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反強磁性体での巨大な異常ネルンスト効果の発見

磁性体を用いて熱から発電を可能にする新技術
反強磁性体での巨大な異常ネルンスト効果の発見

東京大学 物性研究所
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
理化学研究所 創発物性科学研究センター
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 反強磁性体で初めて自発的な巨大異常ネルンスト効果を発見しました。
  • 電子構造のトポロジーを利用した新しい熱電技術の提案をします。
  • 既存磁性体物質より磁化当たりで100倍大きい熱起電力特性を持つ反強磁性体のため、漏れ
    磁場を押さえることで高集積化が可能、高効率の熱電変換材料として期待されます。

発表概要

熱から電気エネルギーを直接回収する発電方法として熱発電と呼ばれるものがあります。これは自動車・バイクのエンジン、工場や製鉄所、パソコンやサーバー機などで発生する身近な廃熱を利用する方法や、温泉熱、太陽熱、地中熱などの自然界の熱を利用する方法が知られています。主に熱を電気に変える熱電変換素子は、「温度差を有する材料の両端に起電力が生じる」という基礎原理を利用しています。この原理を利用した発電装置は温度差が大きいほど発電量は大きくなります。また、小型化が可能なうえ、可動部分もなく発電装置の長寿命化が期待できます。しかし、現在使われている非磁性体の半導体を利用した発電素子は温度差の方向と起電力を取り出す方向が同じであるため立体的な構造を作ることが余儀なくされ、製造工程が複雑になり大型化や高集積化に伴う製造コストに問題を抱えています。

今回、東京大学物性研究所(所長 瀧川仁)の冨田崇弘特任研究員、ムハンマド・イクラス大学院生、中辻知教授らの研究グループは理化学研究所創発物性科学研究センター計算物質科学研究チームと協力して、反強磁性体マンガン合金 (Mn3Sn、図1、注1) にて、これまでにない自発的な巨大熱起電力効果が現れることを見いだしました。従来の温度差のみを利用した原理と異なり物質の磁性を利用した発電原理によるものです。この磁性を用いた発電原理は温度差とその磁化の大きさに比例した熱起電力が現れ、強い磁性を持つ強磁性体材料でのみ現れると考えられてきました。しかし、この常識を破り、本研究グループは100分の1以下の磁化を持つ反強磁性体で強磁性体と同程度以上の自発的な巨大熱起電力効果を世界で初めて発見しました。今まで強磁性体を熱電材料として利用した場合は漏れ磁場の影響があり高集積化が不可能と思われていましたが、反強磁性体の場合はスピンが互いに反対向きに揃うために全体のスピンが作り出す漏れ磁場は殆どありません。このため、今まで不可能だった高集積化による高出力の実現が可能となります。また磁性体を使用した場合の熱電素子は、温度差と磁化と起電力が互いにすべて垂直方向を取るため、熱起電力を発生させる素子構造自体の単純化が可能です(図2)。マンガン合金が二元系の廉価で毒性のない元素のみで構成されていること、容易に結晶育成できることなどから実用材料としての好条件が揃っており、今後熱電素子の製造コストを抑える革新的な進展が期待されます。

図1:反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁場中での磁気構造。 (a) z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。(b) 磁場B // [2110] にかけた場合の逆120度構造と呼ばれるMnスピンの磁気構造の様子、ならびに(c)磁場B  // [01-10] にかけた場合の逆120度構造を持つ磁気構造の様子。
図1:反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁場中での磁気構造。

(a) z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。(b) 磁場B // [2110] にかけた場合の逆120度構造と呼ばれるMnスピンの磁気構造の様子、ならびに(c)磁場B // [01-10] にかけた場合の逆120度構造を持つ磁気構造の様子。


発表内容

① 研究の背景
金属や半導体の両端に温度差を与えると、熱の流れによってキャリア移動が起こり両端に電圧が発生することが古くから知られています。この現象はゼーベック効果 (注2) と呼ばれて温度差に比例した起電力が得られます。このような性質を持つ物質を並列につなげてモジュール化(サーモパイル化)することでより高出力の起電力を得ることができます。これは手のひらサイズ以下の小型な発電機であり、温度差がある場所であればどこにでも設置できます。この熱発電機には可動部分がなく、長寿命なため保守作業も必要がないという特徴を持っています。例えば、ゴミ焼却場、工業炉、更には自動車などに用いることで大量に廃棄される未利用の廃熱エネルギーからの発電が可能であるため、省エネルギー・地球温暖化問題の緩和策としても期待されています。現在利用されている熱電素子材料は非磁性の半導体素子が主流で、温度差の方向と起電力の方向が一緒なため、素子を並列につなぐ際の電流パスの構造が複雑となります(図2a)。このような素子を隙間なくチップ内に並べるといった微細加工が必要なことから製造コストを下げにくく、また素子自体が厚く熱源の接触面に対して柔軟性がないといった問題があります。

② 研究内容
本研究グループは、世界で初めて反強磁性体物質で自発的に巨大熱起電力を発現する熱電変換材料を発見しました。現在の熱発電機は半導体などの非磁性材料が一般的ですが、今回発見した熱伝変換材料は金属磁性体です。磁性体の場合は、温度差以外に磁化にも比例した熱起電力が現れます。しかも熱起電力の方向は磁化と温度差の両方向に互いに垂直に発生します。この現象はネルンスト効果と呼ばれています。従来この効果では、磁化の強い強磁性体でしか実用的な熱起電力を示さないと考えられていました。今回、この常識を覆し磁化の小さい反強磁性体マンガン合金 (Mn3Sn)でも強磁性体と同程度以上の大きな熱起電力が生じることを世界で初めて発見しました。これは量子力学に基づく波動関数の位相を起源とした仮想磁場 (注3) と呼ばれる新しい物理概念により熱起電力が大きく増強されたと考えられます。この仮想磁場はおよそ数百T級に相等し熱流とカップルすることで小さな磁化を持つ物質でも巨大な熱電力が現れたと考えられます(図3)。さらに本発見で興味深いことは、この仮想磁場が磁化とともに自発的に生じているため、温度勾配を与えるだけでこの巨大な熱起電力が現れることです。このように自発的に現れるネルンスト効果を異常ネルンスト効果(注4)と呼び、従来の熱発電原理と同じように温度差のみで起電力を発生できます。さらにMn3Snの巨大な熱起電力は室温付近もさることながら温度を冷やすことで起電力が上がり、-70 ℃ (200 K) で最大値を示し室温の4倍以上の値が現れます。これまで報告されている強磁性体の値と比べても同程度以上で磁化当たりに対しては100倍以上大きな値です(図4)。

今回反強磁性体を用いた巨大な熱起電力を利用した新たな熱電機構を考案しました。従来の熱電素子と比べ優れた点は、本物質が反強磁性体であるため磁化がとても小さいことにあります。Mn3Snはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造 (図1) をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点を占める位置に配置されています。このとき、隣り合うスピンがお互いに反対方向に向こうとする力が働くと、三角形の3つの頂点の間でその力が拮抗し、最終的にはお互いの角度が120 度だけ傾いた状態が安定になります。ただし、スピンの向きの取り方には幾つかの種類があり、Mn3Snでは、図2に示すようなスピン配置をとります。このようにスピンがお互いにキャンセルするような配置をとりますが、外から磁場をかけるとわずかに磁化が観測されます。この磁化は磁場を取り去っても自発磁化として残ります。値は1つのマンガン元素あたり数ミリμB という非常に小さな磁化の値のため、単純計算で一般的な強磁性体に比べ100倍以上の高集積化が期待できることになります(図4)。また耐熱温度はMn3Snの反強磁性転移温度と同程度で160℃ (420 K)と環境発電材料として都合が良い温度と言えます。

現在主に利用されている非磁性の半導体素子を利用した熱発電機は発生電力と温度差の方向が平行なため (ゼーベック効果)、熱発電には図2aで示すように複雑な構造を取る必要がありました。一方、今回の反強磁性体を用いることで温度差と垂直に熱起電力を取り出せるため (ネルンスト効果)、各素子の電圧端子を面内方向に連結させるだけで良いことから単純なモジュール構造が可能です(図2b)。また磁化が小さいことを利用し集積化を行うことで従来の熱発電機と比べて出力電力の飛躍的な向上が見込めます。製造コストが安いMnやSnで構成できる廉価で無害な金属磁性材料であり、構造が単純なことから薄膜などのさまざまな形状への加工が可能になると考えられます。このため凹凸のある熱源の接触面に柔軟に対応でき、熱エネルギーをより効率的に取り込めることから熱変換効率を上げることが期待されます。今後、薄膜等によりシート化が可能になれば工場の廃熱や地熱等凹凸のある面に柔軟に対応できるなど今後の研究開発次第でさらなる展開が期待されます。これにより工場や発電所の熱エネルギーの回収・管理や地熱等の眠れるエネルギーの活用が可能になるなど、省エネルギー対策や地球温暖化の緩和策にも効果を発揮すると期待されます。

③ 社会的意義・今後の予定など

本研究の成果は、反強磁性体での異常ホール効果の発見に引き続く、同物質での熱電素子の開発を大きく進展させる新現象の発見です。この発見はエネルギーハーヴェスティングの技術創出につながると期待されます。今後、Mn3Snだけでなく類似物質探索、すなわちMn3ZZサイトの置換による最適化により高い熱起電力を示す物質の探索や、同時に対をなす熱起電力を示す反強磁性体素子の探索も進めていきます。

自発的異常ネルンスト効果が現れる機構については、学術的にも大変興味が持たれているテーマです。反強磁性体Mn3Snのスピン構造はキラリティを有しており、これに起因する電子構造のトポロジー (注5) が今回の自発的異常ネルンスト効果の機構に関与していることが理論的に提案されています。今後、巨大な異常ネルンスト効果を解明するため、この効果が更に顕著になる化学的置換効果、機構解明の研究も行っていく予定です。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域(研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号JPMJCR15Q5(研究代表者:中辻 知)並びに文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号15H05882(研究代表:播磨 尚朝 )における研究計画班 「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号15H05883(研究代表者:中辻 知)の一環として行われました。また、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題 「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 所長)の助成を通して、海外の研究者との交流により研究指針を展開させていった中で得られたものです。

発表雑誌

  • 雑誌名:「Nature Physics (2017)」
  • 論文タイトル:Large anomalous Nernst effect at room temperature in a chiral antiferromagnet
  • 著者:Muhammad Ikhlas+, Takahiro Tomita+, Takashi Koretsune, Michi-To Suzuki, Daisuke Nishio- Hamane, Ryotaro Arita, Yoshichika Otani, and Satoru Nakatsuji * (+:equal contribution, *:責任著者)
  • DOI番号: 10.1038/NPHYS4181

添付資料

図2:(a)従来のゼーベック効果と(b)ネルンスト効果によるモジュール化の違い。 (a) 2種類の異なる金属または半導体を接合して、両端に温度差を生じさせるとゼーベック効果により温度差と同方向に起電力が生じる。大きな電位差を得るためにp型半導体、n型半導体を組み合わせて複数並べて使用する。(b)ネルンスト効果を利用した場合、温度差と磁化と電位差がすべて垂直であるため、モジュール自体を薄くシート化することが可能。正負の異なるネルンスト電圧もしくは異なる保磁力を持つ磁性材料を接合させて組み合わせて使用する。さらに強磁性体と比べ反強磁性体Mn3Snでは集積化が可能なため、従来より高出力化が可能。
図2:(a)従来のゼーベック効果と(b)ネルンスト効果によるモジュール化の違い
(a) 2種類の異なる金属または半導体を接合して、両端に温度差を生じさせるとゼーベック効果により温度差と同方向に起電力が生じる。大きな電位差を得るためにp型半導体、n型半導体を組み合わせて複数並べて使用する。
(b)ネルンスト効果を利用した場合、温度差と磁化と電位差がすべて垂直であるため、モジュール自体を薄くシート化することが可能。正負の異なるネルンスト電圧もしくは異なる保磁力を持つ磁性材料を接合させて組み合わせて使用する。さらに強磁性体と比べ反強磁性体Mn3Snでは集積化が可能なため、従来より高出力化が可能。
図3:反強磁性体Mn3Snでの (a)ゼロ磁場での自発磁化、ネルンスト電圧、温度差の各方向。(b)磁場変化によるネルンスト電圧。ゼロ磁場でも自発電力が発生(異常ネルンスト電圧)。Mnドープ量を調整することで、保磁力とネルンスト電圧の調整が可能。
図3:反強磁性体Mn3Snでの (a)ゼロ磁場での自発磁化、ネルンスト電圧、温度差の各方向。(b)磁場変化によるネルンスト電圧。ゼロ磁場でも自発電力が発生(異常ネルンスト電圧)。Mnドープ量を調整することで、保磁力とネルンスト電圧の調整が可能。
図4:さまざまな磁性体の磁化の大きさに対するネルンスト効果のプロット。 強磁性体(赤いベルト内の物質群)と比べ反強磁性体Mn3Snは磁化が極端に小さいにも関わらず、ネルンスト電圧は強磁性体の最高値と同等の性能を示す。
図4:さまざまな磁性体の磁化の大きさに対するネルンスト効果のプロット。
強磁性体(赤いベルト内の物質群)と比べ反強磁性体Mn3Snは磁化が極端に小さいにも関わらず、ネルンスト電圧は強磁性体の最高値と同等の性能を示す。

用語解説

  • (注1) 反強磁性体マンガン化合物 (Mn3Sn) :

    三角格子上の各頂点に位置するMn原子が反強磁性的な相互作用を持つスピンを持ち120°構造で安定化する。今回の物質は、三角格子上の3頂点の1つのMnスピンが常に磁場と平行方向に向こうとする逆120度構造をとる。この反強磁性体スピンの全体としての総和はほぼ0に等しい。巨大な異常ホール効果も示すため次世代の反強磁性不揮発性メモリ材料の候補と考えられる(図1)。

  • (注2) ゼーベック効果:

    この効果は電子・正孔の熱拡散による。一般に温度差のない導体の内部ではキャリア (電子・正孔) は均等に分布している。ところが金属や半導体の一端を加熱することにより、加熱された付近にあるキャリアが活性化され、低温側へと拡散して電場が生じる効果である。これは純水中に墨汁を一滴落とした時と同じで、活性化されたキャリアが広がろう(濃度を薄めよう)という現象(拡散)である。

  • (注3) 仮想磁場:

    波数空間に存在する有効磁場で、電子構造のトポロジーに起因する新しい物理概念。巨大な異常ホール効果や巨大な異常ネルンスト効果の起源と考えられる。

  • (注4) ネルンスト効果/異常ネルンスト効果:

    ネルンスト効果とは、導体や磁性体に互いに垂直な方向の磁場(磁化)と温度差を与えることで、高温端から低温端へ向かう電子の流れが磁場(磁化)により偏向を受けて曲げられた際、電子の分布が一様でなくなり、磁場(磁化)と温度差の互いに垂直な方向に起電力が生じる現象(図3a)。自発的に磁化や仮想磁場を持つ特殊な磁性体ではゼロ磁場でもネルンスト効果が発生し、これを異常ネルンスト効果と呼ぶ。異常ネルンスト効果があれば、ゼーベック効果と同様に温度差のみで起電力が発生する。

  • (注5) 電子構造のトポロジー:

    電子などは一般に、量子力学的な波動関数で表される。その波動関数の位相情報が物質の巨視的な性質、例えば、ホール効果やネルンスト効果として現れる場合がある。これは波動関数が作る電子構造の幾何学的な性質に起因するため、電子構造のトポロジー呼ばれる。


関連サイト

(公開日: 2017年07月25日)