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電子の「震え現象」を検証、新たな揺らぎ現象を発見

発表のポイント

  • 電子が常に光の速さで震動している現象を、固体中の電子を使って確認することに成功した。
  • 検証が非常に難しいとされてきた電子の震えを、電気抵抗の揺れにより検証した。
  • 長年の疑問に解答を与え、新しいタイプの揺らぎ現象、という問題提起を固体物理学に対して行った。

発表概要

真空中の電子は常に光速で細かく動いており、この電子の「震え現象」は、量子力学の始祖の一人シュレディンガーが、電子の相対論的方程式の理論的研究において発見したものである。その振動数は極めて高く観測は事実上不可能である。固体中の電子も同様の震え現象を起こし、その振動数が真空に比べて低いため検出し易いが、それでも大変難しいと考えられてきた。

東京大学大学院理学系研究科の岩崎 優、東京大学物性研究所の勝本 信吾教授らの研究グループは、少数の散乱体を含む微小な2次元伝導体を用い、震動の検証に成功した。いわば、電子のパチンコ台を平らに置いたようなもので、くぎ(散乱体)によって電子は向きを変えられるが、電子の「震え方」によってくぎに当たった後の向きも大きく変化する。これによって微小な「震え」が増幅され、全体の電気抵抗に大きな揺らぎが現れる。

この研究によって、長年実験的な検証が待たれていた電子の震動現象が、意外に大きな電気抵抗揺らぎとして現れることを示し、現象の検証と新たな揺らぎの発見とを同時に行うことができた。

図1 実験の概念を表す模式図量子ポイントコンタクトと呼ばれる狭い部分(青色)を通った電子(緑色)は「震え振動」をしながら進む。この電子が散乱体(茶色)に当たり跳ね返って、抵抗の振動として検出される。
図1 実験の概念を表す模式図
量子ポイントコンタクトと呼ばれる狭い部分(青色)を通った電子(緑色)は「震え振動」をしながら進む。この電子が散乱体(茶色)に当たり跳ね返って、抵抗の振動として検出される。

発表内容

①背景

真空中の電子は、様々な速さで走ったり止まったりしていると思われているが、実は常に光の速さで細かく動いており、その平均として見かけの速さが決まると考えられている。この細かい動きは、量子力学の始祖の一人シュレディンガーが、電子の相対論的量子力学方程式(ディラック方程式)の理論的研究において1930年に発見したもので、ドイツ語でZitterbewegung (震え運動)と呼ばれている。その存在は、相対論的量子力学では速度と運動量が無関係になってしまうことを意味し、物理学者の間に議論を巻き起こした。その振動数は1秒間に25000京(2.5×1020)と言われ、実際に測定することは事実上不可能である。固体中の振動数は遥かに遅くなるが、それでも測定は非常に難しく、これまで電子の震動を明瞭に捉えた報告はほとんどなかった。

②研究内容

本研究グループでは、電子の震動を観測するために、InAs (インジウムひ素)という物質を用いて電子を2次元に閉じ込めた (図1黄色の部分)。この構造の中では、電子のスピン自由度(注1)と軌道運動との間の相互作用(スピン軌道相互作用(注2))が強いため、震え運動方向は平均速度方向に直交し、全体として蛇行運動となって現れる。その幅はスピンと運動量ベクトルのなす角度で完全に決定され、一度蛇行する間に数十ナノメートル程度進む。

さらに、電気抵抗が量子化する量子ポイントコンタクトと呼ばれる細い隙間(図1の青い障壁の隙間)を用意し、ここを通る電子のスピン方向を揃えた。この量子ポイントコンタクトを電子が散乱されずに走る平均距離の2倍の距離に向かい合わせに置くことで、図1のように散乱体(茶色の円柱)が複数個立っている設定になっている。これは、電子のパチンコ台を平らにしたようなもの、と見ることができる。散乱体が釘で、量子ポイントコンタクトが球の入る穴の役割を果たしている。

これを低温(0.1 ケルビン)に冷却し、電気抵抗を測りながら横向き(2次元の面に平行)に磁場を加えていくと、磁場に対して図2のように一見するとノイズのようなふらつき(ゆらぎ)が現れた。「震え運動」の理論によると、2次元面に平行な磁場は、震え運動の振動数を変化させるため、パチンコ台を走る電子が釘に当たるときの角度が変化し、小さな震え運動が散乱角度の大きな変化となる。その結果、電子の球が穴に落ちる確率が変化して電気抵抗が変化したと考えられる。様々な釘と経路の寄与の重ね合わせによって、ノイズのようでノイズでない揺らぎが電気抵抗に現れたものである。

これを検証するため、さらに次の実験を行なった。理論解析から、磁場の向きを2次元面に平行に保って回転させると、この揺らぎが含む周波数成分の高周波限界の値が変化することが示された。そこで、磁場を回転させながら揺らぎ成分の周波数解析を行い、カラープロットしたところ、図3の黒い点線で示した理論による予想と良い一致を示した。また、スピンの向きがそろっていない電子を使うと、蛇行の幅が電子によって異なるため、散乱のされ方もばらばらになり、ゆらぎは消えてしまう。更に、震え運動を仮定した計算機シミュレーションでも実験結果を再現できることを示した。

以上の実験・解析結果から、長年観測が待望されていた電子の「震え運動」(Zitterbewegung)を、大きな電気抵抗の磁場に対するゆらぎとして捉えることに成功した、と考える。

③本成果の意義

1930年以来、多くの物理学者が理論的に興味を持ちつつも観測できなかった、電子の「震え現象」(Zitterbewegung)の検証に成功した。また、これに起因する新たな電気抵抗の揺らぎ現象を発見し、詳細な観測を続けることで量子力学の基礎方程式に関する新たな知見が得られるものと期待される。

発表雑誌


問い合わせ先

東京大学 物性研究所
教授 勝本 信吾(かつもと しんご)
277-8581 千葉県柏市柏の葉 5-1-5
TEL/FAX: 04-7136-3305
E-mail: kats@issp.u-tokyo.ac.jp

用語解説

  • (注1)スピン自由度:素粒子(電子など)が持つ「磁気の大きさ」を示す量のこと。例えば永久磁石の中では電子のスピン自由度が同じ方向に揃っているため、強い磁気が現れる。
  • (注2)スピン軌道相互作用:素粒子がある軌道上を運動した時、その素粒子が持つスピンが揃う効果の事、或いはその逆の効果の事。相対論的量子力学の方程式に現れる。

添付資料

図2 測定された電気抵抗のゆらぎ低温(0.1 ケルビン)に試料を冷やし磁場を変えて電気抵抗を測定すると、「震え振動」に起因すると考えられるゆらぎが現れた。
図2 測定された電気抵抗のゆらぎ
低温(0.1 ケルビン)に試料を冷やし磁場を変えて電気抵抗を測定すると、「震え振動」に起因すると考えられるゆらぎが現れた。
図3 ゆらぎの周波数を解析した図磁場の角度によってゆらぎの周波数が変わり、その変化は理論による予想(黒い点線)で説明できた。
図3 ゆらぎの周波数を解析した図
磁場の角度によってゆらぎの周波数が変わり、その変化は理論による予想(黒い点線)で説明できた。

関連サイト

(公開日: 2017年08月16日)