの物理量に異常が観測される現象である。
※2 構造ガラス
構成要素である原子や分子が配置の規則性を持たずに不規則な構造のまま凍結した物質群を構造ガラスという。例えば、窓ガラスとして使用されているソーダ石灰ガラスはケイ砂(SiO2)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)を混合してガラス化させた構造ガラスである。
※3 金属ガラス
構造ガラスの中でも、特に金属元素を主成分とする非結晶(アモルファス)合金を金属ガラスと呼ぶ。
※4 スピンガラス
非磁性金属に微小量の磁性元素を加えた合金において、磁性元素の磁気モーメントの向きがランダムなまま固まった物質群をスピンガラスという。
※5 幾何学的フラストレーション
互いに反発し合う電子を直線上に2サイトあたり1つ配置する場合、電子は反発を避けるために1サイト置きに並ぶ。一方、三角形で埋めつくされたサイト上に2サイトあたり1つの電子を配置する場合、必ず隣り合うどこか2つのサイトに電子が配置される。このように三角格子系などでは、電子同士の反発を小さくしようとしても、どこかに必ず不満(フラストレーション)が残る。このような状況を物理学では幾何学的フラストレーションが存在するという。
※6 クーロン斥力
2つの電子間に働く反発力をクーロン斥力という。クーロン相互作用が強い物質群を総称して、電子相関の強い系(強相関電子系)と呼ぶ。
※7 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
※8 準安定状態
本来の最安定状態では無いが、大きな乱れなどがない限り、長い時間その状態にとどまることができるとき、その状態を準安定状態という。

○共同研究機関および助成

本成果は、東北大学金属材料研究所の橋本顕一郎助教、佐々木孝彦教授のグループと東邦大学理学部の西尾豊教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の池本夕佳主幹研究員、森脇太郎副主幹研究員、山梨大学工学部の米山直樹准教授、東北大学多元物質科学研究所の渡邉真史特任准教授、東京大学物性研究所の上田顕助教、森初果教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の熊井玲児教授、村上洋一教授、ゲーテ大学フランクフルト(ドイツ)のJens Müller教授との共同研究によるものです。また本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金、文部科学省新学術領域研究「π造形科学」、キヤノン財団からの支援を受けて実施されました。X線構造解析はKEK-PFの共用ビームライン(BL-8A)、赤外分光測定はSPring-8の共用ビームライン(BL43IR)で実施しました。


関連サイト

(公開日: 2017年09月29日)