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ーワイル粒子で駆動する次世代量子デバイス実現へ道筋ー

「ワイル磁性体」を世界で初めて発見
ーワイル粒子で駆動する次世代量子デバイス実現へ道筋ー

東京大学 物性研究所
理化学研究所
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 新しい磁性物質「ワイル磁性体」を世界で初めて発見しました。
  • 室温で10 ミリテスラの小さな外部磁場により、本物質中で発現するワイル粒子を制御することが可能です。
  • ワイル粒子の量子力学的な特性を利用することで新しい機能を持った革新的な次世代デバイスの開発の進展が期待されます。

発表概要

東京大学物性研究所(所長 瀧川仁)の黒田健太助教、冨田崇弘研究員、近藤猛准教授、中辻知教授を中心とする研究グループは、理化学研究所創発物性科学研究センターの有田亮太郎チームリーダーらの協力のもと、世界で初めてワイル粒子を磁性体 (マンガン三スズMn3Sn、図1、注1) の内部で実験的に発見しました。これにより、従来の強磁性体や反強磁性体とは異なった、新しい磁性体「ワイル磁性体」を世界で初めて見いだしたことになります。「ワイル粒子(注2) 」とは質量ゼロの粒子で、2015年に固体の非磁性物質(ヒ素化タンタル)の中で発見されました。この歴史的な大発見以降、ワイル粒子を有した物質探索やその特性を利用したデバイス開発が世界中で行われています。

本研究で発見したワイル粒子は、従来の非磁性体で発見されたワイル粒子とは発現機構が全く異なり、物質の磁性によって創出されるため「磁気ワイル粒子」と呼びます。磁気ワイル粒子の発見により、人為的に外部磁場で物質の磁性状態を制御することで、室温でも質量ゼロの磁気ワイル粒子を自在に操作できる新しい磁性体「ワイル磁性体」を発見しました。このワイル磁性体では、磁場がなくても巨大なホール電圧(注3)を発生させたり、固体内で磁場中と同方向に電流を誘起させるなど、今までにない全く新しい量子機能を持った特異な物質特性を室温で発現することができます。これまでに同物質が示す巨大な磁気輸送現象や熱電効果が観測されていましたが、今回の発見により、その発現機構に磁気ワイル粒子が本質的に重要な役割を担っていることがわかりました。

このようなワイル磁性体の持つワイル粒子の創出・制御を利用した新しい機能を使うことで磁気メモリや熱電技術開発に関する革新的な進展が期待されます。また、マンガン合金が廉価で毒性のない元素で構成されていること、容易に大型の単結晶を育成できることなどから、ワイル磁性体には実用材料としての好条件が揃っています。今後、ワイル磁性体を利用した磁気ワイル粒子で駆動するデバイス開発に向けた研究の急速な進展が期待されます。

本研究成果は、Nature Materials 誌(日本時間 9 月 26日午前0時)に掲載されました。

図1:反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造。 (a) z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。(b) 磁場B // [2110] にかけた場合の逆120度構造と呼ばれるMnスピンの磁気構造の様子、ならびに(c)磁場B  // [01-10] にかけた場合の逆120度構造を持つ磁気構造の様子。
図1:反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造。

(a) z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。(b) 磁場B // [2110] にかけた場合の逆120度構造と呼ばれるMnスピンの磁気構造の様子、ならびに(c)磁場B // [01-10] にかけた場合の逆120度構造を持つ磁気構造の様子。


発表内容:

①研究の背景

質量ゼロのワイル粒子は、1929年に理論的に提案されて以降、高エネルギー物理の領域で研究されてきました。長い間ニュートリノがワイル粒子だと考えられていましたが、1998 年にスーパーカミオカンデの実験で質量を持つことが実証(2015年ノーベル賞)されて以降、ワイル粒子の再探索が行われていました。2015年、意外なことに、ヒ素化タンタル (TaAs) という半金属物質中で低エネルギーの伝導電子が「ワイル粒子」として振る舞うことが発見されました。ワイル粒子は、素粒子物理などの基礎科学に関する研究分野だけでなく、物質にも存在し、その特殊な量子力学的性質をデバイス開発に利用することができることから、現在ワイル粒子に関する研究が世界中に広がっています。そもそも、物質中のワイル粒子には二つの種類があることが知られています。最初に予言された磁気ワイル粒子と、その後、存在が予想された非磁性ワイル粒子です。非磁性ワイル粒子はTaAs中でその存在が実証されました。一方、外部磁場で制御が可能となる磁気ワイル粒子はデバイス応用で必要不可欠となるため、その物質開発は熾烈な競争が行われています。しかしながら、これまで磁気ワイル粒子の発見に成功した例はありませんでした。もし、このような物質が実現すれば、既存のエレクトロニクスの枠組みを超えた新しいパラダイムを与えると期待されています。

②研究内容

今回、東京大学物性研究所の中辻知教授らの研究グループは、反強磁性体であるマンガン(Mn)とスズ(Sn)の合金、マンガン三スズMn3Sn(図1、注2)中で、「ワイル粒子」となる伝導電子の振る舞いを発見しました。本ワイル粒子は、反強磁性体内で自発的に発生した磁場により創出された磁気ワイル粒子であり、今回、世界で初めてその存在を実証しました。

物質中のワイル粒子は、異なるカイラリティ(右巻き、左巻き)が対となって発生し、量子力学に基づく波動関数のトポロジーを起源として、それぞれ「N極」と「S極」に相当する磁気モノポール(ワイル点) を形成します(図2)。このようなワイル粒子が創り出す量子力学的効果により、物質中の伝導電子が仮想的な磁場(注4)を感じて巨大な電子輸送現象が発生します。これまで、Mn3Snで巨大な磁気輸送現象や熱電効果が観測されてきましたが、その起源はわかっていませんでした。今回の磁気ワイル粒子の発見により、ワイル粒子の創る巨大な仮想磁場がその発現機構に重要な役割を担っていることがわかりました。

また、今回の発見はMn3Snが外部磁場による制御で質量ゼロの磁気ワイル粒子を自在に操作できる新しい磁性体「ワイル磁性体」であることを意味します。これは、ワイル磁性体に地磁気の20倍程度(10ミリテスラ)の磁場を与えるだけで、磁気ワイル粒子が作り出す100〜1000 テスラに匹敵する巨大な磁場(仮想磁場を実空間の磁場に換算した場合)を制御可能である事を示しています。

今回、本物質の電子構造を光電子分光 (注5) と理論計算を組み合わせて詳細に調べた結果、巨大な仮想磁場の源であり、磁気モノポールになるワイル点がフェルミレベルのごく近傍に形成されることを明らかにしました (図3) 。磁気ワイル粒子が物質内に存在していれば、磁場と同じ方向に電流が流れるという特異な現象を利用し、磁場の角度と電流方向の実験で示すことに室温で成功しました。(図4)

今回発見されたMn3Snはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造 (図1a) をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点を占める位置に配置されています。このとき、隣り合うスピンが互いに反対方向に向こうとする力が働き、互いに120 度傾いた状態で安定になります(図1b, 1c)。これに外から数10 ミリテスラ程度の非常に小さい磁場をかけるとわずかに磁化が観測されます。この磁化は外からの磁場を取り去っても残ります。この様に小さい磁場でワイル粒子を操作することで、巨大な仮想磁場が発現させる量子輸送現象を制御できることを示しました。

図2:ワイル粒子のエネルギーと運動量の関係の模式図。ワイル粒子はカイラリティの異なる対が同時に形成され、それぞれの交点(ワイル点)で仮想磁場(緑矢印)が発生して電子の運動に影響を与えます。
図2:ワイル粒子のエネルギーと運動量の関係の模式図。
ワイル粒子はカイラリティの異なる対が同時に形成され、それぞれの交点(ワイル点)で仮想磁場(緑矢印)が発生して電子の運動に影響を与えます。
図3:(左) 磁場B // [2110] にかけた場合の反強磁性体Mn3Snでのワイル点の位置と仮想磁場の向き。(右) 光電子分光で得られたエネルギーと運動量の関係と理論計算(白線) の比較。バンドのクロス点 (ワイル点) に対応する光電子強度が観測されました。
図3:(左) 磁場B // [2110] にかけた場合の反強磁性体Mn3Snでのワイル点の位置と仮想磁場の向き。(右) 光電子分光で得られたエネルギーと運動量の関係と理論計算(白線) の比較。バンドのクロス点 (ワイル点) に対応する光電子強度が観測されました。
fig4-1
fig4-2

図4:磁性体でカイラル異常(注6)を観測した実証実験。
磁場と電流の向きが平行になった時だけ電気が流れる事で、見かけ上電気抵抗が下がって見えます(左図)。右図に示す通り、磁場により異なる2つのワイル点間にエネルギー差が生じて起こる電流の誘起現象によって引き起こされます。

③社会的意義・今後の予定など

本研究により、Mn3Snがワイル粒子と磁性を併せ持った新しいトポロジカル物質「ワイル磁性体」であることを発見しました。磁性金属中でワイル粒子を見つけたのはこれが初めてです。このワイル磁性体は、室温で小さな外部磁場を与えることでワイル粒子を制御できるため、多くの実用材料への応用が可能と考えられます。さらには、さまざまな創発的電磁気学的現象が室温で見出されると期待されます。

加えて、今回実証された磁気ワイル粒子の存在は、同物質が示す巨大な磁気輸送効果、特に熱電効果の発現機構の解明に大きな前進をもたらしました。ワイル粒子が誘発するこの巨大な輸送現象を利用することで、ワイル磁性体を利用したエネルギーハーヴェスティングの技術創出につながると期待されます。特に、これまでのトポロジカル物質とは異なり、外場でワイル粒子とそのトポロジカルな性質を制御できる初めてのケースです。これらの特性を活かして、今までにない磁気メモリや熱電技術開発に関する革新的な進展が期待されます。また本物質に代表されるような反強磁性体に新しい機能を持たせた革新的な次世代デバイスの開発の進展が期待されます。そのためにもMn3Snだけでなく類似物質探索、元素置換による最適化により、更に高い性能を持つワイル磁性体の開発も進めていきます。

ワイル磁性体中のワイル粒子が引き起すトポロジカルなマクロ物性については学術的にも大変興味が持たれているテーマです。このワイル磁性体を舞台として、これまでになかった電子相関とトポロジーが融合した輸送現象に基づく新機能を提案していく予定です。

 
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域(研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号JPMJCR15Q5(研究代表者:中辻 知)並びに文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号15H05882(研究代表:播磨 尚朝 )における研究計画班 「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号15H05883(研究代表者:中辻 知)の一環として行われました。また、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題 「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 所長)の助成を通して得られたものです。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Nature Materials」
  • 論文タイトル:Evidence for Magnetic Weyl Fermions in a Correlated Metal
  • 著者:K. Kuroda+, T. Tomita+, M.-T. Suzuki, C. Bareille, A. A. Nugroho, P. Goswami, M. Ochi, M. Ikhlas, M. Nakayama, S. Akebi, R. Noguchi, R. Ishii, N. Inami, K. Ono, K. Kumigashira,
    A. Varykhalov, T. Muro, T. Koretsune, R. Arita, S. Shin, Takeshi Kondo, and S. Nakatsuji * (+:equal contribution, *:責任著者)
  • DOI番号: 10.1038/NMAT4987

用語解説:

(注1) 反強磁性体マンガン化合物 (Mn3Sn) :

三角格子上の各頂点に位置するMn原子が反強磁性的な相互作用を持つスピンを持ち120度構造で安定化します。今回の物質は、三角格子上の1つのMnスピンが常に磁場と平行方向に向こうとする逆120度構造をとります。 (図1)この反強磁性体スピンの全体としての総和はほぼゼロに等しい。巨大な異常ホール効果や異常ネルンスト効果を示すため次世代の反強磁性不揮発性メモリ材料や熱電変換材料の候補と考えられます。しかし異常な特性の起源は今までわかっていませんでした。
(注2) ワイル粒子:
ワイル粒子とは、1921 年にヘルマン・ワイルが提唱したワイル方程式に従って記述される粒子のことです。物質内でワイル粒子は、異なるカイラリティ(右巻き、左巻き)を持つ対となって発生して、それぞれ磁石の「N 極」と「S 極」に相当する点 (ワイル点) を形成します。(図2)2015年にヒ素化タンタル (TaAs) という半金属状態の物質中(ワイル半金属)でワイル粒子が発見されました。
(注3) ホール電圧:
電流が流れている物体に磁場を加えると、伝導電子が電流と磁場の方向に対して垂直方向にローレンツ力を受けて物体の端に移動します。その結果、電流と磁場の方向に対して垂直方向に電位差ができます。この現象をホール効果といい、このホール効果によって発生した電位差はホール電圧と呼ばれています。
(注4) 仮想磁場:
波数空間に存在する有効磁場で、電子構造のトポロジーに起因する新しい物理概念。巨大な異常ホール効果や巨大な異常ネルンスト効果の起源と考えられます。電子などは一般に、量子力学的な波動関数で表されます。その波動関数の位相情報が物質の巨視的な性質、例えば、ホール効果やネルンスト効果として現れる場合があります。これは波動関数が作る電子構造の幾何学的な性質に起因するため、電子構造のトポロジー呼ばれています。 (図2)
(注5) 光電子分光:
物質に光を照射して飛び出す電子 (光電子) を観察することで、物質内の電子状態を観察する実験手法。光が伝搬する波であると同時に粒の集合体であるとして、光の概念を覆したアインシュタインの発想 (1921 年のノーベル賞受賞理由) に基づいています。
(注6) カイラル異常:
ワイル粒子が内包された物質で、磁場と同じ方向に電流が流れる量子力学の特別な現象です。磁場により異なる2つのワイル点間にエネルギー差が生じることでその大きさに依存した電流が流れます。これにより電場と磁場が平行の時のみ見かけ上、磁気抵抗が下がります。

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